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断頭台に散った悪役令嬢は、現代でプログラマーとなり乙女ゲームに『真の救済エンド』を実装する  作者: あとりえむ


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7/20

第7話

サロンでの一件以来、学園内の空気はより一層、鋭利な刃物のように冷たくなった。


冤罪は晴れた。アリシアの自作自演は暴かれ、一時的にせよ彼女の面目は潰れたはずだ。

だが、ゲームという名の檻の中では、一度「悪役」として定義されたキャラクターへの憎悪は、そう簡単には消えない。


むしろ、聖女を追い詰めた恐ろしい女という新たなレッテルが、セレスティアを以前よりも深い孤独へと突き落としていた。



モニターを見つめる莉奈の瞳には、かつての光景が重なっていた。

断頭台へと向かう馬車の外。自分を罵倒し、石を投げる群衆の顔。


アルフレッド王子も、騎士団の男たちも、今はただ遠巻きに彼女の破滅を待っている。


神崎が書いた「攻略対象」の中に、セレスティアの手を取る者は一人もいない。

それがこの物語の仕様であり、彼女に用意された唯一の結末だからだ。


「……結局、この世界には私の味方なんて一人もいない。そう決めて、あなたは物語を書いたのね、神崎さん」


莉奈はキーボードの上に指を置き、データベースの深層へアクセスした。

誰もいない深夜のオフィス。あるいは自分の部屋。


彼女が探しているのは、豪華な立ち絵も、専用のBGMも持たない名もなき存在だ。

辺境伯の三男、クライヴ。


公式のキャラクター名簿には一行だけ説明があり、イベントフラグすら設定されていない、ただの背景の一部。

だが莉奈の記憶の中では、彼は誰よりも鮮烈な色彩を放っていた。


処刑前夜、冷たい牢獄の格子越しに、震える手で差し出された一杯の水。

逃げてくださいと泣きながら訴えた、あの不器用な少年の声。


莉奈は、検索窓に「Clive」と打ち込んだ。


画面上に、座標データと簡素なキャラクターIDが表示される。

彼は今、仕様書にも書かれていない「空白の時間」を、雨の中庭で過ごしているはずだった。


莉奈は自作のスクリプトを実行し、セレスティアの座標を雨の中庭へと強制移動させた。

モニター越しに見るその景色は、彼女が施した色調補正によって、どこか現実離れした透明感を帯びている。


降り注ぐ雨は冷たい銀色の針のように描写され、地面を叩くたびにデジタルの火花のようなノイズを撒き散らしていた。


視界の端、古びた石柱の影に、一人の少年が立っている。


辺境伯の三男、クライヴ。


神崎が用意した公式のスチルには一度も登場せず、メインシナリオでは王太子の背後に控える騎士の一人に過ぎない。


だが莉奈は知っている。

彼の地味な立ち絵の裏側に、どれほど誠実な魂が隠されていたかを。


前世の最後、断頭台へと続く道で、彼は私を救うためにただ一人剣を抜き、そして無残に散った。


「……見つけた」


莉奈はマウスを握る手に力を込めた。


画面上のクライヴは、雨に濡れるのも構わず、黙々と木剣を振り抜いている。

通常、この時間帯のモブキャラには「待機」か「単純往復」のモーションしか割り当てられていない。


しかし莉奈は、メインプログラムの空き領域を利用して、彼にだけ「独自のAIルーチン」を流し込んでいた。


彼のステータスウィンドウをこっそり呼び出す。

そこには、神崎も知らない莉奈だけの隠しパラメータが刻まれていた。


忠義:MAX

反骨:MAX


それは、この偽りの世界に対する、莉奈とクライヴだけの秘密の反逆の証。


莉奈は深呼吸をし、コマンドラインから会話イベントのトリガーを引き抜いた。


セレスティアの足音が、雨音に混じって泥水を跳ね上げる。

画面の中のクライヴが、驚いたように動きを止め、こちらを振り返った。


そのドット絵の瞳に、莉奈はかつて自分を逃がそうとしたあの少年の、真っ直ぐな光を見た気がした。


「雨の中で熱心なことですわね、辺境伯のご子息」


セレスティアの声は、降りしきる雨を切り裂くように冷たく、それでいて透き通っていた。


クライヴは木剣を下ろし、濡れた髪を払いながら、信じられないものを見るような目で彼女を見つめた。


「セレスティア様……どうして、このような場所に」


「あなたを迎えに来ましたのよ。誰も見ていない、物語の隅っこで燻っているだけの騎士様」


莉奈はキーボードを叩き、あらかじめ用意していた独自の会話スクリプトを走らせる。

神崎の書く甘ったるい台詞ではなく、魂を削り取って紡いだ言葉の刃。


「クライヴ、私と共に、この腐った王宮をひっくり返さないかしら? 真実が泥にまみれ、偽善者が光を浴びるこの世界を、私は終わらせることに決めましたの」


セレスティアが手を差し伸べる。

その瞳には、かつて処刑台に消えた一人の女の絶望と、今、世界を再構築しようとするプログラマーの決意が同居していた。


クライヴは一瞬、戸惑うように視線を彷徨わせたが、すぐにその瞳に強い光を宿した。

彼は迷うことなく泥水の中に膝をつき、セレスティアの足元で首を垂れる。


「辺境の荒くれ者の三男坊です。命など、疾うに捨てたつもりでした。……貴女様が望まれるなら、この剣、地獄の果てまでお供いたしましょう」


その瞬間、莉奈のサブモニターに一条のシステムログが流れた。


『Hidden Route: Rebel Knight Flag - DEPLOYED』


画面の中の二人の間に、神崎の企画書には一行も存在しない、運命の契約が結ばれた。


画面の中では、雨のテクスチャが激しく降り注いでいる。

莉奈が色調反転とノイズ処理で作り上げた、どこか悲劇的で美しい灰色の世界。


膝をついたクライヴの頭上に、セレスティアの細い手が静かに置かれた。

それは仕様書には存在しない、莉奈がコードの隙間に無理やりねじ込んだ自作のアニメーションだ。



「ありがとう、クライヴ。……今度は、絶対に死なせないわ」


スピーカーから漏れる雨音のSEに混じって、莉奈自身の小さな呟きが部屋に溶けた。

ふいに視界が滲み、光り輝くモニターの輪郭が歪んでいく。


キーボードの隙間に、一粒の温かい雫が落ちた。


前世で、自分を庇って無惨に切り伏せられた彼の背中。

「逃げてください」と叫んだ、あの絶望に満ちた声。


何年もの間、莉奈の心に突き刺さったままだった棘が、プログラムという名の救済を通じて、ゆっくりと抜けていくのを感じた。


涙を拭うこともしないまま、莉奈は再びキーボードに指を置く。


画面の向こうにいるのは、ただのデータではない。

彼女の孤独を知り、共に行こうと言ってくれた、世界でたった一人の騎士だ。


もはや、深夜のオフィスも自宅の静寂も、以前のような絶望に満ちた場所ではなかった。


二人なら、この残酷な物語を書き換えられる。

莉奈は静かな決意を胸に、次のプログラム行を紡ぎ始めた。

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