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断頭台に散った悪役令嬢は、現代でプログラマーとなり乙女ゲームに『真の救済エンド』を実装する  作者: あとりえむ


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14/20

第14話

「セイクリッド・ブーケ」の発売日は、拍子抜けするほど静かに過ぎ去った。


デスマーチの熱気も、マスターアップ直前の吐き気も、すべてが過去のログへと整理され、莉奈は数ヶ月ぶりに得た有給休暇を自宅の部屋で過ごしていた。


カーテンを閉め切った暗い部屋の中で、モニターの青白い光だけが彼女の顔を照らしている。


ネット上の評価は、面白いほどに二分されていた。


グラフィックの最適化、ロード時間の短縮、そして何より洗練されたUI。プログラマーとしての莉奈の仕事に向けられた言葉は、専門家からもユーザーからも称賛に満ちている。


だが、肝心のシナリオに対しては、手厳しいレビューが並んでいた。


「古典的すぎる」

「悪役令嬢が記号的で深みがない」

「ヒロインの聖女様が、逆に不気味に見える」


それは、神崎が「最高傑作」と自負した物語への、大衆からの残酷な回答だった。


莉奈はカップ麺の湯気を眺めながら、自虐的な笑みをこぼす。

神崎はこの結果を、プレイヤーの感性が乏しいせいだと決めつけ、社内で当たり散らしているに違いない。


だが、莉奈だけが知っている。

この作品は、まだ半分しか公開されていないのだということを。


彼女が仕込んだ「パンドラの箱」は、今はまだディスクの奥底で、誰にも気づかれずに静かに脈動を続けている。

その鍵を見つける者が現れるのを、莉奈は震える指先を隠しながら、ただ待ち続けていた。




発売から一ヶ月が過ぎた頃、その瞬間は深夜の静寂の中で唐突に訪れた。


莉奈がモニターで見つめていたのは、高難易度タイトルの徹底攻略で知られる人気配信者、ゼンの生放送画面だ。


彼は「セイクリッド・ブーケ」の不自然なフラグ管理について、数日前から独自の検証を続けていた。


「このゲーム、特定のイベントでアイテムを捨てるタイミングがおかしいんだよね。まるで、何かを待ってるみたいだ」


ゼンの鋭い指摘に、莉奈は喉の奥が乾くのを感じた。


「このシーン、普通ならメモリを解放するはずなのに、不自然な待機処理が入ってる。まるで『ここでアクションを起こせ』って開発者が手招きしてるみたいだ……」


彼は莉奈が仕込んだ「針の穴を通すような条件」に、無意識のうちに指をかけていた。


──断罪イベントの直前、聖女アリシアから贈られた守護の鱗を、あえてゴミ箱に捨てる。


──その後、本来なら立ち寄る必要のない廃教会の座標で、三秒間だけ静止する。


そんな、デバッグ作業でもまず行われないような異常な手順を、ゼンは「美学」という名の直感で完璧にトレースしていく。


画面の向こうで、数万人の視聴者が固唾を呑んで見守っている。


「バグか、それとも隠し要素か。……さあ、見せてくれよ。この無駄に精巧な世界の裏側を」


ゼンがコントローラーのスティックを倒し、運命の座標へとセレスティアを導く。


莉奈はマウスを握りしめる手に力が入り、画面を食い入るように見つめた。

自身の過去を、トラウマを、そしてプログラマーとしての誇りのすべてを詰め込んだパンドラの箱。


その蓋を止めていた最後のボルトが、今、カチリと音を立てて外れた。



「え、待って。これバグか?」


ゼンの当惑した声がスピーカーから漏れた瞬間、画面の中の世界が激しく歪んだ。


それは単なる描画エラーではない。金色の装飾が施されたパーティー会場の壁が、古い皮膚のように剥がれ落ち、その背後にある無機質なデジタルコードの奔流が剥き出しになっていく。


視聴者たちのコメントが、滝のような勢いで流れていく。


「フリーズ?」

「いや、演出だろ」

「何だこれ、見たことないぞ」


莉奈はモニターの光を浴びながら、前傾姿勢で画面を凝視していた。心臓が肋骨を突き破らんばかりに跳ね、指先が痺れるような感覚に襲われる。


画面が完全にブラックアウトした。



神崎が心酔していた重厚なオーケストラのBGMが、低い電子音のノイズに飲み込まれ、ぷつりと途絶える。

深夜の静寂の中に、莉奈のPCの冷却ファンが唸りを上げる音だけが響いていた。


ゼンの配信画面には、接続している数万人の混乱が渦巻いている。誰もが「クソゲーのクラッシュ」だと思い、次の瞬間に起きる奇跡を予期していない。


だが、莉奈には見えていた。

真っ暗な画面の奥で、彼女が仕込んだ「救済の論理」が、神崎の構築した脆弱な因果律を一つずつ上書きしていく様が。


システム全体が再構築されていく。


偽りの聖女も、独善的な王子も、絶望するしかなかった悪役令嬢も。

すべてが本来あるべき姿へと解体され、莉奈が望んだ唯一の真実を迎え入れるための、広大な空白が用意されていく。



「……いって、セレスティア」


莉奈の呟きに呼応するように、漆黒の虚無から、青白い光を放つ一本の線が走り抜けた。

漆黒の静寂を切り裂き、画面中央に一つのロゴが浮かび上がった。


神崎の企画書には一行も存在しなかった、青白く、それでいて太陽よりも眩いその文字。



──Luminous Saga : Salvation



その瞬間、配信画面のコメント欄は、爆発したかのような勢いで埋め尽くされた。


「何だこれ、新作か!?」

「隠しルート……?」

「演出かっこよすぎるだろ」


言葉を失っていたゼンが、ようやく震えるような声を絞り出した。


「おい、嘘だろ……。これ、バグじゃない。隠しルートなんてレベルじゃないぞ。プログラムが、世界そのものが書き換わってる……」



莉奈はモニターの前で、ゆっくりと背もたれに体を預けた。

握りしめていたマウスを離し、感覚のなくなった指をそっとさする。


世界中に放たれた。彼女が、セレスティアだった頃に流した涙も、莉奈として冷たい机に向かい続けた夜も、すべてがこのコードの中に結晶している。


神崎が作り上げた、独善的で歪んだ物語という名の箱。

その底に残っていたのは、災厄ではなく、誰の手にも触れられなかった本当の「希望」だった。


莉奈は窓の外、白み始めた空を見つめ、静かに息を吐いた。


本当の反撃は、ここから始まる。

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