106.壊れた相合傘
一人の男が道路の真ん中に仰向けに寝ていた。
発見したのは、知人宅に向かう途中のカップルだった。
========== フィクションです ===========
=== 主な登場人物 ===
眩目真吉・・・警視庁捜査一課刑事。巡査。
大曲尚人・・・警視庁捜査一課刑事。巡査部長。
開光蘭子・・・警視庁捜査一課課長、警部補。
志摩敏夫・・・警視庁管理官。
井関権蔵・・・警視庁鑑識課課長。
秋野治夫・・・警視庁鑑識課課員。
井関智子・・・警視庁鑑識課課員。井関の娘。
村松みちる・・・警視庁捜査一課刑事。巡査部長。
辻瑛人・・・捜査一課辻班班長。
蒔俊郎・・・警視庁捜査一課課員。辻班。
赤井悦夫・・・機動捜査隊の警部補。
神道助六・・・捜査二課課長。
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※警視庁捜査一課。蘭子が課長になる前は、課長が全部一課を仕切っていた。当然だが。
だが、村松のいた所轄でパワハラ・イジメがあり、合同捜査に訪れた際に、当該の相手数人の股間を蹴った為、警視庁内で問題になった。
懲戒解雇になる替りに、一課の決裁を各係長が受持ち、蘭子は「お飾り」の「窓際族」になった・・・というのが、表向きの情報。
実は、志摩管理官が「自分の監督下」に置くという名目で、「特殊捜査チーム」を結成した。蘭子の判子は、各係の係長が持ち、替りに決済印を押す。蘭子は特殊捜査チームの長として指揮を執っている。
従って、ドラマ・映画のような「大事件の時だけの捜査本部」は置かない。
大会議室は、特殊捜査チーム専用である。
事件は頻繁に起こるので、大会議室が一日中空っぽなのは、希である。
俺は、「ちょっとしたこと」があって、課長の夫である。
課長の元カレである、大曲先輩とコンビを組んでいる。
午前9時。ある一般道。
一人の男が道路の真ん中に仰向けに寝ていた。
発見したのは、知人宅に向かう途中のカップルだった。
酔っ払いかと思い、ドライバーである男は、彼女に傘をさして貰い、寝ている男に声をかけようとしたが、無駄だだとすぐ判った。
腹と股間から血が滲んでいたからだ。
よく見ると、傘の先端が男の腹に食い込んでいる。
「おい・・・110番だ。」
午前10時。機捜と鑑識が到着した。
「権さん。ホシはオンナかな?」
「ああ。股間をやられているな。腹だけでいいのに。」
午後1時。捜査一課横の大会議室。『路上刺殺事件』本部。
管理官は、説明を始めた。
「今回のガイシャは、元会社員の相原佑介。発見者は通りがかったカップルだ。財布は抜き取られていず、財布の中の名刺で身元が判明した。機捜の赤井警部補が会社に電話したが、生憎大型連休で、連絡が付くとしたら、7日だ。留守番電話が6日まで休業しています、と応えた。メッセージ録音はできなかった。今、村松が、財布にあった、他の名刺とスマホの履歴で、連絡のつく相手を探している。凶器は傘。腹に食い込んでいた。腹以外にも股間に傘で突いた形跡がある。予断は禁物だが、男は股間を狙うケースは少ないと思われる。そうですね、井関さん。」
「恐らく、の話で、ホシに聞かないと真相は分からない。特に特徴はないが、秋野。」
スクリーンに写真が映された。
「柄の所に、男名前と女名前が書かれている。少なくとも、ガイシャの傘じゃない。名前は『マリコ』と『ケイスケ』と読める。カップルなのか夫婦なのか、共有の傘だな。」
「辻さん、勤め先の他に、付近で傘をなくした人がいないか探してください。計画的なら、この傘は使わないでしょう。」
「了解しました。」
「大曲達は、連絡が付いた相手がいたら、交渉・・・見つかったのか。」
村松が、走ってきた。
「スマホの履歴で、連絡が付きました。井出淑子という女性で、住所も教えてくれました。」
「よし、村松は大曲達に同行、その井出さんに事情を聞き出してくれ。」
「了解。」
午後2時。クルマの中。
「村松。最近、活躍が多いな。蘭子が褒めてたぞ。」
「そ、そうですかあ。私なんて・・・。」と、言いながら、村松は顔を染めている。
ぱっと見は乙女そのものだ。
午後3時。相原家。
2LDKのアパートだが、広く感じるのは、荷物が少ないせいだろう。
大曲先輩は、落ち合った井出さんに、丁寧に挨拶した。
井出さんと村松が別室に行った後、まずは机を隅々まで調べたが、普通の机だった。
俺は、大曲先輩の作業を見守っている。
PCのパスワードは、すぐに判った、机の隅に付箋を貼ってあるからだ。
「営業職の人間は、大抵そうだ・・・あれ?起動しない。」
大曲先輩は、井出さんの名前を入れてみた。
起動した。
よかった。
「古いパスだったんですね。」
「ああ、彼女が出来て、気が変わったか・・・どうしよう。」
「どうしたんですか、先輩。」
「何もない。秋野に連絡してくれ。復元ソフトでないと、無理だ。」
俺が秋野に連絡している間、村松と話していた井出さんに、大曲先輩は事情を話した。
「それ、私の、です。」
「「「ええええええええええええっ!!!!!!!」」」
井出さんは、自分のクルマからPCを持って来た。
電源を繋ぎ、大曲先輩は起動させた。
机の上のパスで。
大曲先輩が目まぐるしくPCを操作するのを3人で見ていたが、村松のスマホが鳴った。
「先輩、辻さんからです。」
「よし、スピーカーをオンにして。」
大曲先輩は、スマホを受け取った。
「大曲くん、遺棄現場から150メートルの所で公民館がある。そこに、前日の期日前投票に来たカップルが傘の忘れ物がないか、と尋ねてきていた。尾長圭輔さんと尾長真理子さん、だ。前日も突然雨が降ってきた。ホシは、慌ててガラの似ている傘をさして帰った。投票所職員が見ている。そして、残った持ち主不明の傘にも名前があった。選挙の投票チェックの名簿から、その人の名前が渥美忍、男性だ。」
「ちょっと、待って下さい・・・あった。繋がった。」
午後6時。捜査一課横の大会議室。『路上刺殺事件』本部。
取り調べ室から、蘭子、大曲先輩、管理官、神道課長が出て来た。
神藤課長はすぐに出て行った。
「やっと全容が掴めた。ホシは、渥美忍。男性だ。ガイシャとは、所謂『男同士恋愛』のカップルだったらしい。これでいいのか、村松。」
村松は、頷いた。
「で、渥美は、財〇省の職員で、ガイシャの会社に送り込まれたスパイだった。ガイシャの相原は所謂『二刀流』で、スパイと気づいた渥美から離れようとしていた。深夜、逃げた渥美は、持って来た『間違い傘』で相原を刺した。偽装の為、股間も突いた。『間違い傘』だから、アシがつかないだろうと思ったらしい。私は、関係筋に連絡に行く。後を頼む。」
「良かったな、秋野。」と、蘭子はぽつりと言った。
午後8時。眩目家。
「二刀流でも、自分を愛してくれた人だから、って、相原の実家の葬儀に出るらしいよ、井出さん。」食事を終えた蘭子は言った。
「相原さんは、身の危険を感じて会社の情報入ったPCと井出さんのPCを交換したんだね。」
「じゃ、私達も交換、しようか。」
「え、バレンタインデーはもう・・・。」
俺の口は塞がれた。
ああ。その交換、ね。
―完―




