第67話 記録されざる災厄──“因果喰らい”の目覚め
ゴゴゴゴゴ……
神記層第零階、その奥に封印されていた巨大な扉が、まるで誰かの悪夢を具現化したような軋みとともに、ゆっくりと開かれ始めた。
「ちょっ……あれ絶対ろくでもないモン出てくるやつだよな!?」
俺が叫ぶと同時に、クラヴィスは前に出て魔法陣を展開する。彼の両手に浮かぶ幾何学模様が緊張の色を帯びて震えていた。
「待て、あれは……ただの魔物ではない。情報の干渉波を出している。記録そのものを喰らっているような……!」
「つまり記録スキルにとって天敵!? やばいって! 俺の人生のログ、食べられる! 消される!」
葵が手にした聖杖──ロッド──をくるりと回しながら叫んだ。杖の先には淡い金色の光が集まり、聖なる防壁が仲間たちを包むように広がった。
「なにそれ!? セーブデータ消去系!? セーブポイントまだ来てないよ!? あと30分前の戦闘からやり直すとかマジ無理だからね!?」
扉の向こうから、黒い霧のような影が這い出してきた。
いや、霧じゃない。無数の目だ。記録を読むための目。すべての選択肢を追い、理解し、そして……喰らう。
「やっと……見つけた……
お前の“記録”……おいしそうだね……」
その声は、無機質で、同時に全方位から聞こえるような不気味さを帯びていた。語尾だけがやたら伸びて耳に残るあたり、悪趣味な実況者めいている。
「高野一朗! “多層因果記述”を起動しろ!」
ロクが悲鳴のような声で叫ぶ。
「まだ不慣れなんだけど!? 説明書すら読んでないんだけど!? てかマニュアルないんか!!」
「感覚で使え! スキルの起源に触れた今なら、お前の直感が反応するはずだ!」
「そんな曖昧な……ってうわ、うわああ!? おい勝手に開いたぞ!?」
俺の手帳が自動で開かれ、無数の選択肢が宙に浮かび上がる。
『右に逃げる』『左に叫ぶ』『その場で踊る』『霧に話しかけてみる』『全裸になって謝罪する(!)』
「いやそれいる!? 要るの踊る!? なんで全裸!? 完全にバグじゃんコレ!!」
「全部君の過去の“もしも”だよ!」
ロクがやけに楽しそうな声で言う。お前、ちょっと楽しんでるだろ!?
「使い方間違えると“因果喰らい”に最も栄養のある未来を与えてしまう……慎重に選べ!」
「こちとら選択肢多すぎて胃が痛いわ!! カレー食ったあとに来る話じゃねぇ!!」
“因果喰らい”はにゅるりと空間から抜け出し、ついに全貌を現す。
巨大なイカのようなフォルムに、顔がない。
いや、顔の代わりに──巻き取られた本の束。ページがパラパラとめくられるたびに、誰かの記録が消えていく音が響く。
「この者は、かつて神記の管理から零れ落ちた記録。
書かれず、読まれず、しかし確かに存在していた……」
クラヴィスが呆然と呟く。
「つまり“没になったプロット”が実体化して暴れてるってこと!?」
「たとえるならそう!」
「編集会議の怨霊かよ!! 今なら“第1稿の呪い”って新ジャンル作れるな!!」
俺は歯を食いしばって、手帳に向き合う。
「……やるしかねえか」
“多層因果記述”──全選択肢から最適解を選ぶスキル。
俺は、全力で選んだ。
『左に跳びつつ「俺はログだ!!」と叫ぶ』
「うおおおおおおおおおっ!!」
俺の叫びが空間に響き、無数の光が一斉に走る。
“因果喰らい”が一瞬たじろいだ。ほんの僅かだが、その動きに迷いが生まれた──記録された未来の中に、“想定外”を生んだ瞬間だった。
この一瞬が、戦いの始まりだった。
葵がすかさず聖なる光を放ち、空間を浄化する。クラヴィスは術式を高速展開し、ユグは……うん、ユグは謎の踊りを踊ってる!?
「ユグ!? それ有効なの!?」「わからんけど、ノリって大事よねっ☆」
仲間たちの応援を背に、俺はスキルをさらに展開する。
これが記録者としての、本気の戦いになる。




