第65話 七筆の審判──選ばれし“記述者”
七本の巨大な羽ペンが、まるで生きているかのようにふわりと浮かび上がり、俺の周囲を取り囲んだ。
「ここは“審筆の間”。我ら七筆は、記されざる者を裁定する」
と、一本目の羽ペン──濃紺のインクをたたえた筆先がぴかりと光りながら語り出す。
「第一筆、“叙述の筆”アルトレイス。真実の羅列こそが記録の母である! で、君、最近記した内容は?」
「えっと……今日の晩ごはんの記録と、寝言メモと……」
「寝言!? 寝言!? 真実から最も遠い存在ではないか! 何を思ってそれを記した!」
「人間の深層心理が現れるって言うし……たぶん!」
二本目、朱色のインクに染まった“加筆の筆”が、きらきら星をまといながらくるくる回って近づいてきた。
「第二筆、“加筆の筆”シェリーヌですぅ♪ ねぇねぇ、一朗くんってさぁ、これまでの冒険にときめきとか恋の記録ないのぉ? お色気要素足りてな〜い♡」
「えぇ!? 今ここで恋バナ!? ガチ審問中だよね!? 本編ぶち壊しに来てない!?」
「でもさ〜、少女漫画だとこの辺で『まさか……好きになっちゃったのかも』とか入るじゃない?」
「俺の人生に少女漫画フォーマットは適用外だよ!!」
三本目の筆、鈍く銀に光る“削除の筆”が、かつーんと固い音を立てながら現れる。
「第三筆、“削除の筆”マクスウェル。不要な情報は削除する。それは記録者として当然の責務。君の人生、ざっと見た感じ……八割カットで問題なさそうだね」
「ひどいな!? それ、俺の社畜時代ごと焼却処分ってこと!?」
「月曜から金曜、電車遅延、ランチはコンビニ、定時退勤ゼロ──全部重複記録。圧縮対象です」
「悲しいけど否定できないのがツライ!!」
第四筆、“転記の筆”はすうっと滑らかに浮かび、無言で空間に向けて筆を走らせ始める。
「それって……何書いてるの? 会話内容?」
「転記の筆は語らず。ただすべてを書き写す存在……真偽、誇張、下ネタ含めて、全部そのまま写す」
「やめて!? 下ネタのとこだけフィルターかけて!!」
第五筆、“編集の筆”クララは、メガネをくいっと持ち上げながら登場した。
「第五筆、クララ。……ふむ。前置きが長い。接続詞多すぎ。文末の『!』率が高すぎ。ここ、削除。そこ、言い換え。……君、人生に構成力という概念ないの?」
「やめて! 俺の過去が赤ペンで真っ赤に染まっていく!!!」
「ちなみに、幼少期の『虫取り失敗日記』だけで文庫一冊分あるの、どうかと思う」
「そこ大事な思い出だからカットしないでぇぇぇぇ!」
第六筆、“装丁の筆”ヴィセラは、金箔のような光をまといながら優雅に浮かび上がった。
「第六筆、ヴィセラ。ふむ……表紙に地味な中年男性がうつむいてるだけって、誰が手に取るのよ。ここは背景にドラゴン、タイトルは『記録勇者★異世界無双伝』とかどうかしら?」
「なんで急に中二全開な方向に!?」
「売れるって大事よ。見た目は重要。あと帯コメントに“今世紀最大の記録譚!”とかね」
「書店フェア対象かよ!!」
そして第七筆。黒漆塗りの巨大筆、“署名の筆”ラグネリアが、静かに俺の前に現れる。
「最後に問う。記録とは、ただ書き連ねるものではない。それに名を記すとは、自らの歴史に責任を持つこと。貴殿、高野一朗よ……名を刻む覚悟はあるか」
「それって……全部、俺のやったこととして残すってことだよな」
「然り。恥も、失敗も、成功も、すべて含めてだ」
俺は、胸ポケットから手帳を取り出す。
地味で、報われないことも多かったけど……
「……あるよ。泥だらけでも、空回りでも、俺の人生には俺の名前が要る。俺が書くしかないんだ」
その瞬間、七本の筆がそれぞれの色の光を放ち、宙に舞い上がった。
「記述は認められた」
「“記されざる者”──高野一朗、記録者として新たなる階層に踏み込むを許可する」
パァァァァァァ……!
洞窟全体が光に包まれた。
「うおおおっ、なんだこのまぶしさ!? 今度はワックスじゃなくてスポットライト盛りすぎだろ!?」
だが、視界の果てに見えた。
新たな記録の扉が、音もなく開かれていく。




