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第64話 神記の洞窟──“書かれざる者”の審問

 それは晩餐会のデザートに入ろうとしたその時だった。


 パキリ、という乾いた音とともに、俺の背後の空間が──まるで古い壁紙をめくるようにぺりぺりと剥がれはじめた。


「な、なんだあれ!? 誰か壁紙張り替えに来たの!? 内装工事は事前申請制だぞー!?」


 あれよあれよという間に、リビングの壁一面が“めくれ”、そこにぽっかりと空いた穴から淡く光る異空間が顔をのぞかせた。


 中には、くるくる回る巨大羽ペンのオブジェと、書類らしきものが舞い踊る、不気味かつやや事務的な風景──いや、完全にファンタジーと文具売り場が融合した異世界だった。


「……なにこれ。オフィス用品の精霊界?」


 葵が眉をひそめ、ユグはテンション高く手を振る。


「わぁ〜、ここ初めて行くタイプの“異空間観光地”だね!」


「旅行じゃねぇ!」


 そこへ、黒ずくめの記録院の使者がまたぬっと現れた。


「召喚状の発動により、空間ゲートが開かれました。高野一朗殿、ご同行を」


「召喚状が部屋の壁破るってアリかよ!? ていうか“同行”って言いながらこっちの自由意志とか完全に無視してるよね!?」


 が、俺の抗議も虚しく、巻物が勝手に飛び出し、俺の頭の上で“しゅるしゅる”と回転。


「『さぁ♡ おいで』って文字が出てんだけど!? ノリ軽っ!」


 そして──次の瞬間、床がふわっと柔らかくなったと思ったら、俺の足元がスライム状に沈み込み、つるんと滑って身体ごと異空間へ吸い込まれていった。


「うおおおっ!? 天井どこ!? 重力仕事して!」


 体がふわっと持ち上がったかと思えば、次には尻から着地。俺は滑り台のごとき石の坂をつるつると滑り落ち、最後はぐるっと一回転して華麗に着地──したと思ったら、顔面から石畳に突っ込んだ。


「おかしいな、いつの間に俺、テーマパークのアトラクション乗ってたっけ……?」


 気づけばそこは、“地底の記憶洞窟アーカイブ・ケイブ”。だだっ広い空間に、無数の羽ペン模様が描かれた壁画と、えらく滑る床が広がっていた。


「ってか、なんでこんなに滑るんだよここ!? 誰か毎朝ワックス塗ってんの!?」


「記録は滑らかでなければいけないのです」


 真顔で答えたのはクラヴィスだった。頼む、もっと突っ込んでくれ。


「わ、わっ……なにこの“目が文房具”な集団!? こっちガン見されてる……気がする!」


 辺りを見渡せば、ローブ姿の男女たちがずらり。皆、目の位置に羽ペンを象った仮面を装着していた。


「彼らは“記ししるしめ”。観察はすれど、口は開かぬ。記録の番人たちだ」


 その横でユグは、羽ペンの形をした壁画の上にちゃっかり座っておにぎりを食べていた。


「いいとこだね〜。音響がやたら良くて、咀嚼音が三割増しだよ」


「おにぎり持ち込んだのお前か!?」


 そのとき、洞窟の奥から低く響く声が届いた。


それは晩餐会のデザートに入ろうとしたその時だった。


 パキリ、という乾いた音とともに、俺の背後の空間が──まるで古い壁紙をめくるようにぺりぺりと剥がれはじめた。


「な、なんだあれ!? 誰か壁紙張り替えに来たの!? 内装工事は事前申請制だぞー!?」


 あれよあれよという間に、リビングの壁一面が“めくれ”、そこにぽっかりと空いた穴から淡く光る異空間が顔をのぞかせた。


 中には、くるくる回る巨大羽ペンのオブジェと、書類らしきものが舞い踊る、不気味かつやや事務的な風景──いや、完全にファンタジーと文具売り場が融合した異世界だった。


「……なにこれ。オフィス用品の精霊界?」


 葵が眉をひそめ、ユグはテンション高く手を振る。


「わぁ〜、ここ初めて行くタイプの“異空間観光地”だね!」


「旅行じゃねぇ!」


 そこへ、黒ずくめの記録院の使者がまたぬっと現れた。


「召喚状の発動により、空間ゲートが開かれました。高野一朗殿、ご同行を」


「召喚状が部屋の壁破るってアリかよ!? ていうか“同行”って言いながらこっちの自由意志とか完全に無視してるよね!?」


 が、俺の抗議も虚しく、巻物が勝手に飛び出し、俺の頭の上で“しゅるしゅる”と回転。


「『さぁ♡ おいで』って文字が出てんだけど!? ノリ軽っ!」


 そして──次の瞬間、床がふわっと柔らかくなったと思ったら、俺の足元がスライム状に沈み込み、つるんと滑って身体ごと異空間へ吸い込まれていった。


「うおおおっ!? 天井どこ!? 重力仕事して!」


 体がふわっと持ち上がったかと思えば、次には尻から着地。俺は滑り台のごとき石の坂をつるつると滑り落ち、最後はぐるっと一回転して華麗に着地──したと思ったら、顔面から石畳に突っ込んだ。


「おかしいな、いつの間に俺、テーマパークのアトラクション乗ってたっけ……?」


 気づけばそこは、“地底の記憶洞窟アーカイブ・ケイブ”。だだっ広い空間に、無数の羽ペン模様が描かれた壁画と、えらく滑る床が広がっていた。


「ってか、なんでこんなに滑るんだよここ!? 誰か毎朝ワックス塗ってんの!?」


「記録は滑らかでなければいけないのです」


 真顔で答えたのはクラヴィスだった。頼む、もっと突っ込んでくれ。


「わ、わっ……なにこの“目が文房具”な集団!? こっちガン見されてる……気がする!」


 辺りを見渡せば、ローブ姿の男女たちがずらり。皆、目の位置に羽ペンを象った仮面を装着していた。


「彼らは“記ししるしめ”。観察はすれど、口は開かぬ。記録の番人たちだ」


 その横でユグは、羽ペンの形をした壁画の上にちゃっかり座っておにぎりを食べていた。


「いいとこだね〜。音響がやたら良くて、咀嚼音が三割増しだよ」


「おにぎり持ち込んだのお前か!?」


 そのとき、洞窟の奥から低く響く声が届いた。


「高野一朗。記録秩序監査部により招集された者」


 その声はどこからともなく響き、洞窟全体を震わせるようだった。次第に、奥の岩壁がすうっと左右に開いていき、その奥から現れたのは──全身を羊皮紙のような布でぐるぐる巻きにした人物。


 目元だけが青白く光り、まるでその光が文字列のように揺れて見える。


「あなたは……記録院の長官?」


「否。“白紙の番人スクロールキーパー”。記されざる記録を守る者。記録前の事象──未定義の未来に関する記述は、極めて慎重に扱う必要がある」


「え、ええと……それ、俺の手帳が勝手に未来っぽいこと書き出した件ですかね?」


「正確には“未来予測”ではない。貴殿の記録スキルは“記録”を通じて、“起こりうる未来”を多層的に描写している。しかも、それらが既存の運命記録と競合している」


「……運命って、書き換え可能だったの!?」


「可能ではあるが、ペナルティ付きだ。最悪、世界が“再起動”される」


「パソコンか!!」


「故に、貴殿には審問が課される。“記されざる者”として、どの記録に属すか、定めねばならぬ」


 言い終わる前に、床がピカッと光った。


「うお、また滑るっ!?」


 と思った瞬間、足元がふわっと浮き、俺の体はゆっくりと宙へと持ち上げられていく。いつの間にか周囲がガラスのように透き通る空間になっていて、俺はその中心にぽつんと浮かんでいた。


「この空間は“神記層アーカイブ・ディープ”。記録の根幹に近づくほど、記録者の本質が露わとなる」


 目の前に、俺の人生がスライドショーのように展開され始めた。


 派遣社員時代、異世界に飛ばされた瞬間、チーズ作りに目覚めた日。


「ちょ、ちょっと待て! なんでチーズの話そんなにピックアップしてんの!?」


 最後に映し出されたのは、“巨人エンリル”の姿と、崩れ落ちる王城。


「この巨人との接触により、貴殿の記録スキルは未知の層へ進化した。だが、それは神記の律を逸脱する可能性がある」


「俺のせいじゃないってば! 俺、ただの無職で! その……記録の受信機みたいな……」


「──ゆえに、審問にて“神記適格者”か否か、記録の主柱たちによって判定される」


 すると、洞窟の壁面がぐわんと揺れ、七本の巨大な羽ペンが浮かび上がった。


「おおぉ……なにあれ……カッコイイけど、なんか裁判始まりそうな空気……」


 それぞれの羽ペンから声が響く。


「見届けよう、記されざる者の行方を」


「破綻か、革新か──それは記述次第だ」


「なお、無断書き換えは罰金三千万ラティスだ」


「最後、金額の現実味で怖さが増した!!」


 俺、高野一朗。


 まさか、スキルの暴走で神々に記録の裁判を受ける羽目になるとは思ってなかったです。

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