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第58話 記録庁の使者──審判か、栄誉か

 王都──ノヴァリア。

 高層塔がニョキニョキと立ち並び、空を見上げれば蒸気仕掛けの浮遊車がシュコーシュコーと音を立てて飛び交っている。


「なんだこれ、SF映画のセットか?」


 思わず口からこぼれた俺の一言に、隣の葵が笑った。

「でもカッコいいですよね、ここ。近未来って感じで!」


「俺はどうも苦手だな……“ここに住む人間の生活感はどこへ?”ってデザインばっかで落ち着かん」


 そして俺たち──旅装姿の俺、高野一朗(氷河期サバイバー)、袴風の民族衣装がやたら似合う葵(癒し系巫女系女子)、ゴリゴリ理論武装型魔導学者クラヴィス(感情にバグを抱えるタイプ)、そしてドラゴン形態で歩くと通行規制を食らうので渋々人型のユグ(スナック菓子依存症)──は、王都中央記録庁の大理石造りの本庁舎へと足を踏み入れた。


「ここが……世界の記録を統べる中枢……!」


 とかそれっぽく言ったのはクラヴィスだ。


「黙ってればかっこいいのに。さっき階段でつまずいてたくせに」


「段差が予想より7mm高かった。それは誤差ではなく設計ミスです」


 言い訳が理屈すぎて、もはや清々しい。


 建物の内部は、無機質な白と銀の世界。壁は冷たく、廊下は異様に広く、エコーが反響するのが地味に怖い。


「この建物、絶対に『感情表現』という概念を設計図から追放してるよな……」


「記録は中立であるべきです。装飾や色は、感情を誘発する可能性がある」


「それはそれとして、もうちょい観葉植物とか置いても良くない?」


 そんな会話をしている間に、案内された先は──“静録の間”。


 名前の時点で居眠りを誘発してくるが、実際の部屋は威圧感がすごい。

 中央には円卓。その周囲に立つ五人の長官は、全員が仮面を着け、同じ銀色の法衣をまとっていた。


「え、なに?急に仮面舞踏会?」


「記録庁長官たちは身分と顔を秘匿します。記録に個性を介在させないためです」


「いや、もう少し見分けのつく仮面にしようよ。全員、量産型兵士にしか見えん」


 クラヴィスが小声で「仮面は統一規格で納品されています」とつぶやいていて、ちょっと笑いそうになった。


「高野一朗、あなたに問う」


 ひときわ低く重い声が、静録の間に響いた。

 それと同時に、俺の背中にイヤな汗がじっとりとにじむ。


「あなたは記録されざる異端技術を用い、時空因果を強制改編した。結果として状況は安定したが、その手段が適切だったかは、別問題だ」


 ひとりの長官が淡々と読み上げる。


「つまり……それ、怒ってる感じ?」


「これは裁判ではない。“判断”の場だ」


「わー、哲学臭……っつーか、めっちゃ怖い雰囲気なんだけど」


 すると、横に立っていた葵が、そっと俺の手を握ってくれた。

 その手は、あたたかくて、少しだけ震えていた。


「大丈夫です。一朗さんがしてきたこと、私は信じてます」


 ……その一言で、俺の中の緊張が少し溶けた。


「──話させてもらいます」


 俺は、一歩前へと出て語り始めた。

 この異世界に来てから、どんなふうに生き延びてきたか。

 無職でスキルなしと罵られて追放され、でも“記録する力”を武器に、少しずつ知識と仲間を得てきたこと。

 時に見捨てられ、時に頼られ、気がつけば世界の裏側に触れていたこと。

 そして、記録されない出来事の中でこそ、人は何かを見つけられること。


「確かに、俺の使った手段は“正規”じゃなかった。だけど、俺には……それしか、選べなかったんだ」


 長官たちは、ただ黙って聞いていた。


 その沈黙が地味に長くて、心臓に悪い。

「……あの、せめて頷くとか、なんかジェスチャーしてくれません?」


 ユグがポリポリとスナックを咀嚼しながら言った。

「なーんか空気重すぎん?会議っていうよりお通夜って感じ」


「静録の間ですから」


「うるせーよクラヴィス!そのまま黙録してろ!」


 すると、ひとりの長官がゆっくりと立ち上がる。


「高野一朗。君の行動を『記録準拠外特例処置』と認定する」


「……はい?」


「違法性なし。むしろ、世界記録にふさわしい貢献と判断する」


「……え、それってつまり──」


 その瞬間、円卓中央の端末が青く発光し、ホログラムに俺の名前がバーン!と映し出された。


──『記録者番号00987 高野一朗/記録階位:特級認定』


「おおおお……っ!」


「おめでとうございます!一朗さん、すごいです!」


 葵がパッと笑顔になって抱きついてくる。尊い。


 クラヴィスは淡々と「妥当な判断です」と機械のようにうなずき、ユグはスナックを口に詰めたまま「お祝いに肉まんくれ!」とか言っている。


「……なんか、こう……達成感あるような、ないような……」


 だけど、確かに──俺が選び、積み重ねてきた日々が、世界の“記録”として認められた。


 それだけで、十分だ。

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