第55話 黒羽核の真実──すべてを記録から奪う者
塔の最上層へと続く階段は、黒い羽根が吹雪のように舞い、視界を覆っていた。
その一枚一枚が“記録の断片”だと、肌でわかる。どこかの誰かの記憶、名前、愛、痛み──それらが削られ、羽根の形に変えられていた。
「ここが……黒羽核の中枢……」
ユグが吐息まじりに言った。
「重いわね。世界の過去と未来が、同時にここで消されてるみたい」
篠崎葵が一歩踏み出す。
「ここに来て、はっきりしたわ。一朗さん……この場所、私たちが辿ってきたすべてを試されてる」
「試されてる……?」
俺は問い返した。
「私たちの“記録”よ。想い、信念、信じたもの……それがここで書き換えられるか、それとも貫けるか」
塔の天蓋が開け放たれ、漆黒の空がのぞく。
そして中央に、脈動する巨大な“羽根”──それが、黒羽核だった。
その前に、再びカーヴァスが現れた。
その仮面の下の目は、どこか哀しげに揺れていた。
「ようこそ、最終記録へ」
「カーヴァス……なぜ、こんなことを」
俺は問いかけた。
「君はまだわかっていない。一朗。記録は希望じゃない。呪いだ」
カーヴァスは掌をかざし、黒羽核に触れた。
すると空間に、膨大な“過去の悲劇”が投影された──戦争、裏切り、死、歪められた真実。
「俺はかつて、記録官として真実を守ろうとした。でも……どれだけ記録を残しても、人はその上に“間違い”を積み重ねていく。ならいっそ、記録なんてすべて消してしまえばいい」
「記録がなければ、同じ過ちは繰り返されるだけだ!」
俺の声に、カーヴァスはかすかに笑った。
「だからこそ、消えればいい。記録も、過去も、人間も──全て一度、空白に還るべきだ」
黒羽核が大きく脈動し、空間がひずみ始める。
「一朗さん、記録遮断装置を!」
篠崎葵の声で我に返る。
俺は懐から装置を取り出し、地面に固定した。
重なる魔力の干渉を切り裂くように、装置が発動し、黒羽核の波動を一時的に止める──が、それは長くは保たない。
「ユグ、クラヴィス、核の防御術式を解析してくれ!」
「任せろ!」
「時間稼ぐわ!」
その間、俺は黒羽核の前に立ち、カーヴァスと対峙する。
「もう一度聞く。お前は本当に、それでいいのか。記録を失い、自分さえ消えてもいいのか」
カーヴァスの瞳が揺れる。
わずかに、ほんの一瞬だけ。
「……君には、迷いがないのか?」
俺は静かに答えた。
「迷いならあるさ。だけど、俺は信じてる。誰かと生きた時間は、記録以上の価値があるって」
その言葉に応じるように、背後から篠崎葵が俺の背に手を添える。
「私たちは、書き換えられない。あなたが私を覚えている限り、私はここにいる」
カーヴァスはその姿を見て、初めて、わずかに口元を緩めた。
「……甘いな。でも、それが正解なのかもしれないな」
次の瞬間、黒羽核が再び暴走を始める。
「防御術式、解除完了!」
「今だ、核を──!」
俺と葵は同時に、核へ手を伸ばした。
光が弾け、空間が崩れ──世界が“記録される前の白紙”へと還っていくような、真白な空間に包まれた──




