第53話 影の塔突入──記録喪失都市への旅路
夜明け前。
王都を離れ、俺たちは影の塔がそびえる〈記録喪失都市レヴェルス〉へ向けて旅立った。
編成されたのは、小規模な記録特務隊。
俺、高野一朗を中心に、ユグ、クラヴィス、そして魔導騎士団から選抜された数名の護衛兵。
そして、篠崎も──俺の恋人であり、記録技術研究の第一人者でもある彼女が、正式に本作戦の技術顧問として同行を志願した。
「本当は止められる立場だったんだけど……」
出発前夜、篠崎が静かに笑って言った。
「どうしても、あなたの隣にいたくて。記録のためじゃない。あなたと未来を選ぶために、私は行くの」
その覚悟に、俺は何も言えなかった。ただ、そっと彼女の手を握り返した。
「ありがとう。……篠崎」
「いいえ。……一朗さん」
◆
「レヴェルス……かつて王国の記録中枢があった都市。今はもう地図からも消されてる」
馬車の中、クラヴィスが呟いた。
「“記録喪失都市”って呼ばれてる理由、今ならよく分かります」
篠崎──いや、篠崎葵が地図を見ながら言う。
「この地図、ほんの数日前まで“レヴェルス”って記されてたのに、今は“空白地帯”になってるんです」
「記録が消えるだけで、実在する都市そのものが“存在しなかったこと”になる……」
俺は呟いた。
「黒羽核が放つ魔力干渉で、“記録そのもの”が歴史から削除されていく。現地に近づくほど、情報は不安定になるわ」
ユグの言葉に、車内の空気が緊張した。
「つまり、塔に近づけば近づくほど、俺たちの名前や、過去、関係性までもが……」
「“消される”かもしれないってことです」
篠崎葵が俺の手をぎゅっと握った。
この旅は、記録を辿る旅であると同時に、記録を失う覚悟を伴う旅だ。
◆
数日後。
俺たちはついに、霧に包まれた廃都──レヴェルスの外縁に辿り着いた。
城壁は崩れ、街路は荒れ果て、建物の影からは記憶の残滓のような黒い羽根が漂っていた。
「これが……記録が失われた街……」
ユグが背後に浮かぶ魔導記録球を操作し、周囲の魔力の流れを測定する。
「反応あり。塔の方向から強い記録干渉波──しかも、断続的に“書き換え”が行われてる」
「見てください……」
篠崎葵が指さした先。
廃墟の路地に、子どものような姿をした“黒い影”が立っていた。
「記録影……記録を失った存在の抜け殻です。誰かがここにいた、という“痕跡”だけが残されてるの」
クラヴィスが呟く。
「じゃああれは……この街に住んでた誰かの、名前を失った記憶……」
「うかつに近づくな。影に触れれば、俺たちも記録を奪われる」
俺は注意を促した。
街の中心部へ進むほど、空気は濃密な重圧を帯びていく。
それはまるで、世界そのものが俺たちの存在を“拒絶している”ようだった。
「このままじゃ持たない……。一朗さん、例の装置、今使うべきです」
篠崎葵が言った。
「記録遮断装置──範囲限定だけど、周囲の干渉を一時的に遮ることができる。だが、使用中は逆に俺たちの“今の記録”が固定されてしまう」
「つまり、装置が壊れたら……記録ごと吹き飛ぶ可能性もあるってことですね」
俺はうなずいた。
「それでも進むしかない」
篠崎葵がそっと、俺の腕に寄り添う。
「大丈夫です。一緒にいる限り、私たちの記録は消えたりしません」
やがて、霧の向こうに黒々とそびえる“影の塔”が姿を現した。
記録を喰らう漆黒の魔塔。その頂に、すべての元凶──黒羽核が待つ。
そして、その傍にはきっと──あの男、カーヴァスがいる。
俺は一歩、塔へと足を踏み出した。
「ここからが本番だ。絶対に記録を守り抜く──」




