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第52話 記録官の選択──三国、開戦前夜

 王都・中枢記録庁、審問の間。

 

 俺──高野一朗は、巨大な円卓の中央に立っていた。

 三国の代表記録官と補佐官たちが周囲を取り囲み、黙して俺の言葉を待っている。


 この場で、俺は“記録照合の最終結果”を提示しなければならない。


 三国はいずれも「先に攻撃された」と記録に残している。しかし俺のスキル《記録写し(レプリカ)》が導き出した本当の出来事は──


「開戦の引き金を引いたのは、いずれの国でもない。記録そのものが改竄されていた」


 静まり返る室内。


「改竄の出所は、影の塔に存在する“記録干渉源”──黒羽核ブラック・クレストです」


「黒羽核……?」

 スフェラの記録官リネアが首をかしげる。


「魔力を帯びた羽根の形状をした記録干渉体です。触れた文書や人間の記憶に、嘘の情報を書き加えることができる。しかも、改竄された本人がそれに気づかない」


「つまり、“自分の記録が書き換えられたことすら忘れる”のか……」

 アルマレイスの補佐官が息をのんだ。


 俺は空間投影を使い、黒い羽根の魔力波形と、改竄された文書群の照合図を示した。


「どの国の記録も、黒羽が降った直後に干渉を受けていた。共通しているのは“羽根の接触”と“塔からの魔力波”の一致です」


「……つまり、戦争は計画的に仕組まれていたということか?」


「そうです。敵対を誘発させるために、記録そのものを兵器として利用した。これは“記録改竄型戦術兵器”と呼ばれる禁忌技術です」


 ヴェルダンシュタインの老記録官が深いため息をついた。


「禁忌だ。そんな術式は、千年前の“大改竄戦争”で封印されたはずだぞ」


「その封印を破って暗躍している者がいます」


 俺は言い切った。


「影の塔に潜む“記録破壊者ディサイファー”──カーヴァス。元・王立記録局の主任官です」


 ざわめきが広がる。


「記録局の人間が……?」「なぜそんな者が……」


「彼はかつて記録に心酔し、そして絶望した男です。真実の残酷さに耐えきれず、“記録されなかった世界”こそが理想だと信じるようになった」


「つまり、記録そのものを消すことで、世界を作り変えようとしているわけね……」

 リネアが顔をしかめた。


 俺は、カーヴァスが残した“封鎖記録”を開示する。


 そこには、記録の影を使って国家の記憶を誘導する術式、黒羽核の設計図、そして──


『記録官 高野一朗へ。君の《記録》は純粋すぎる。だからこそ、君が滅びる姿を見てみたい』


 俺は拳を強く握りしめた。


「これが、彼の本性です。三国を争わせたのは、虚無のためではない。俺たち“記録官”という存在そのものへの挑戦──記録の正義を否定する戦いです」


 ◆


 その夜。

 俺は再び、ユグとクラヴィス、篠崎と作戦会議を開いていた。


「カーヴァスの動きからして、黒羽核の出力はさらに拡大される」


「このままでは、記録そのものが世界中で崩れるわね……」

 篠崎が表情を曇らせる。


 俺は地図上に、次に予測される羽根の落下地点をマークした。


「次の標的は、スフェラの“記録湖”だ。湖底に古代記録が封じられている」


「記録湖……あそこが消されたら、スフェラの国家成立そのものが“なかったこと”になるわ」

 篠崎が震える声で言う。


「やつら、歴史そのものを塗り替えるつもりか……」

 クラヴィスが歯を食いしばる。


「止めるには、黒羽核を破壊するしかない」


「つまり……影の塔に突入するってことね」

 ユグがゆっくりと顔を上げた。


 その場に重苦しい沈黙が落ちる。


「一朗……あなたが、行くつもりなの?」


 篠崎の声が震えていた。


 その瞳に浮かぶのは、不安と、それ以上の想い。


 俺は、迷いなくうなずいた。


「記録を護るのが俺の役目だ。そして、これは俺自身の記録でもある」


 篠崎はそっと俺の手を取った。


「……わたし、信じてる。でも、無茶はしないで。必ず戻ってきて」


 俺はその手をぎゅっと握り返す。


「ああ、必ず。君の記録に、俺がいなくなるなんて書かせない」


 静かに、出撃の時が迫っていた。

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