第5章 第51話 影の塔の侵蝕──記録改竄戦争と失われた約束
その日は、青空がまるで薄紙のように破れ、裂け目から黒い羽根がひらひらと降り始めた。
最初に異変に気づいたのは王都西区にある古文書館の記録員だった。「空から紙のようなものが降ってきた」と館の屋根に積もった羽根を拾い上げた瞬間、彼は突然「自分が誰なのか分からない」と呟いたという。
その報告が届くより早く、王都全域に黒い羽根が舞い始めた。
空を覆う不穏な漆黒。羽根が触れたものは、徐々に記録を失い、現実が“別の形”に書き換わっていった。
人々の記憶が曖昧になり、街の案内板が“存在しない通り”を示し始め、役所の書類には「存在しない王族」が記載されていた。
「……完全に記録が侵されている……!」
ユグが青ざめた顔で空を見上げる。
篠崎も呆然と立ち尽くし、空に舞う黒い羽根を指差した。
「一朗さん……これは、“記録の書き換え”じゃなくて、“記録そのものの上書き”……!」
「つまり、都合の悪い真実を“別の現実”で塗りつぶすってことか……」
影の塔が、本格的に動き出した。
だがそれ以上に深刻だったのは──
「三国の記録官が、“互いの国が最初に攻撃した”って主張してるんです!」
クラヴィスが血相を変えて駆け込んできた。
「ヴェルダンシュタインの記録には“アルマレイスの先制魔導砲”、アルマレイス側には“スフェラの上空からの竜騎士爆撃”が──」
「全部バラバラ……。影の塔が、国家レベルの記録改竄を仕掛けてきたってわけだな」
篠崎が机を叩いた。
「一朗さん、このままじゃ戦争になります!」
そう、これは単なる異変じゃない。
“三国戦争”を誘発する、大規模な記録改竄テロだった。
◆
王都の中心議会ホール。
各国の使者と将軍が集まり、騒然としていた。
「我が国の聖都は、そちらの爆撃で半壊した!」
「いや、最初に仕掛けたのは貴様らの魔導砲だろう!」
「すでにスフェラでは空竜が迎撃準備に入っている。宣戦布告と見なす!」
場の空気は、刃のように尖っていた。
その中央に、俺──高野一朗は立った。
「皆さん、その記録、本当に“正しい”と断言できますか?」
誰も答えない。
なぜならそれぞれが「自国の記録」を信じているから。
記録こそが、この世界の真実だから。
だが俺には、見える。
《記録》スキルが告げる、“本来の真実”が。
「すべての改竄痕跡は、影の塔──あの漆黒の空間から始まっています」
俺は《記録写し(レプリカ)》を展開。
空中に映し出されるのは、黒い塔のてっぺんで光る“虚構の羽根”。
「これは……塔の魔力波紋……!? まさか、記録そのものに干渉を……」
アルマレイスの魔導将が目を見開く。
「記録官の言葉が信じられぬと?」と、ヴェルダンシュタインの将軍が立ち上がる。
「信じてる。ただし、信じてる“記録”が、みんなバラバラに書き換えられてるとしたら──?」
俺の言葉に、沈黙が広がる。
「このままじゃ戦争になる。違う。戦争“にさせられる”」
俺は叫んだ。
「もう一度、記録を照合させてくれ。正しい記録を、この手で!」
◆
数日後。
三国は正式に「停戦協定」を結ぶ。
高野一朗を中立の“記録使者”とし、全記録の再確認を任せる決定が下された。
だがその裏で──
「……準備が整いました。黒羽作戦、第二段階へ」
影の塔、最深部にて。
使者カーヴァスが、不気味に笑う。
彼は影の塔に仕える“記録破壊者”の一人。かつては王立記録局の主任官でありながら、自ら“真実を消す力”に魅入られ、虚無を崇拝する闇の組織へと転じた裏切り者だった。
「記録官……高野一朗。お前がどれほど記録を守ろうと、“書かれなかった真実”に勝てるかな?」
その目には、すでに一片の人間性も残っていなかった。




