第32話 記録の反乱──ユグの暴走と“書き換えられる運命”
未記録の塔、第三層。
そこは静かすぎて、逆に不安になるほどに整然とした「図書館」のような空間だった。
天井が見えないほど高く積まれた書架。無数の本、パーチメント、石板、果てはスクロールやUSBメモリみたいなものまで──
「うわ……情報量の暴力……」
「これ全部、記録なんですか?」
篠崎さんも目を丸くしていた。俺はこの景色を見た瞬間、なんとなく嫌な予感がしていた。
……で、その予感は的中した。
「ようこそ。ここは“運命修正階層”──高野一朗さん」
出迎えたのは、俺たちのガイド役──ユグ。
でも、その雰囲気が、いつもと違った。
「えーと、なんか声のトーンが硬くないですかユグさん?」
「はい。今の私は、“感情最適化モード”で稼働しています」
「なにそれ怖っ!」
ユグの表情はまったく変わらない。しかも……右手に“ペン”を持ってる。
……それ、《記録》じゃなくて、《修正》用じゃね?
「当階層では、記録された出来事に“必要な修正”を加える義務があります」
「は? 義務? 誰の?」
「神様会議です」
「またあいつらかァァァ!!!」
いやマジであのポンコツ神々、ろくなことしねぇな!?
「一朗さん……ユグさんの瞳、光が……青から赤に変わってます!」
「完全に暴走モードじゃねぇか!」
ユグは、すっと俺の目の前に本を差し出した。そこには、俺たちのこれまでの記録が詳細に記されていた。
「この“記録”における“農業革命”および“王都パレードの件”は、世界の歴史バランスに悪影響を及ぼすため──修正対象と認定されました」
「修正……って、どうすんの?」
「“あなたが耕した畑は全滅していたことにする”予定です」
「ちょっと待って!? それ篠崎さんのヒロイン力まで巻き添えじゃん!!」
「正直、私もそれは困ります」
と、珍しく篠崎さんが真顔で拳を握る。
「それに、そんな一方的な改ざん、記録とは言いません。……一朗さん、やっちゃいましょう」
「やっちゃいましょうって、え、物理で?」
「いいえ、論破です」
そう、ユグは記録に忠実。逆に言えば──論理破綻を突けば動きを止められる。
「ユグ、質問です!」
「どうぞ」
「世界の歴史に干渉しないように記録してるはずが、なんで“修正”が発生してるの?」
「……上位システムからの指示で」
「それ、記録者が従う筋合いある? 記録って“事実を残す”ためのもんでしょ?」
「……現在、思考回路が競合しています……」
よし、揺らいできた!
「もし過去の事実を書き換えることが“正義”なら、過去に死んだ転生者たちを全員復活させたら?」
「……それは……不整合です」
「じゃあ都合のいい部分だけ書き換えるのも、“記録”じゃなくて“改ざん”だよな?」
「記録者……高野一朗の意見に論理的一貫性を確認……上位命令との整合性に矛盾を検知……」
ユグの赤い瞳が、徐々に青に戻る。
──そして、ぺたりとその場に座り込んだ。
「……あの、やりすぎちゃった?」
「いえ。一朗さんのロジック、100点満点です」
篠崎さんが優しく笑ってくれた。ふぅ、助かった……。
「申し訳ありません……私は一時的に、上位命令により“管理型記録者”に上書きされておりました」
「まるで“残業明けに正気に戻るサラリーマン”みたいな言い方だな……」
ユグは手にした《修正ペン》をそっと地面に置いた。
「もう二度と、このような強制修正を許しません。“記録”とは、あなたたちが生きた証。それを、守ります」
その言葉に、俺と篠崎さんはうなずいた。
「よし、なら“次の層”行くぞ! その前に──」
「はい! 記念撮影ですね、一朗さん!」
「お前、なに準備してんだ篠崎さん!? なんで自撮り用クリスタル持ってんだよ!?」
こうして、“記録の反乱”を乗り越えた俺たちは、
ついに第四層──“自己記録不能領域”へと、足を踏み入れるのだった──。




