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第31話 消去者サルヴァ──“存在を消す者”と記録の逆転

 未記録の塔・第二層は、第一層の村とは一転して、静まり返った無の空間だった。


 足元に床らしい感触はあるが、景色が白い霧に包まれて何も見えない。まるで、存在そのものを否定されたような感覚だった。


「……これ、俺のスキル、完全に無力化されてね?」


「一朗さん、大丈夫ですか? 顔が、普段より三割増しで不安そうです」


「そりゃそうだろ! 何も記録できないんだぞ!? 人生で一番大事なノートを落としたみたいなもんだよ!」


 霧の中に、ぽつんと現れた石碑。そこに座っていた男は、真っ黒なマントに身を包み、顔の半分を仮面で隠していた。


「ようこそ、“消去者”の領域へ」


「出たな、ラスボスっぽいやつ!!」


 俺の叫びに、男はゆるやかに立ち上がる。まるで舞台俳優のごとき気取った動きで。


「我が名はサルヴァ。この世界の“余計な記録”を消し続けて三百年──記録者よ。お前の存在、消してやろう」


「自己紹介のクセがすごいな!? 三百年消してきた人って、もっとこう、疲れたOLみたいなテンションじゃないの!?」


「さすがに偏見では……」


 篠崎さんが小声でツッコミを入れてくる。うん、俺もちょっと言いすぎたかも。


「さて……試してみるか。《記録》発動──サルヴァ、対象!」


《記録失敗:対象情報が存在しません》


「やっぱダメかー!!」


「当然だ。我は“記録されない存在”ではない。“記録を消す者”なのだ」


「……ややこしいなあ! なんでそんなサブカテゴリ的なスキル用意されてるんだよこの世界!」


「一朗さん、愚痴はあとにして!」


 霧が一瞬で晴れ、サルヴァの掌から黒い球体が飛んできた。空間そのものを塗りつぶすような禍々しさ──


「来た! 避け──」


 ズドォォン!


 ……気づいたときには、篠崎さんが俺を庇っていた。


「だ、大丈夫か!? 篠崎さん!」


「すみません、一朗さん……なんか、ちょっと服の袖、消えちゃいました」


「え、物理的に?」


 見ると、彼女のローブの右袖が肩から下ごとごっそりなくなっていた。ええええええ!? なにこれ!?


「彼の“消去”は、存在そのものを削除する。“当たった場所”を消すだけではない。“当たったという記録”すら、消えるのです」


 ユグがどこからともなく現れて、真顔で言った。


「……なにそれ、物理と因果律のハイブリッド攻撃? チートじゃん!」


「だが、弱点もあります」


 ユグが前に出る。


「サルヴァは“自分を記録すること”を本能的に恐れている。つまり……あなたが彼を《記録》できれば、勝機はある」


「って、いま使っても無理だったんだが?」


「ならば──“記録できる瞬間”を作るしかありません」


 そう言って、ユグが俺の手に、新しい“ペン”を渡してきた。


「これは、“観測対象が自分の意志で存在を開示した瞬間”に限り、記録を強制起動できます」


「……あのさ、ユグ。それ、もっと早く出してくれなかった?」


「忘れてました」


「お前もポンコツ神様の親戚か!?」


「時間がありません、一朗さん!」


 篠崎さんが叫ぶ。サルヴァがまた球体を放とうとしていた。


「よし──次の攻撃、受けてやる!」


「え、待って!? 一朗さん!?」


「違う違う! 受ける“フリ”だけ! 奴が名乗った瞬間を再現すれば、もう一回“記録できる”状態になるんだよ!」


 俺は、剣を捨てて、あえて手を広げた。


「さあ、かかってこいよ! 世界の消しゴム!」


 ──その挑発に、サルヴァの仮面が揺れる。


「……我が名は──」


「今だァァァ!《記録・強制起動──対象:サルヴァ》!」


 ペンが輝く。その光がサルヴァの身体を走り、彼のスキル構造を可視化する。


「……何だこれは……存在が……固定されていく……ッ!」


 その瞬間、空間が揺れた。


「《記録》、完了──!!」


 サルヴァの身体が黒く弾け、その姿は霧の中に溶けていった。


 ……あとには、仮面だけが転がっていた。


「勝った……のか?」


「はい、一朗さん。完全勝利です!」


「いやー、やっぱ“名前呼ばせて記録”って、世界観の穴を突いてくるスタイル、好きだわ」


「正直、いろんな物語の法則を逆手に取ってきますよね。一朗さん」


「いや、むしろ俺が世界の設定と戦ってる気すらするよ、最近」


 ──こうして、未記録の塔・第二層を突破。

 “消去者”は記録に封じられ、次なる層への扉が、ゆっくりと開かれる。



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