第30話 記録拒否者の村──過去を消して生きる者たち
“未記録の塔”の内部は、これまでのどのダンジョンとも違っていた。
空間は、まるでひとつの町のようだった。土の道、木造の家屋、ゆったりと煙が上がる小さな村──だが、どこか空虚な気配が漂っていた。
「……まさか塔の中に、村があるなんてね」
篠崎さんが目を見開いている。無理もない。だってこれ、完全に“外”っぽいのに“中”なんだよな。
「ここは、“記録拒否者の集落”」
案内役のユグが、静かに告げた。
「かつて転生者として召喚された者たちの中には、“記録されること”そのものを拒否した者がいます」
「え、そんな選択肢あるんか……」
「あるのです。代償として、彼らは世界の記録から消え、“外”からは存在を認識されなくなる。ただし──この塔の内部だけは例外」
なるほど。つまり“抹消された記録”の保管庫ってわけか。
と、そこへ──ガラッと扉が開き、誰かが勢いよく家から出てきた。
「おーい! そこのおっさんたち、旅人か!?」
──その声に、心臓が跳ねた。
「……うそだろ、お前……」
そこにいたのは、くたびれたジャージ姿の中年男。髪は乱れ、どこか焦点の合わない目。だが、確かに俺の記憶にある。
「小宮さん……!?」
派遣時代、俺をいびり倒した“職場リーダー”。現場猫のふりして理不尽な指示ばっか出してきた、あの小宮さんだった。
「なんだ、高野か? おおー、久しぶりだな! ここで暮らして三年になるわ!」
「三年!?」
「まあ転生されて、魔法もスキルも意味わかんねーってパニクってたら、“記録拒否するか?”って案内されてよ。つい流れで拒否しちまったら、いつの間にかこの村にいたんだよなー」
「転生者失格の道、一直線ですね……」
篠崎さんが、やや引き気味に呟いた。
「それで今は、何して暮らしてるんですか?」
「いやー、特にしてないな。たまに畑耕したり、魚釣ったり。あとここの村、税金もなけりゃ人間関係もゼロでさ、まじ最高!」
「……それ、“社会”からの逃避ってやつでは……?」
「いやいやいや、社会が間違ってんだって!」
うわ、いたなあこういう人……。派遣の頃、他人の努力は全部“運”で片付けて、自分は“まともにやってる”って言い張るやつ。
でも。
この村の中じゃ、その“まとも”が、彼にとっての正解なのかもしれない。
「で、高野、お前はなんでここに?」
「……記録の仕事。ここに“何が記録されなかったのか”を調べに来た」
「へえ~、立派になったなぁ。あの頃からお前、わりとマジメだったもんな」
「(いや、俺、あの頃ただ生き延びるので精一杯だったんですけど)」
そのとき、村の奥から鐘の音が鳴った。
ユグがぴくりと反応する。
「“未記録の封印”が……開こうとしています。高野一朗、準備を」
「また強制イベントきたーーーッ!?」
小宮さんは手を振って言った。
「じゃーな高野! 俺はこのまま、記録されずに平穏に生きてくぜ!」
「……そうかよ。また、会うことは……ないかもな」
「ないなー! でも、なんか……今のほうが、お前と話しやすい気がするわ!」
それは、妙にリアルなひと言だった。
記録されない村。
名前も、過去も、関係も、ぜんぶ消した人間たちの終着点。
──俺は、そこに辿り着くつもりはないけど。
「篠崎さん、行こうか。俺たちの旅は、まだ……記録されるべきものが、ある」
「はい。一朗さんの物語は、私が全部覚えてますから」
そして俺たちは、次なる“未記録の層”へと足を踏み入れた──。




