第22話 禁忌の階層と、“書き換えられた過去”──嘘つきの聖女
選別の塔・第三階層──“過去改竄領域”。
まるで空間全体が、誰かの夢の中のようだった。白い霧が足元から立ち込め、風景は移ろい続けていた。かと思えば王都の街並み、かと思えば現代日本のオフィス街。
そして中央に立つ一本の白い扉だけが、変わらずそこに存在していた。
「この空間、なんかおかしいな。……記憶が混ざってる?」
「高野さん、気をつけてください。ここは……“選ばれなかった記憶”が漂ってる場所です」
そう告げたのは、再び案内役として現れたクラヴィスだった。だが、その表情はどこか険しい。
「この扉の先には、あなた方が“通らなかった”はずの過去があります。そしてそれを、書き換えようとする存在も──」
ガチャン、と白い扉が勝手に開いた。次の瞬間、空間が反転するような感覚に襲われ、俺と篠崎さんは吸い込まれていった。
◇◇◇
気がつくと、俺たちは現代日本のオフィスビルに立っていた。だがどこかがおかしい。
社員たちは笑顔で働いている。上司は部下に敬語を使い、定時退社を促している。
まさか……ここは、もしも“ブラック企業じゃなかった世界線”!?
「一朗さん……ここ、私がいた世界の“嘘”です」
篠崎さんが、小さく呟いた。
「え?」
「……私は本当は、聖女候補だったんです。だけど、家が没落して……“異世界転生プロジェクト”の一環として、受付嬢に偽装された。記憶操作もされてて……でも今、少しずつ思い出してきてます」
そのとき、フロアの奥からゆっくりと誰かが現れる。純白のローブを纏った女性──篠崎さんにそっくりだが、表情は冷たく、目の奥が虚ろだった。
「私……?」
鏡像のようなその女が口を開く。
「本来の“あなた”は、聖女になる運命だった。だが、高野一朗と関わったことで、その未来は失われた。だから修正する。元に戻して──あなたを、“聖女”に戻すわ」
「それって……まるごと過去を、書き換えるってことかよ」
俺が構えると、篠崎さん──いや、もう一人の篠崎が腕を上げた。
光が歪み、周囲の空間がさらに崩壊していく。
「ここでは、記憶も運命も、書き換え可能なのです。あなたさえいなければ」
「……なるほど。じゃあ俺のせいにしてるわけだな? すっげぇ分かりやすい“悪役テンプレート”じゃねーか!」
俺は《記録》を起動。だが──
「……記録が、できない!?」
「当然です。ここは記憶の内部。あなたのスキルは、この空間には干渉できません」
篠崎さんが一歩、前に出た。
「だったら──私がやる。記録じゃなく、想いで抗う」
篠崎さんの杖が淡く光る。その輝きは、鏡像の篠崎を包み込もうとするが──
「偽りの想いなど、光にはなりえない!」
「じゃあ証明する──この世界で、一朗さんと出会えたことは、“奇跡”だったって!」
杖から放たれた光の波動が、鏡像の彼女を包む。周囲の風景が音を立てて崩壊し、虚像のオフィスが砕けていく。
鏡像の篠崎が、一筋の涙を流しながら消えた。
「……ありがとう。私の中に残っていた、“過去に戻りたい”という弱さを、断ち切ってくれて」
◇◇◇
元の塔の空間に戻ってきたとき、クラヴィスが深く頷いた。
「見事でした、高野さん、篠崎さん。過去に抗い、現在を貫いた者だけが、未来を手にできます」
「ふぅ……やっと一息」
俺が腰を下ろすと、篠崎さんがそっと隣に座った。
「でも、一朗さん。あの未来、ちょっとだけ見てみたくなりました」
「未来か……じゃあ今は、そこに向けて、一歩ずつだな」
「はい。ちゃんと、記録しといてくださいね?」
「もちろん」
俺は篠崎さんの笑顔を、心に深く刻んだ──




