第11話「王都農業省でお偉いさんと面談。でも書類仕事がトラウマで震える件」
王都農業省──それは、俺にとって“魔王城”だった。
「ようこそ、農業省へ。革命の旗手殿」
そう言って頭を下げたのは、いかにも官僚然とした長身メガネの男。名前はたしか──
「農政第二課長代理、ドレン・マルクスです」
代理て。課長ですらないんかい。
「ご足労ありがとうございます。我が王都も、あなた様の《高収率型回転式段畑》には度肝を抜かれました」
「いや、ただの段ボールと水槽と……」
──そう。俺が田舎でやってた野菜ハウスの仕組みが、魔力なしでも水耕栽培できるってことで爆バズりしたのだ。
「では本日は、導入に向けた規格統一と、申請書類の整備について……」
「……ん?」
「こちらが今回ご準備いただきたい基礎農産登録帳票(第一式)と、関連マジカルアイテム管理法の適応例、あとは営農支援補助対象品目一覧と、」
──書類の山。まるで、あの忌まわしき総務課時代のデジャヴ。
「な、なんだこれ……ひ、一式でこんなに……?」
「いえ、これは“前準備”にすぎません。本番は、認可登録後の『王都収穫補助申請書A〜K』と『魔導補正影響評価報告書(仮)』の提出がございます」
頭が、ガンガンしてきた。
目の前が、霞む。
心臓がバクバク鳴る。汗が背中を伝う。
──これはまさか……
「軽度の……職場性書類トラウマ症候群(PTSD)……!?」
「失礼ですが……何か体調が……?」
「いや、大丈夫です。ちょっと過去に、似たようなことが……」
ブラック企業の総務部で、毎年Excelで手入力させられた給与報告書。
営業からの“なんで残業代こんなにつけたの?”責め。
そして、期末直前に来る──
「書式、変わったんで、もう一回書き直してもらえます?」
あの地獄……!
「すみません、ドレンさん……もう、これは……!」
「……? なにか?」
「俺、こういうのアレルギーなんです!!」
思わず立ち上がって叫んでいた。篠崎さんが慌てて俺の肩を押さえる。
「落ち着いてください! この世界には書式ミスで詰められる上司はいません!」
「それでも書類は存在するんだろ!?」
「ですが、貴族の方は基本“雰囲気”で通してますから!」
雰囲気!?
ドレン氏がすっと立ち上がると、手元の書類束を机の下にすべて隠した。
「では……こうしましょう。貴殿の《記録》スキルにて、今回の農業構造改革の概要を口頭で“口述記録”していただけませんか?」
……なるほど、それならいける。
「つまり、しゃべるだけでいいんだな?」
「はい。“我々が書類化”します」
神か。いや、官僚か。
「その代わり、今後の農政関係案件においては、我が農業省の協力を得ていただきたい。できれば専属顧問として、名義だけでも……」
「いいっすよ!」
俺は即答した。
名義貸すくらいで書類書かなくて済むなら安いもんだ。
ドレン氏は軽く頭を下げ、サイン入りの協定書(2ページ)を差し出した。
たった2ページ……! それがどれだけ奇跡か、俺はよく知っている。
「これにて、王都農業省との“革命連携”が正式に発足となります」
「ありがとう……マジで感謝しかない……!」
書類地獄から救ってくれた救世主──その名はドレン・マルクス(代理)。
そして、俺の農業スキル《記録》は、なんと「口述記録スキル」に分岐進化し──
【新派生スキル《文章化変換》を取得しました】
「すげぇ……喋るだけで、文章になる……!」
俺はこの時、気付いていなかった。
この“喋るだけ自動記録”スキルが、後に『王都政務官僚の敵』として名を轟かせることになるとは──
「ところで、おっさん殿」
「“殿”はやめてくれ、ドレン」
「では、“閣下”で」
「それはもっとやめてくれ……」
笑いながら、篠崎さんがそっと紅茶を置いてくれた。
──今日も、異世界は地味に生きやすい。




