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62 代償

「でもそんなすごい魔法があればこの国は安心ですね」

「…………」


 僕の何気ない一言を聞いたブラッド団長は突然黙り込んでしまった。


 何かいけない事を言ってしまっただろうか。

 国の魔法師を束ねる人に対して無礼だっただろうか。


 僕は少し身構える。


「そんなに都合の良い魔法じゃないんだよ、これは」

「都合の良い魔法ではない……ですか?」

「そうだ。君も見たのだろ? 疲弊しきったネル王女を」


 言われてみれば、確かにネルは数日何も食べていないようだった。

 しかし僕と一緒に魔族と戦っていた。

 それなのにあの魔法を使った直後ネルから生気が抜けるような感じがして、彼女は寝込んでしまった。

 僕はてっきり、緊張の糸が切れたからだと思っていたが……。


「そういうことだ」


 不安そうな僕の瞳を覗き込んだブラッド団長が短く答える。

 どうやらあの異様なまでの体力消耗がその力の代償ということらしい。


 それにしても何か引っかかる。


 僕は確かに、ネルがあの魔法を行使するのを手伝った。

 そもそも僕があの魔法を扱えるというのは――まぁ、あれだが。僕の体力はそれほど消耗していない。

 今もこうして活動しているのがその証拠だ。


 僕は自分の体のいたるところを確認した。

 やはりこれといった変化はみられない。


「やれやれ、君は謎の多い人間だね」


 ブラッド団長は呆れたように、それながら嬉しそうに呟いた。


「しかし、どの問題にしてもこの場所では設備も場所も人も足りない。君も王都に戻るだろうから、その時はまたお呼び立てしてもいいかな?」

「ええもちろん」

「そうだそうだ。オレに質問があるといっていたな」


 おっと、忘れるところだった。

 僕は蛇口が壊れた原因を聞きに来たんだった。


「あの、今回の事件で街の蛇口が壊れてしまった原因は分かりますか?」


 ブラッド団長は今までになく気の抜けた表情を見せた。

 僕は逆に嫌な予感がした。


「それは簡単な話だ」


 なんと!

 簡単な話なのか。

 警戒して損したな。


「ショウ君とネル王女が使ったエクスクルーシブマジックの魔力で魔力回路が狂ったんだろうな。詳しくは調べてないけど状況からしてそれ以外考えられない」

「そう、いう、ことですか……」


 これが簡単な話か。


「なにも、気にすることはないだろ? ショウ君がこの街を、国を救ったのはとても名誉なものだ。それにあの魔法で死傷者は出ていないみたいだし。結果的に見れば大成功じゃないか」


 大成功か……。


「いけないいけない。オレはこれから王都で仕事があるんだ。少しだけど君と話が出来てよかったよ。あともう一つの質問の答えはね『テレポート』という魔法だよ。任意の場所を強くイメージすることでその場所に一瞬で移動できる魔法。零魔法の一種だ。つかえるのはオレだけだけどね。それじゃ」


 僕の目の前にあったブラッド団長の姿が消えた。

 

 

 少し経って僕は一人、静かにテントを出た。


 結界はいつの間にか解かれていたらしい。


 全く気がつかなかった。


 僕の耳に少しずつ雑音が届き始める。


「…………」


 配給に並んでいる人々の顔を見るたびに、申し訳ない気持ちで体中がいっぱいになる。


 もっと良い解決策があったのではないかと、そう思ってしまう。


 その時。

 僕は誰かの視線に気づいた。

 街の人のものでもなく、殺気とも違う不気味な感覚だ。


 あの時と同じ。


 そうあの初めて魔族を倒した後にこちらを見ていた者と同じような……。


 僕は誘導するように路地裏に向かった。

 相手は警戒する様子もなく僕についてくる。

 それなりに奥へと進んだところで僕は振り返る。


「誰だ」

「もういいかなぁ。いいよね?」


 誰かに問いかけるような口調で何かをつぶやくその者は、屋根の上から音もなく僕の前まで降りてきた。

 周りには他の気配は感じられず、僕に話しかけていたわけでもなさそうだ。


「それで君は誰なの?」

「わたし? わたしはラシャーナの友達というか、仕事仲間? だよ」

「ラシャーナ? 訳の分からない事を言うな」

「え? ラシャーナのこと忘れちゃった?」


 ラシャーナとは僕の唯一の幼馴染と呼んでも良い。というよりも呼ばせてもらいたい。そんな女の子の名前だ。


 本当にコイツが?

 いや。信じられないな。


「早速だけどさ。ショウ――だっけ?」

「そうだが、なんだ」

「単刀直入に言うとね。わたしたちと一緒に仕事しない?」


 相手をするだけ無駄だな。

 そもそも僕は急いでナナの所へ帰らなければいけない。


 僕は目の前で騒ぐ何者かを無視して表の道へと歩き出す。


「ちょっとまて!」


 僕を回り込むようにしてその女性は僕の進行を邪魔してきた。

 僕は正直驚いている。それはこの女性の身のこなしだ。

 明らかに一般人ではない。

 まぁそれは尾行に気が付いた時から分かり切っていたことだが、体感することでそのことをより強く感じた。

 

 僕は彼女に対する警戒レベルを上げた。

 

 こうなるとあの場所にいたのも、ここで出くわしたのも偶然ではないように感じられてきた。

 正直に言えば、ラシャーナのことも気になる。

 仮にこの人のいうラシャ―ナが僕の知っているラシャーナなのであれば、どうにか連絡が取れるかもしれない。

 村に帰れるのは当分先になりそうだしな。


「名前は?」

「おっ! やっと話をしてくれる気になった?」

「いいから名前を言え」

「いいよ。わたしの名前はイサベル。さっきも言ったけど君の友達のラシャーナの同僚だよ」


 その言葉の真偽を確かめるのは簡単じゃないな。

 どうしたものか。


 僕が対応に困っているとイサベルは深呼吸をして自らを落ち着かせる。


「本当は接触禁止って言われてたから……とりあえずここまでね」

「はぁ……」

「またね。それと――早く目を覚ましなさい」


 僕の耳元に冷たい息がかかった。

 

 辺りを見回してみたが、彼女の影すら見つけられなかった。


 なんだったんだ。

 イタズラにしては軽いし。


「目が覚めてるから外で活動をしてるんだろうが」


 僕は一人表通りに出た。

 

「そうだ! 急がないと!」


 僕はナナの忠告を思い出し、医務室に戻ることにした。


 

 正確な時間は分からないが、太陽の傾きから一、二時間は経っているだろうと推測できた。

 すでに遅かったかもしれないと悟ったのは医務室の扉の前。

 理由は。


「ショウ君はまだ帰っていないのか?」


 このように、意味室の中からダリスさんの声が聞こえてきたからだ。

 一瞬入室を躊躇したが、ここで時間をかけた方が面倒が増えると思い僕は医務室の扉を開いた。


 この部屋の誰しもが視界内に僕を捉えているはずだが誰も、何も行動を起こさない。

 まるで時が止まったかのようだ。


「戻ったぞ。ナナ」


そんな中、僕は当たり前のようにナナに声をかけた。


「すごいね」


 想像もしていない返しが来た。


「ありがとう」


 なんとなくそう答えてしまった。


「俺からも感謝の言葉を送ろう」


 ダリスが初めて口を開いた。

 悪寒が僕の体を覆いつくす。

 正直に言って何について言及されるかわからない。

 僕には心当たりがあり過ぎる。


 そこからはダリスさんのターンが始まった。


「まずは無事に我が領地から娘を出してくれたことに感謝しよう」

「えっと、それは」

「君のおかげで捜索隊も追いつけなかった」


 置手紙を読む前に探し始めたのか。

 いや、読んだから探したのかもな。


「俺も可愛い一人娘が心配だったのだが君と”二人”なら”安心”だな」

「ちょっとパパ。やめてよ……」


 ナナは頬を赤らめた。

 いったい部分に引っかかっているのだろうか。


「それに大事な時には姿を消したと聞いている。ナナよりも大事な、重大な用事があったのだろうな」


 ナナとネルを比較させるような言葉に、僕は少しの憤りを覚えた。


「というのが、ナナの父としての言葉だ。エイブラムス王国の一貴族としては君には感謝してもしきれないというのも事実だ」


 ダリスさんの雰囲気が柔らかくなった。

 確かにダリスさんの立場は簡単ではない。

 当事者ではないが、ダリスさんの顔から伺える疲労を考えると僅かだが理解できるきがする。


「それらについて俺から言及する必要はないだろう。これから嫌というほど謝意を受けるだろうからな」

「なんとかできないですかね」

「正直に申しますと、避けては通れないかと」


 僕の希望はセリアさんの言葉によって一瞬でかき消された。

 部屋に沈黙がながれる中、ダリスさんはジェイからの耳打ちを受ける。


「そうだ。ナナ、ショウ君。二人はすぐに王都に戻ってもらうことになった」

「怒られるの?」


 ナナが怯えながら聞く。


「そうではない。魔法学校が夏季休暇を短縮して授業を開始すると連絡が入ったんだ」

「夏季休暇を短縮! なんで?」

「そうだな。ここに居る者であれば知っていると思うが、いまこの国ではかなりの異常事態が発生している。それは魔族との度重なる接触だ」


 度重なる接触。

 僕以外にも魔族と出くわした事例があるのか?

 確かに、あんな奴らが街に居たら普通に過ごしている人々が危険にさらされるのも時間の問題。

 いや、既にその被害は出ていると考えた方がよさそうだ。


「そのことを受けてギルバート王とカーティス校長が判断したのだ。これからの授業は例年以上に厳しいものになりそうだな」


 僕はまだ、この先に待つという過酷な未来を想像できなかった。

 対象にナナの目はやる気で満ち溢れてる。

 頼もしいと思うのと同時に自分が情けなく見えるな。


「ナナ。わかっていると思うが当分は安静にしていなさい」

「え――!」


 これはこれで、心配だけど。

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