61 校外授業
「エクスクルーシブ?」
僕は聞き覚えの無い単語を無意識で復唱していた。
「『エクスクルーシブ・マジック』これは長年王家にのみ伝わる魔法だ。これを知るのは王家と歴代の魔法師団長のみ」
「そ、そんな魔法のことを僕なんかに教えてもいいんですか?」
「いいも何も、君はもう知っているじゃないか。そして先の戦いで使っただろ」
「――なるほど」
少しだがこの話の流れが見えてきた。
肌で感じていたが、あの魔法はやはり普通の魔法ではないらしい。
「そのエクスクルーシブ・マジックっていうのは何が特別なんですか?」
「そうだな。一言でいえば限られた人のみが使える魔法のことだ。勿論それは魔力を持っている人と言う意味でなく、その中でも限られた人と言う意味だ」
「それで、ネル王女はその限られた人なわけですね?」
「そうだ。しかし、それは君にも言えることなんだよ」
「僕ですか? いや。僕はネル王女の手伝いを」
「違う違う。そこの認識が間違っている。この魔法は原則2人以上いなければ行使できない。そしてその2人はどちらもがその限られた人間でなければいけない」
僕が限られた人間?
にわかにも信じがたい。
「本当に僕が。そんな特別な存在なのですか?」
「――どうやらその可能性が高い。みたいなんだよね」
ブラッド団長からの返答はかなり歯切れの悪いものだった。
僕に接触してきたのも確信があってのことではないみたいだ。といよりも、確信を得るために僕に接触してきたと言った方が解かり易いだろうか。
とにかく、これは僕も気になる話題だ。
ブラッド団長ならば僕のこの「大きすぎる魔力」への向き合い方の近道を教えてくれるかもしれない。
「それはどうすればわかるんですか?」
ブラッド団長はゆっくりと僕に近づき、僕の右腕を掴んだ。
「血だ」
ちだ?
知らない単語が出てきた。
ブラッド団長の親指が僕の血管をなぞる。
僕の認識のずれが完璧に埋まった。
血液。これが鍵だとブラッド団長が伝えてくる。
血液と言われても何が大切なのだろうか。
色?
臭い?
最近は血液型なるものが存在するという噂が出回っている。
それのことだろうか。
「血と言われてもそれでなにが確かめられるんですか?」
「なにが、か。それはショウ君とギルバート王の血縁関係だ」
「僕と王様……」
僕の脳内にはあの時に見た夢の光景がフラッシュバックしていた。
その意識は長く続くわけではなく、すぐに現実へと引き戻された。
理由は気になることがあるからだ。
「そんなのどうやって確かめるんですか?」
血を調べるなどと言う技術を僕は知らない。
じいちゃんからも聞いたことが無い。
「実のところオレも良く分かってないんだけど。確かめる方法があるらしいんだ。ショウ君も血液型って言葉を聞いたことがないか?」
「噂になってましたからね。国は本当にそんな奇妙な研究をしていたんですね」
「いやいや。研究をしていたのは国じゃなくてだな。『自分の研究は役に立つから王の御前で発表させてくれ』という変わり者が押し掛けてきたんだ」
なるほど。
個人の研究者か。
目の付けどころがおかしいな。
調べてみて何もなかったらどうしていたんだろうか。
「まぁ、今回しらべてくれるのはそいつなんだがな。王の血を調べられるって聞いて暴れるくらい興奮してた。気味悪いけど、こっちとしても知れる事なら知っておきたい情報だ。我慢するしかねぁな」
「そ、そうなんですか」
そんな人に血液は渡したくないな。
直接会ったこともないのに、僕の中でその研究者の評価はこれ以上下ないところまで落ちていた。
「というわけで血液を提供して欲しい」
「わかりました。これでなにかわかるんですね?」
「上手くいったらな」
僕は剣を鞘から少し抜いて、親指を刃に押し当てた。
傷口から垂れる鮮血をブラッド団長からわたされた長細いガラス瓶の中に流し込む。
「そのくらいでいいぞ」
僕は指示通り血を流し込むのを止め、僕の血が入ったガラス瓶をブラッド団長に手渡した。
「指先を見せろ」
大人しく親指を見せるとブラッド団長が治癒魔法をかけてくれた。
指先の傷も元通りだ。
「すまないな。治癒魔法はあまり得意ではなくてな」
親指と人差し指をこすり合わせるようにする僕をみて、ブラッド団長は申し訳なさそうに言った。
「いいえ。すごいですよ。僕なんて一ミリも使えませんから」
「それは当たり前だろ。ショウ君はまだ一年生なんだ。治癒魔法は三年生から教わり始める高難易度の魔術だからな」
そうなのか。
すぐに使えるようになると期待していたので少しがっかりだ。
「それじゃあ。本格的に授業を始めよう。エクスクルーシブ・マジックについて中途半端に知識を持っているのはあまりよろしくないからね」
そういうと、ブラッド団長は自分の席に戻り腰を掛けた。
どうやら少し長い話になりそうだ。
「それはエクスクルーシブ・マジック誕生の話だ――」
数百年前。
世界各地で戦争が絶えない時代があった。現在エイブラムス王国のあるこの地もその例外ではない。
戦争といえど、大国同士が争うようなものではなく街どうしの紛争が多発している状況であった。ネカトやナンティファストなどがその街の名残である。
当時この地域で最も勢力が小さい村と呼ぶにふさわしい街があった。
しかし、その街が他勢力に攻撃を仕掛けられることは一度たりともなかった。
理由はその街に「神の子」と呼ばれる少年が居たからである。
神の子が晴れろと願えば太陽が輝き、雨が降れと願えば天は涙を流した。
ある時、街の住民が神の子を怒らせてしまったことがあったそうだ。
街はあらぬ方向からの風、雹のような雨に鳴りやまない落雷という大災害に見舞われてしまった。
その噂が他の街に伝わるのに、そう時間はいらなかった。
それ以降神の子のいる街が標的にされることはなくなったという。
しかし、紛争がなくならないのは事実。
その事実には神の子ももちろん気がついていた。
「この戦いはいつまで続くの?」
大人たちは誰もこの問いに答えられずにいた。
「じゃあ、ぼくがこの戦いを止めるよ」
神の子の言葉に賛成する者も反対する者も現れなかった。
それが神の子でも出来ないという思いからか、神の子を恐れて発言を躊躇っているからかは分からない。
神の子は1人で街の外に出た。
遠くへ行くわけでもなく直ぐに立ち止まる。
そこから各地へと意識を向けるのだ。
神の子はそれから、来る日も来る日も爆発音のする方向の自然を操り戦いを妨害し続けた。
しかし、その音が鳴りやむことはなかった。
やがて見物に来る街の人も減ってゆき。ついには神の子1人になった。
それでも少年はあきらめなかった。
1人になってから三日後、少年のもとに1人の少女が訪れた。
その少女は神の子とは反対に街の人から軽蔑される存在であった。
理由はこの青い髪にある。少女の両親はもちろん、親族にも青い髪の持ち主はいなかった。
同じく突然変異の存在である神の子とは真逆と言って良いほどの待遇の差であった。
「何してるの?」
「ぼくが……ぼくが戦争を止めるんだ」
「――じゃあ私も手伝ってあげる」
青髪の少女は神の子の手を握り目を瞑る。
「「この戦いが終わり、平和の世が訪れますように」」
2人が言葉を重ね合わせた瞬間。辺りは心の汚れさえも落とすような純白の光に包まれたという。
「――と、これがエクスクルーシブマジック誕生のおとぎ話だな」
僕は自ずと、今の話と自信が体験したことを重ね合わせていた。
残っている筈もない感覚を思い出すかのように拳を握る。
「それで。その2人がこの国をつくったんですか?」
「む? 気になるのはそっちかよ」
「すいません」
「いや、いい。答えはノーだ。この国をつくったのはその2人の子供だな。こっちの話はもっと長くなるから悪いがオレからはしてやれないな。エンニにでも聞いてくれ」
そうなのか。
この国には僕の知らない昔ばなしがたくさんあるみたいだ。
小さいころからじいちゃんにお話を聞かせてもらっていたが、それはほんの一部にすぎないみたいだな。
僕は気を紛らわすように過去を思い返していた。
「だいぶ話が見えてきたみたいだな」
僕の心の中を見透かしたようにブラッド団長が問いかけてくる。
「その2人の血が流れる者。つまり王族のみがその魔法を行使できると」
「そうだ」
「ですがその理論で行けばその魔法が使える人が増え行くのではないですか?」
「そうだな。オレもそう考えたことがある。でも、どういうわけかそうはならないんだ。現にカーティス様は使えてもアサレア様は使えない。理由は分からない、が。なんとなくは解明できていた。ショウ君が現れるまではね」
再びブラッド団長の鋭い視線が僕を捉える。
僕は何もしていないのに。
心の中でそう思うしかない。
「いや。君がやったんだからね?」
本当にどこまでも見透かされているようだ。




