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60 状況

「入っていいよ。パパ」


 ノックに答えたのはナナだった。

 躊躇いなく開かれた扉から姿を現したのは、最近出会ったばかりのナナの父ダリス・デカルトだった。


「失礼する」


 ダリスはナナの顔を見てほっとした表所を見せた。

 書き置きがあったとはいえ、心配になって当然だ。

 ナナが首謀者とはいえ、協力してしまった以上気まずさは拭えない。

 ダリスは次に隣のベッドに目を移し、少し足早に駆け寄った。


「これはネル王女。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私はデカルテ領の領主、ダリス・デカルトと申します。ネル王女の御身体を護ることが出来なかった事、お詫び申し上げます」

「いいえ。ダリス様に非はありません。非があるのは王女の護衛を任されている私、セリアにあります」


 ノックと共に体を起こしたセリアがダリスの発言を否定する。

 自責するセリアを見てダリスは何かを察したようで「そうですか」とだけ答えた。


「何はともあれ。ネル王女の命があることに変わりはありません。――事の顛末を知りたい。ジェイ頼めるか」

「了解しました」


 ダリスはジェイを連れて部屋を出ていった。

 僕の赤く染まった服に目を止めたが、会話は特になかった。


「それでは、私も一度自室に戻ります。やることが山積みですから」


 続くようにしてケイさんも部屋を出た。

 セリアはネルがこのベッドで寝ている限りこの部屋から離れないだろう。

 

 僕も一人にさせてもらおうかな。


 僕は無言で部屋を出ようとした。


「まって。どこ行くの?」


 僕を止めたのはナナだった。

 何かに焦っている様子だ。

 理由は分からない。


「外の空気を吸いに行こうかなって」

「そう。わかった」

「なんか用か?」

「ち、ちがうよ。パパが戻ってくるまでには帰ってきてよね。ジェイから話を聞いたって『本人の口から――』っていうから」

「わかった。ありがとう」

「うん」


 ダリスさんはかなりフランクな人だと思っていたけど、そうでもないらしい。

 じゃあちょっと急ごうかな。


 僕は扉を開けて建物の外に向かった。



 支部の外に出た僕は直ぐに違和感を覚えた。

 明らかに建物の外に出ている人が多いのだ。

 奥に見える検問所の前にある広間には行列が出来上がっている。

 僕の足は自然とその場所を目指していた。


 魔法師があんなにたくさん。

 しかもずっと魔法を使っている。

 使っているのはただの水を生み出す魔法、か。

 この一件で全て家の蛇口が壊れてしまったのだろう。


 水は水魔法が刻まれた蛇口と呼ばれる魔道具を使うことで生み出される。

 魔道具が普及していない村などでは、河川から水を引いてきたり、井戸をつくったりすることで供給されている。

 この街は王都からは離れた場所にあるが利用するのは王国に仕える者達が多い。

 そのため当然のように全ての家に魔道具が置かれており、井戸もなければ近くには川すらない。

 この事情から魔法師団が人力で蛇口の役割を果たしているのだろうと想像がついた。


「なんでだろう。家は壊れてないし、物も崩れていない」


 ショウは現状を理解することが出来たが、その原因がわからなかった。


「被害はないって聞いたから帰ってきたのによ。戻ってみたら魔道具が全部壊れてるじゃねぇか」

「この街じゃ。魔道具が届くまでに数日はかかっちまうしな。こりゃあ、まいったな」


 街の人達にも原因は分からないみたいだ。


 ならば知っているであろう、魔法師団の人に直接聞くまで。


 僕は給水作業を行う魔法師たちに近づいた。


「すみません」

「水ですか? 列がありますのでそちらに並んでください」

「あの、そうじゃなくて。どうしてその――魔道具? ってやつが壊れたんですか?」

「え? それは――えっと。我々にもわからなくて……」


 分からないのか。

 期待して損してしまった。

 まぁ、魔法師団の人が分からないのであれば仕方ない。

 この事件は迷宮行きだな。


「どうかしたか?」

「だ、団長! お、お疲れ様です! どうしてこちらに」

「なに、少し面白い話を聞いてな。それと意見を交わすのにはやはり対面である方が楽だからな。む? 君は」


 話を聞いた魔法師の背後から一人の男性がやって近づいてきた。

 見覚えもある。

 この国の魔法師団長で間違いない。

 

 にしても、先ほどから魔法師団長が僕を嘗め回すような目線を送ってくる。

 なんか用か?


「君に用がある」

「僕ですか?」


 本当に用があったみたいだ。


「ショウ君だったよね。オレは魔法師団長のブラッドだ。前に王城であったんだけど覚えてるかな?」

「もちろんですよ。それで、用と言うのは?」

「ああ。それなんだけど、ここじゃ場所が悪いからちょっと場所をかえてもいいかな」


 断る理由はないし。

 魔法師団長なら魔道具が壊れてしまった原因も分かるかもしれない。

 

 僕は迷わず、ブラッド団長についていくことにした。


「わかりました」

「ありがとう。じゃあ、早速ついてきて」


 ブラッドさんは給水所の奥に設営されているテントに向かって歩き出した。

 その道中たくさんの魔法師がいた。

 怪我人を癒す者、水をつくり続ける者、目を閉じ魔力回復に努める者。


「ブラッド団長。怪我人も出たんですか?」

「怪我人? 一般人に直接的な被害を受けた人はいないな。逃げる時に焦って転んだとか、そういう人たちだろう」


 なるほど。

 二次災害ってやつか。

 それにしても設備が充実している。

 僕も全体を把握している訳じゃないけど、少なくともこの事件が発生したのは僕があの塔に移動した後だ。

 それなのに、この施設は既に完璧と言えるほどに整っている。

 王都に情報が伝わり実際に団長たちが来るまでの時間を考えると、移動を含めた全ての作業が尋常ではないほど速い。

 というか、あり得るのだろうか。このスピード。


「それにしても魔法師団の皆さんは足が速いんですね」

「速いわけないだろ。むしろ遅いだろ」

「でも、この短時間でこれだけの――」

「む? ショウ君なにか勘違いしてないか? ここにいる魔法師は皆この街の魔法師だ。王都からは一人も来ていない」

「えっと……だとしたらブラッド団長もこの街の近くに?」

「いや? オレは王都にいたぞ」


 意味が分からない。

 ブラッド団長はありえないくらい足が速いのか?

 それとも足を早くする魔法があるのか?

 とても気になる。


「どうやって移動してきたのか気になるのか?」

「は、はい」


 見透かされてしまった。


「あとで教えてやる。とりあえずはついてこい。全てはそれからだ」


 僕は大人しくブラッド団長についていくことにした。



 テントの中には誰もいなかった。

 大きな円形テーブルの奥に置かれた椅子にブラッド団長が腰を掛ける。

 

「座ってくれ」


 僕はすぐそばの椅子に腰を掛ける。

 即席の施設だと思うのだが、教室の椅子よりもクッションが効いている。

 魔法学校の長時間の座学で尻を痛めていたショウは、教室の椅子にもクッションをつけることをエンニさんにお願いしようと思った。

 

「オレはショウ君に質問したいことがあるんだ。後でこっちも質問に答えてあげるからさ、先に質問していいか?」

「はい。質問といっても大したものではないんですけど」

「そうか。まあ質問には答えてあげるから。早速質問いいか?」

「どうぞ」


 ブラッド団長は「報告書」と書かれた紙の束を僕の方に魔法で飛ばした。

 僕が覗いて良い物なのだろうか。


 僕がためらっていると、ブラッド団長が合わせた両手を開け閉めして早く見てくれと伝えてくる。

 それならばと開いてみると、中は細かな文字でびっしりと敷き詰められていた。

 タイトルには「ナンティファストに対するアースドラゴンの襲来事件について」と記されていた。

 少し読み進めた。間違いない、これは今回の事件についての報告書のようだ。

 報告書と書かれているが、被害報告や死傷者数などが書かれているわけではなくこの著者が見聞きしたものをそのまま文字に起こしただけといった印象を受ける。


 全てを読み終えた僕は報告書を置き、ブラッド団長を見つめた。


「この報告書。間違いはないか?」


 間違いはないかと聞かれれば答えは「はい」だ。

 しかし素直には首を縦に振れない。

 理由はヴェドのことや何やらと情報が足りない。

 僕からすれば穴だらけだ。


「はい」


 僕は悩んだ末にこの一言で答えた。


「わかっている。情報が足りないんだろ? それについては気にしなくていい。どうせ報告会で詳細はわかる」

「でも」

「『なんで僕に質問があるといったのか』だろ?」


 なんか嫌な感じがした。

 言葉を遮られ、先読みされ。


 いやがらせか?


「そんなに嫌そうな顔をするな。オレが聞きたいのは君とネル第二王女が使った魔法についてなんだよ。それを報告会で聞くとちょっと面倒なことになりそうだからな」


 どこでこの情報を得たんだ。

 僕がみんなに伝えた報告はネルの魔法の手伝いをした。だからあの魔法はネルのモノだという内容だったはずだ。

 まさか遠くから僕が魔法式を描くのを見ていたのか?


「安心しな。監視なんてしてないから。ただ、僕の元に集まった情報から推測するとどうしても一つの答えに辿り着いてしまうんだ」

「答え――ですか」

「ああ、もう回りくどいのは止めにしよう。お前、あの魔法をどこで知った」


 ブラッド団長の語気が強まった。

 先ほどまでとは比にならない程の威圧感が溢れ出ている。

 少し圧倒されそうだが、飲み込まれることはない。

 僕はこれよりも強い威圧感を経験しているからだ。

 それに、質問の内容もいまいち理解できない。


「そして、お前があの魔法を使える」


 僕が黙っているとブラッド団長が質問を重ねてくる。

 しかしその質問も僕には理解しがたい内容だ。

 僕は思っていることをそのまま答えようと決めた。


「質問にはお答えしますが、あなたの望む答えではないかもしれません」


 ブラッド団長は黙ってこちらを見つめているだけ。


「一つ目の質問ですが、あの魔法を知ったのは僕が魔法を使う直前。正確にはネル……コホン。ネル王女が魔法式を組み始めてからのことです」

「ほう」


 僕の回答にブラッド団長が軽く反応を示した。

 だが、その反応は明らかに悪い方向だと感じ取れる。

 どうやら僕のことを疑い、警戒しているようだ。


「二つ目の質問の答えですが、その答えはこちらが教えて欲しいくらいですよ。ネル王女があんなに凄い魔法を使えるなら先に教えて欲しかったです」


 僕の答えを全て聞き終えたブラッド団長が面白くなさそうな顔を見せる。

 微かに貧乏ゆすりの音が聞こえてくる。

 

 二十秒が過ぎ、ブラッド団長が口を開く。


「君には話してもいいかもしれないな。そして君の存在は今後この国の――いや、世界の行く末を変えてしまうかもしれない」

「いきなりどうしたんですか?」


 先ほどから僕に対する態度がコロコロと変化するブラッド団長に僕は少し戸惑っていた。

 そんな僕に構わず、ブラッド団長は遮音と防護の結界をテント内の自身と僕を囲むように展開する。


 凄い精度だ。


 僕は思わず見とれてしまった。

 椅子がすれる音と共にブラッド団長が立ち上がった。


「今から君に『エクスクルーシブ』についての授業をしよう」

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