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63 ラシャーナの心

 私はいまどこにあるのかもわからない森の中で、木の太い枝腰をかけ世界の全てを照らしてくれそうな強い光を放つ1つの星を眺めていた。


「ゼディス様。私はどうすればいいのかな。ショウを――あの方をこの道に連れ戻すことが、本当に正解なのかな」


 私の質問に答えてくれる人はどこにもいない。

 いまの仲間も信用しているし、信頼もしている。

 けれど――。


「ラシャーナ」


 下の方から私の名前を呼ぶ声がした。

 この明るい声は間違いなくイサベルだ。

 イサベルは使徒たちの中で最もショウに興味を持っている人だ。

 

 今日は会議でもないのに何の用事だろう。


「どうしたの? イサベル」


 私はイサベルの目の前に着地した。

 イサベルは何も言わずにこちらを見つめている。

 上がり切った口角からイサベルの気分の度合いが読み取れる。


「なにかいいニュースでもあるの?」


 私の質問に返ってきたのは、満面の笑みだった。


 確かに気分がわかりやすい人だけど、ここまであからさまなのは初めて。

 いまは仕事中じゃないから気を抜いているのもあると思うけど。


「手伝ってよ。ラシャーナ」


 なにも意図が伝わらない。

 私は当然聞き返す。


「なにを?」

「――ショウ・オルティス君を仲間にする」


 あまりにも予想外だったその一言は、いまの私の心を大きく揺らした。

 それは良い意味でも悪い意味でもある。


「いきなりどうしたの?」


 平然を装って質問をしてみる。

 私自身、この質問はその場しのぎにしかならないと理解している。

 だとしても、私はこの先の答えを考えたくはないと思ってしまう。


「だって。彼があなたの主人で間違いないんでしょ? 自分で言っていたじゃないか」

「それは、そうだけど」

「ならはやく迎えにいったほうがいい」

「でも! カイゼン……に、許可は」

「そんなのいつでも、どうにでも出来る。ナナは彼の持つ危険性に気が付いてない」


 危険性。そんなものは解かり切ってる。

 私はずっとショウのことを監視。いや、見守り続けた。

 だからわかる。それにこの前の事件のこともある。

 その事件の監視役はイサベルだったっけ。

 

 彼女がここに来た理由がわかったきがする。

 それでも「それも全て私がどうにかする」と言い切れる自信があるわけでもない。

 私にはなにもできない。

 それなのにあの方の幸せな生活を奪いたくない。


 彼の身に万が一が無いように、仲間には彼の存在を伝えてきた。

 それが間違いだったとは思わないけど、得策ではなかったかもしれない。

 それでも最悪な事態は免れられる安全策であったことはたしか。


「彼の力は人間のコントロール下に置かれていてはいけない。それはいずれ彼をこの世界の畏怖の象徴へと導いてしまう――アイツみたいに」


 本当に耳の痛い話だ。

 私の使命はショウに与えられたアイツを倒すという使命のサポートをすること。

 いまはその仕事を放棄しているに等しい状態。到底褒められたものではない。

 

「もう少し、時間をくれないかな」

「そんなに待てないよ。多分」

「大丈夫、本当に少しだから。来週の会議には答えを出す」

「わかった。信じてるからね」


 イサベルはさっそうと私の前から姿を消した。

 諜報活動を専門としているだけはある。


 感心するのも程々にして、私は自らの中へと意識を向ける。

 彼が私の尽くすべき人であることはもう明らかだ。

 これ以上避け続けるのはどちらにとっても良いことはない。


「私にとって与えられた仕事とショウのいまの幸せはどちらも同じくらい大事なことだし、同じことだと言われてしまえばそれまでだし。最悪の事態になる前に普通の道に戻してあげるのも私の役目だよね」


 私は鳥たちが飛びまわる空を見上げて、心を決めた。



 翌週。

 会議のために集まった面々から視線を集めているラシャーナの姿があった。

 その姿は今までの彼女とはどこか違う雰囲気を醸し出していた。

 それはここに集まった者の誰もが感じたことだろう。


 ラシャーナが大きく息をする。


「ショウ・オルティスを私たちのところに連れ戻す。協力して!」


 今までに聞いたことのない、気持ちのこもったラシャーナの声は部屋中に響き渡った。

 これを馬鹿にする者はいない。

 イサベルに関しては、待っていましたというように何度も頷いている。

 ジグは今までとのギャップに驚き反応に困っていて、カイゼンは冷静に言葉を受け止めているといった印象だ。


「理由を聞かせてくれるか?」


 カイゼンから当然の質問がされる。


「ショウはゼディス様が生み出された。最高傑作で間違いはない。それは最高傑作のサポート用に生み出されたこの私が保証する。それに、みんなもわかってるでしょ?」


 暗部の荒野での一件はイサベルが監視を務め、先々週の会議で報告が行われた。

 そこでショウの評価が変わったのは記憶にも新しいことだ。

 ショウの力を疑うのは愚かなことだと皆認識した。


「では、なぜ今なんだ?」


 今までにもこのお願いをするチャンスはいくらでもあったはずだ。

 それなのに、ラシャーナはショウに関する情報をあえて抽象的なものしか報告していなかった。

 ずっと間近でみてきたラシャーナがショウの本当の力に気づかないはずはない。とカイゼンは考えた。


「それは私の覚悟が決まったからです。私はショウの今の生活を壊したくなかった。だから今まで干渉を避けてきた」

「この一件で、その力を一人にさせておく危うさを感じた、か」

「そういうことになるね」


 カイゼンは考え込むようなポーズをとる。

 どんな問題もすぐに答えを導き出してくれるカイゼンが黙り込んでしまった。


「すまないが。この件に関しては少しだけ時間をもらいたい。一日、二日で構わない。ジグ、鳥を3羽私のところにとどめておいてくれないか?」

「いいよ」

「ありがとう」


 ジグは体を背もたれに預けながら、簡単に返事をする。


「それでは、決まり次第すぐに連絡をする。それでいいか?」


 カイゼンはラシャーナに確認を取る。

 少し悩んだようだが、仕方がないという様子で首を縦に振った。


「どんな作戦にせよ。下調べは重要だ。アイツらの動向も気にはなるが、いまはショウ・オルティスの身辺をしっかりと調べよう」


 その言葉を聞いて、合意を確信したラシャーナの顔は目に見えて明るくなっていく。

 そんなラシャーナにカイゼンは釘を刺しておくことにした。


「ラシャーナ。まだ仲間にすることを決めたわけではない。調査の結果次第では何もしないこともあり得るぞ」

「ハイッ!」


 それはない。とラシャーナの笑顔が語っている。

 カイゼンは諦めて作戦の立案へと思考を切り替えた。


「カイゼン」

「……」

「カイゼン――」

「……」


 反応がない事を確認したジグが一目散に会議室を後にした。

 カイゼンが自分の世界に入ってしまうと、答えが出るまで意識が戻ってくることはまずない。

 それを知っての行動だ。


 そのことを知らないラシャ―ナは少し戸惑っている。


「いいんだよほっとけば。ほら、いこうラシャーナ」

「えっ、うん」


 固まるラシャーナをイサベルが少し強引に引っ張りだした。

 イサベルの横顔は今回の結果には満足しているようだった。

 あとはカイゼンが作戦を立て、私たちで実行すれば失敗はないと確信していた。

 それは自惚れではなく過去の経験から来る自信だ。

 この件もきっとうまくいく。

 ここにいた全員は心のどこかでそう思っているはずだ。私も含めて。

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