【悪い夢】ラオメ
リモ蓮が帰って来て、八重ちゃんが大量の武器のストックを作って、でも新しい策は思い浮かばなかった。まあ妙案はひょいと出てくるものでもない。
「ね〜羅謝〜。お前のクッションなんでリビングのソファにあんの?」
「いいじゃん。可愛いでしょ、おサカナの助。」
相棒のこよなく愛するキャラクターであるおサカナの助は、魚の体から2本足と植物の芽が出てるキモキャラだが、何故か色んなグッズが販売されている。ソファクッションのこれもその1つだ。謎に高品質で、低反発のもちもちした感じが気持ちいい商品である。
「いつも自分の部屋に置いてる癖に、なんで今日はここ?」
「めっちゃ背もたれに使ったら怒りますー?」
「メッチャ怒る。」
僕はにやにや笑いながら昼食の準備をしようと立ち上がった。
のと同時だった。
ぴいーんぽーん。
「…え?」
今、この町に人間はいない。
例外を除いて…。
魔女に選ばれた者達と、狩り隊。
「……俺が、出る。」
ぴいーんぽーん。がちゃがちゃ。どんどん。
「待って!メーシャお願い待って!」
彼は扉を開けた。その顔が糊で固めたようなのに気付いたのは、随分経ってからだった。
「…光羅謝、あんた、まさか…。」
ゆいが何か悲鳴を囁いていた。僕は走って彼の背に飛びついた。着古した、何度も破れて何度も僕が繕ってやった、薄手のコートの感触。
それを感じられたのは1秒にも満たなかった。
彼に振り払われたからだった。
「狩り隊ロップ国支部だ。メーシャ・ミネルの迎えに来た。」
開け放たれた扉の向こうに、無表情の彼等が立っていた。
「…っ!帰れ!!帰れ帰れ帰れ!」
「ラオメ。」
「死ね!殺してやる!帰れ!帰れ!!」
「ラオメ!」
がっと肩を摑まれた。そのまま押されて彼と正面から向かい合う。ヘドロの溜まった人工池ような翡翠の双眸が、僕を見ていた。
見ていた?
見ている?
ねえ、メーシャ。今お前は、僕を見てる…?
「め、メーシャ?」
「悪いな。でも面倒だから、今はあんまり騒がないでくれ。」
「ど、どういうこと?ねえ。だってこの人達にメーシャ連れて行かれる…。」
「連れて行かれるんじゃない。"行く"んだ。」
低音が、大きく掠れた。
「…裏切ったな。」
え?と振り返る。ゆいだった。藍の目玉が零れるのではと思う程に目を見開き、彼を凝視していた。血管が浮かび、机の上で白くなるくらいに握った手が震えている。
「前に言ったじゃないか。俺達に裏切りは、ない。」
「…ああ、そうだったな。」
体力の枯れた薄い笑い声。ゆいは口角を上げたが、前髪のかかった双眸は今にも彼を絞め殺しそうだった。そして息を吐くように囁く。
「失望したよ…。」
彼はそれに、乾いた一瞥だけを返した。
「メーシャ…?どうゆうこと…?え?う、裏切ったなんて、えっ?」
僕だけが分かってない?
分かりたくない。戻れないならもうこのまま時が止まればいい。きっと今より良くなんてならない。彼がこんな顔している以上…。
「それを相棒に訊くのは酷だね。僕が説明しよう。」
狩り隊員の間から姿を現した、痩身ながら腕に筋肉を感じる男。全身が真っ黒な服。死んだ瞳。
「複製の<申し子>…!」
「怒らないでよ。僕の発案じゃない。上だよ。…こんな糞みたいなこと思いつくのなんて、狩り隊上層部の奴等くらいしか居ないよ…。」
以前より隈の濃い双眸をちらと彼へ向けると、<申し子>はぼそぼそ話し始めた。
「要は取引さ。狩り隊はこのままでは負けると予想し、案を考えた。それがこれ。腐敗の<使者>の願いを1つ聞く代わりに、狩り隊側に寝返らせるってこと。それで彼は寝返ったって訳だよ。分かった?」
分かんない、分かんない、分かりたくない!
「願いってなんすか。」
「彼が願ったのは、」
「おい光羅謝!あんたに訊いてんだよ!てめーは黙ってろコピー男!」
ゆいの怒声にも彼は眉ひとつ動かさない。代わりに、複製の<申し子>が目を伏せて答えた。
「自分の家族に危害を加えないこと。」
家族。
がぐん、と、僕の頭の歯車が回り始める。分かった。分かっちゃった。
羅謝の生死感はシンプルだ。生まれたら生きる。生きたら死ぬ。以上。だから彼は淡泊だ。生きるために最大限力を尽くすけど、死ぬことを理解している。とても明確に自然に、理解している。
だから彼は、自然の摂理を覆そうとまではしない。醜い程の足掻きはしない。生きる気で頑張るのであって死力は尽くさない。死ぬときは、それまでだったのだと諦めそうな雰囲気がある。
自身の命なら。
「家族…。」
最愛の人達のためなら、きっと醜くなるくらいなんともない。他を傷つけても進む。それが僕の最愛の人の性格だ。
「取引により彼の身柄は狩り隊が拘束する。場合によっては君達と対戦するかもね。僕のように。そして彼が狩り隊に従順である限り、彼の故郷の家族はこの東部地方で最も安全だ。」
僕はやっと腑に落ちた。羅謝がこんなことをするなんて有り得ないと思っていた。違うのだ。羅謝だから、やったのだ。
「だからね、君等は、」
僕が理解したことを複製の<申し子>が口にする。
「家族を守るために捨てられたんだ。」
黒髪に黄色いメッシュの男は僕等に背を向け、外に出た。




