【振り返ってみよう】ゆい
大学に受かった。母さんと喜んだ。ひとり暮らしが出来るからわくわくしていた。母さんがお祝いに早く帰って来て、ひとり暮らしにわくわくするけどちょっと寂しくなってきて、なんか新鮮なレタスを生でもしゃもしゃ食べてる気分になって、面白かった。
母さんは、私に何も望まなかった。彼女の娘でありさえすれば、受け入れて愛してくれた。それが、いかに稀有なことかは理解している。多分、だからレタス気分になるんだと思う。もしかするとおれ達は、距離さえ置けば凄く上手くいくんじゃないかと思えた。
引っ越しまでの時間が、そうやって平和に過ぎていくと思っていた。
「義堂さん。いい加減ね、いい加減、息子さんを解放してあげたらどうです?」
ある夜に父さんの方の親戚が、ぞろぞろやって来た。
母さんと彼等は騒いで騒いで喧嘩して、しかも上手く話が噛み合わないまま険悪ムードだけが加速して、
「もー、いーですよ。」
俺は無理に彼等を外に出した。それから母さんの機嫌を取って、寝かせて、外へ出て、彼等の機嫌を取って、駅まで見送って、歩いて帰る途中、嫌になった。
母さんは娘になったら愛してくれる。
父さんと姉さんは純朴で、言うことを聞く、気の合う青年になったら愛してくれる。
クラスメートはノリが良くてとっつきやすい奴になったら愛してくれる。
じゃあー誰がおれを愛してくれる?
荷物をまとめた。母さんを起こして出発する旨を伝える。彼女は叫んだけど、娘が丁寧に諭すと結局は頷いた。夜行電車で国境を越えた。
初めて立つプラットフォームで、おれは空を見上げた。
誰かしらは出さないとなー。
おれは夕でネットをやったり望でマラソンしたり通にゲームさせたり、そうやって彼等の感情を消費していた。時々消費しないと勝手に出てくる。そんで今、出てきそうだった。
まー対人出来る奴は夕しかいないかなー。
そんなことを考えながら、人と会いたくないので住宅地の屋根を飛び回っていたとき。
おれはけっこー限界だったのだろう。
唐突に颯が飛び出した。
他の感情の中でも、颯は最も持て余し気味な奴だった。消費方法が微妙に分かんないし、余剰分が他より多いらしく、使っても使っても使い切れないのだ。
だからって勝手に出てくんなよとは思う。そして出て来ても暴れんなとも思う。
「…糞がっ!どいつもこいつも!死んどけこのっ!」
記憶によると_正直あの行動の全てをおれの意思でやったと言われると肩身が狭いのでこういう言い方にさせてもらう_颯は路地裏のゴミ箱を蹴り壊したり窓硝子を割ったりしながら罵詈雑言を吐いていた。
で、そんとき話しかけてきたのが複製の<申し子>だった。
「何かあったの。」
くい、と首を傾げる子供っぽい仕草に反して、闇に溶けるような雰囲気や夜の雨を染み込ませた薄紫の瞳が、戦い疲れた歴戦の戦士を思わせた。それが、颯の戦闘狂の心を煽った。
エンカウント2秒後にはもう殴っていた。複製の<申し子>は特に驚いた様子もなく、狩り隊専用のナイフを鞘のまま振った。相手の振りかぶる勢いと自分の殴る力が合体して、腕の骨にナイフが突撃した。痛いがそのまま耐える。鞘付きナイフと腕で鍔迫り合いの状態だ。
「これなら君、狩り隊に入ってみる?」
暴れ者を狩り隊に勧誘して更生させるのも、狩り隊の仕事だ。複製の<申し子>は結構マジメに仕事してるらしい。
「はあー?このままブッ飛ばしてやる!」
て、やってたら治所が来ました。あーもー。俺と複製の<申し子>はバラバラに逃げた。
◯
『叔父さん達を帰したって聞いたよ。どうしてだい。』
お父様からラブコールが届きました。おれは颯を引っ張って(このときにはもう颯は満足したらしく引っ込めるのは割と簡単だった。)結くんを押し出す。彼はよくやった。怒らず下手に出て機嫌取りをした。
『取り敢えず、こっちに来て。これからのこと話し合おう、結弦。』
それでこの結果。流石の結くんもピキるよ。
こんな訳でおれはジル国に行かなきゃになったのだが、何せ暴れたのでこのまま国境は行けない。だから取り敢えず、夕で行くことにした。治所に追われながらね。
それを巻くのに寄った店が、レーリッシュの店だったのだ。
あの人と自己紹介しあったとき、初対面顔したけどホントは2回目だった。レーリッシュが気付いたのかどうかは知らないけど。
そこで<逃がし屋>の情報を貰って、彼等に会って、ジル国へ向かって、戻って。
結としてまた<葬り町>へやって来た。理由は女医に言ったのが半分、もう半分は、光羅謝だ。再会の喜びをもうちっと味わっても良かったかなーと思って。(ラオメによると、ありんこチームと初対面の直前に、夕=結なのはバレてたらしい。言ってよ。)
女医に詰問されて言った、SLAY反応武器に勝ったのがどーのというのは大体嘘。ニュースで見てすげーとは思ったけど、顔は見てない。夕のときに、かなーと思って、間違いでも女医の疑いを晴らすのにゃ使えると思ったまで。
バイトの帰り道、公園で前に戦った男が居た。
最初は、わーやべ見つかんないようにしねーとと思ったが、後に会敵して、その後にまた見かけて、気が付いた。こいつこそが複製の<申し子>だと。
それで、これは使えるかもと思ったのは事実。複製の<申し子>に苛ついたのも事実。それに、自分がどこまでやれるか期待したのも事実。
そんで成功したのも、事実。
成功したのか?
おれはぼんやり自分の手を見詰める。
"僕は君になら足を潰されようと構わない"
あのときはその言葉の意味が分からなかった。でも、ラオメは言った。"足潰しますよ"と冗談言ったリモンドに対してだ。
"そんなこと言っちゃ駄目でしょ。地獄連れてきますよ的な意味だよそれ"
じゃあー、それを構わないって?どういう意味?
手を見詰める。あいつは結局、おれ達の中の誰に引っ掛かっただろう。




