【脱兎】ゆい
「え、おっそー。」
一気におれに視線が集まる。その瞬間におれの行動の意図を理解したか、もしくは生存本能がそうさせたのか、光羅謝は手首を噛みつけた。
こういう皆が驚いている中の陽動は上手く働きやすい反面、仲間にその陽動を使って動いてもらいにくい。光羅謝は勘が鋭くて助かった。
「…!操作の<し_」
「うわあ!」
複製の<申し子>が名前を言うより先に、血が暴れ出す。複製の魔術の強化条件は、名前を口に出すこと。そこには他の強化条件以上にタイムロスがある。
増してこのときの相手は光羅謝_正真正銘の腐敗の魔術の使い手である。その魔術に人生をめちゃくちゃにされながらその魔術とめちゃくちゃな人生を共にしてきた男である。どうして後れを取ろうか。
「行くぞ!」
光羅謝はおれの背を押しやり来た道を引き返す。おれの体にも彼の血が降り注いだが、彼はお構いなしだった。それがおれには気分が良かった。後ろから叫び声が聞こえる中、2人で走る。
北へ。
「…。」
走りながら光羅謝が、廊下の窓をじっと見詰めた。大きいガラス。北館向き。後ろからは悲鳴と足音。
彼が待っているのが何か、おれにもよく分かった。おれもそれを、待っている。
爆発音。
はっと光羅謝と目を見合わせる。こっちの建物にも振動が伝わり、足元がガタガタ揺れていた。狩り隊は状況を理解できずにざわめいたが、おれたちは何が起きているのか明確に察せた。
「トンズラこくぞ!」
その頬にちょっと笑みが浮かんでいる。目のすぐ下の黒子が踊るように上がった。嬉しいらしい。そりゃそうだ。そりゃーそうだ!
<悪夢殺し>が、恐怖と支配の権化が、ラオメの手で爆破されたのだから。
「避けて!」
立ち止まると、おれは廊下に飾ってあった石像を蹴り壊し、直ぐ様担いで窓へ投げた。ガラスがけたたましい音で割れると共に、爆発の風が流れ込み、ガラスの破片がこちらへ飛んでくる。光羅謝はそれらを血で舐め取ると、おれの肩を摑んだ。
「ピューイっ。」
予想外に上手い口笛(なんか光羅謝ってそういうの下手だと思ってたけど勘違いだった。)をしてから、彼は窓の外へ足を向け、おれの胴を摑んだ。
「おい何をっ!」
狩り隊の1人の声が聞こえた。待て!とさっきから複製の奴が騒いでいる。
おれ達は彼等の声を背に、外へ飛び出した。間髪入れず襲ってくる重力と熱風。
しかしそれは、ほんのコンマ1秒のことだった。
爆風をいとも容易く掻き分け、現れるアリスブルー。
「完璧だよ。」
「流石ァ。」
ニッと笑ったラオメは、力強く光羅謝とおれの手を引いた。
風を切る感覚。足元からはもうもうと煙が登り、後ろからは銃声と叫び声。でもおれ達には当たらない。
「プランE成功!」
頭上から弾けるような歓声が響く。光羅謝も笑い声と鬨の混ざった声を上げた。
「成功したよ!成功した…!漸く、終わるぜ。」
ラオメの口調が変わってくる。おれはちょっと目線を上げてラオメを覗った。狩り隊の基地から大分離れた所で、ラオメは呟いた。
「やっと、自由だ。」
まだまだ問題はある。<使者>への偏見は消えないし、狩り隊は解散してないし、それに加えて、ラオメはマイノリティの悩みを、おれは母との嘘を、光羅謝は嫌われることへのトラウマを持っている。
人間なんて結局、しがらみだらけだ。
「あァ。」
でもこの瞬間、おれ達は確かに自由だった。
「自由さ。」




