【体】光羅謝
爺さんに呪わせるって?
ラオメと俺は顔を見合わせて苦笑した。と、その隙を見てゆいが屋根から降りてきた。無論、こいつの"屋根から降りてきた"は、"さっきまで屋根の上に居たのに急に上空から降ってきた" である。ラオメと2人してぎょっとした後ぎゃいぎゃい騒いだ。しかしゆいがそれで回れ右する性格なら、そもそも、プランEと聞いてこっちに来ることはないだろう。
「ちょっとちょっと五月蝿いですよー。狩り隊来ちゃいますよー。」
「プランEだから別に狩り隊は来たっていいんだよ。それよりお前は早く女医達んとこ行けって!」
「おれレーリッシュって人苦手だしな〜。」
「ラオメェ、どうする?もうこいつ捕まえて女医達の所まで無理矢理連れてっちまうかァ?」
「うわあ!暴力反対!てか2人とも、プランEにおけるおれの大事さ、ちゃんと考えてますー?<悪魔殺し>撃破のためにはおれの_おっと。」
ゆいが話を中断し、反論しようと口を開きかけていたラオメも口を閉じた。俺は親指の頭をちょっと噛んだ。
「はい、おれの勝ちー。狩り隊のお出ましだ。」
普段は車の走るような道路、その十字路で俺達は会敵した。狩り隊と<魔女の使者>。ましてこの状況だ。会敵はそのまま戦闘を意味する。
「しゃァねェ。派手にブッ飛ばすぞ。」
「3人で、っすねー!」
「あーもー。死んだら殺すぞ。」
銃声が響いた。左腕に痛みを感じた。
●Marcirà?●
「本当に…腐敗の<魔女の使者>なんだね…?」
「はい。残り2人は不明です。ですが今この町に居ることから、駆除対象者であることは確かです。」
私は亡骸を覗き込んだ。むっとするほどの血の匂いが漂う。
腐敗の<魔女の使者>と思われる者を含めた3対象者撃破と聞いて現場に来たが、遺体の状況が悪く、正直本当に腐敗の<魔女の使者>に勝ったのかよく分からなかった。あの悪魔に人間が勝てるものなのか…?
「…こっち、髪が随分長いな…。もしかすると昇降の<魔女の使者>かもしれん。近年の報告では長い髪が特徴だとあったしな。」
「確かに腐敗と昇降の<魔女の使者>の結託は昔から言われていますしね。となると…もう1人は?」
ちらとそちらを見やる。隣の死体と同様に損傷が激しく、大まかな背格好や所々の肌などしか分からないが、生前は筋肉質な細身であったことは薄っすら分かった。対応した狩り隊員の話を聞くに、SLAY反応武器が発火し、それを<魔女の使者>に投げつけたところ駆除が出来たらしい。
「誰かは分からない。<魔女の使者>に毒された一般人か、はたまた有名でない<魔女の使者>か…。死体をシートに包め。支部にも昇降の<魔女の使者>とは面識のある奴が居たはずだ。本人か確かめさせよう。」
「了解です。」
<魔女の使者>を撃破したことで誇らしいのか、対応した3人は皆ボロボロの服や怪我に反して明るい顔を見せた。今回の計画には人数が要るため、ロップ国支部以外から数十人連れて来た。私は彼等の顔に覚えがないため、この3人もそのメンバーだろう。ロップ国や本部以外の狩り隊など公務員就職した気分のへっぽこだと思っていたが_実際SLAY反応武器が爆発すると知っただけで大多数が手の平を返した_案外気合のある者も居るようだ。
3人は直ぐ様シートで包み運搬の準備に取り掛かる。と、一緒にロップ国支部から来ていた部下が不安気に、
「別に駆除し終わったんですから、それが誰だろうといいじゃありませんか。早く戻りましょうよ。」
「いや、誰が今この町に残っているか知るのは、重要だ。例えば腐敗の<魔女の使者>が居なくなったとなれば、防腐加工の装備は要らないし、昇降の<魔女の使者>が居なくなれば、空からの攻撃を心配しなくていい。戦う相手で戦法はがらりと変わる。いや、変えなくては勝てない、と言った方が分かりやすいか?」
「…なるほど、浅慮で失礼しました。しかし、…何かどうにも引っ掛かるというか…。」
「引っ掛かる…?」
「準備終了しました。」
3人の内1人が声を投げ掛けた。私は手を挙げて応じる。
「早く戻るよ。」
隣の部下に声を掛けて踵を返す。トランクに遺体を詰めさせてから、5人で車に乗り込んだ。
◯
「と、いう訳でして。昇降の<魔女の使者>の顔が分かる方はいらっしゃいますか?」
ロップ国支部大広間。悪夢と呼ぶ他ない悪鬼たる腐敗の<魔女の使者>が駆除されたかもしれないと聞きつけ、続々と隊員が集まっていた。私はそれを幸いと辺りを見回す。
「俺は見たことがある。どれ、見せてみろ。」
早速ブルーシートを開けて見せる。彼は暫く眺めていたが、やがて息を吐いた。
「こんなに損傷が激しいと判断出来ないが…違うんしゃないか?もっと小柄のような…。」
「昇降の<魔女の使者>は上空での戦闘が主ですから、遠くに居たから小柄に見えただけでは?」
「うむ…。」
彼は腕を組んで唸った。私も同じようなポーズで首をひねる。
「ガセか?」
「1番目に腐敗の<魔女の使者>が狩れるなんて、おかしいと思ったんだ。」
ざわざわと周りから声。私は顔を顰めた。それから狩ったはずの2人を振り返る。
「お前達は昇降の魔術を見たか?」
「自分は見てないですけど…。」
「同じく。」
もう1人にも訊きたいが、さっきトイレに行くため席を外したのでここには居なかった。
しかし違うのか?長髪なら昇降の<魔女の使者>しか居ないと思ったんだが…。
「となると、昇降の奴はまだ生きてるだろうな。あれはしぶといぞ。」
「昇降の<魔女の使者>なら腐敗の<魔女の使者>の近くに居ると思ったんですが…。おい、腐敗の魔術は見たんだな?」
「はい。自分達には幸い当たらなかったのですが、建物が腐りまして。先程ご覧になったと思いますが。」
確かに何箇所かどろどろしていた。腐敗の<魔女の使者>との対戦後の現場はいつもああだ。となると、
「腐敗の<魔女の使者>は本物の可能性が高いですね。これは何としても誰かに本物か確認してもらいたいところですが…。」
「馬鹿言うな。あれと会敵して生きてる奴なんて……いや!居た!」
はっと叫ぶ彼。私はきょとんとしてから、やっと彼等のことを思い出した。
「カジェンヌと複製の奴は、ファオマ帝国に近い町で、解体と昇降、そして腐敗の<魔女の使者>と戦っている…!」
「それです!…いえ、カジェンヌは治癒の<魔女の使者>の狩りの途中で音信が途絶えています。」
「となると…癪だが複製の<魔女の使者>に訊くしかないな…。おい、誰か奴を連れて来い!」
「3…。もしやカジェンヌ達がかつて戦った相手とまるっきり同じ可能性はありませんか?」
「確かに連携しずらくなるのに簡単にメンバーを変えるとは思いにくい。だがやっぱりこの死体は昇降では…。」
うんうん唸るが埒が明かない。結局全ては複製の<魔女の使者>に委ねてしまう形だ。まあ背に腹は代えられまい。
「オダマギ、只今参りました。」
やがて複製の<魔女の使者>が連れて来られた。
「来い。これを見ろ。」
彼は無感情にブルーシートの上の死骸を見下ろす。前からロボットのように感情の起伏の乏しい男だったが、最近は暗く険しい顔のままピクリとも変化しない。鬱屈とした殺気と陰ばかり強くなっていて、不気味だった。
「…何をしろと?」
「これらに見覚えはないか?腐敗の<魔女の使者>の死骸は、この中にあるか?」
複製の<魔女の使者>は気怠げに顔を上げ、しかしそれとは対照的に明瞭な答え方をした。
「彼等は、<使者>ではありません。」
その場に居た全員が体から力を抜いた。クソ、やはり腐敗の<魔女の使者>討伐は難しいよな。
「そうか。まあいい。<魔女の使者>の協力者ではあるだろうし_」
「違いますよ。」
複製の<魔女の使者>は低い声で遮った。視線は死体に戻っている。
「どういう意味だ。今この町に居るなら狩り隊の、引いては人類の敵だろう。」
「人類の敵かどうかは知りませんが、狩り隊の敵では決してありませんよ。
君達も存外酷いことするね。僕の言えた義理じゃないけれど。」
「おい、誰に話しかけている?それに狩り隊の敵じゃないって、そんな訳ないだろ。」
彼は漸く死体から目を離し、私の目を見た。
「彼等は、狩り隊です。」
「は?」
大広間の空気が、固まる。
その沈黙を破ったのは、軽やかな声だった。
「え、おっそー。」




