【テレパシー】レーリッシュ
電話がかかってきた。
銃弾を詰めていた俺は彼女が手に取ったスマホに目線だけやる。
「なんだ。」
ラオメの声が漏れ聞こえた。
『ちょっとさ〜こっちが、』
銃声が声を遮る。俺は反射的に銃を構えたが、音は向こうで_ラオメの方で鳴っているようだった。
「おい、死んだか?」
「そこは生きてるかって訊けよ。」
『ホントだよ〜。…話戻すけど。…こっちの状況、ちょっと芳しくない。』
平生は意図的に高めの声で喋っているラオメだけに、その緊張と霧雨のような恐怖を含んだ低い声は、どうにも非常事態を意識せざるを得なかった。
「…怪我なら電話越しでも"直せる"が。」
『うーん…。…プランEに移りたいと思う。』
「はあ?!プランEって、それは非常用だろ。」
『羅謝の許可はとってる。ゆいはそっちに預けたいんだけど、出来る?これから羅謝と合流、その後プランE実行の流れで行く。』
「ラオメ。何度言えば分かる、もっと安全な策を」
『何度言ったら分かるの?』
女神と仰ぐ女の声を遮ったその声色。人形のガラス玉の瞳のような、青い両目が見える。てらりと光を反射し、澄んだ色を披露しながら、その奥が見えない。底無しの深淵めいた…。
『<魔女の使者>に、"安全"なんてもん、ねぇんだよ。…ゆいをよろしく。』
ツーツーツー、と、間抜けな音は何時までも続いた。
「セア。」
爺さんがよく使った愛称に、彼女はちらと顔を上げる。
俺は彼女の名前を知らない。爺さんが呼んでいた愛称を偶に真似してみるくらいだ。彼女の仲間達なんて、愛称も使わない。先生だの女医だのと呼ぶ。爺さんが亡くなった今、彼女の本名を知る者は、居ない。
セアは自身の名前を隠している。
複製の<魔女の使者>を恐れているから。
「セア。」
仲間達が寝返るのが、寝返ったと知ったとき自分がどれほど悲しむかが、怖いから。
「大丈夫だ。奴等の生き汚さに賭けよう。」
彼女は黒い髪を掻きむしった。
「私は_」
てーてててんってーてててんっ。さっきも聞いた陽気な音。セアの電話の着信音だった。
「…なんだ。」
『おつでーす。さっきラオメ、あんたに電話してましたよね。』
今度の電話は俺の知らない奴から_いやこの声、義堂結か?こんな喋り方だったか…?
「別プランに移行だとよ。お前は早くこっち来い。」
『ムリムリー!お断りっす!』
明るく、それこそ笑顔を浮かべているのではと思うくらいに呑気に、彼は断言した。
『今上からラオメ追ってるとこなんでー。撒こうとしてるみたいだけど、光羅謝と合流すんのが先になりそうなんで、おれも2人と行きます。』
「おいっふざけるな!プランEにはお前は同行しない約束だろ。あいつ等もお前を行かせる気はないぞ。」
『やっぱプランEかー。了解でーす。』
切りますよーと一応律儀に断ってから彼は通話を終わらせた。後には真っ白な顔をしたセアだけが残される。
「…おい。」
「だから、私はあれだけ、」
「落ち着け、セア。」
「落ち着いてられるかっ!」
バン!と机が叩かれる。資料がジャンプした。
「どうする、どうすればいい!私は、どうすれば…!」
そう言えば、猫が1匹も居ない。彼女が全員別の場所に連れて行ったのかもしれない。もしくは飼い主を見つけておいたか。
今回この部屋が戦場になることを、彼女は予想していたから。
治癒の<使者>は愛と憎悪を知る者、らしい。
その身で、その境遇で、愛を知るとは、貴重で大切で残酷だ。
「レリ、私はどうすればいい?みんなが死ななくていいように、どうすれば。」
「…貸せ。」
彼女の摑んだままだったスマホを取ると、俺は「ありんこ」という妙ちきりんなグループ名を見つけて押した。
「おい、全員聞こえるか。」
『レーリッシュ?どうしたの?緊急事態?』
『移動中なんで切っていいすか?』
『あ、れれ。SLAY反応武器を見つけたら片っ端から火ぃつけてくれない?めっちゃ爆発するから気をつけてね〜。』
「おい、お前達待ても出来ないのか?それとも会話のキャッチボールが苦手なのか?」
やっぱり全員一気に話すと喧しいこの上ない。
『で?なんの用?今立て込んで_ね、だからゆい!!あんたは女医んとこ行けって!』
『聞こえないでーす。ええ?こっち来い?あっ了解でーす。』
『違う!お前ホントに黙れ!』
『この通り立て込んでてさァ。何かあった?』
『とても立て込んでそうですね。大丈夫ですか?』
『てかァ爆発する話初めて聞いたんだけど。』
「あ、伝え忘れてた。」
隣でセアが呟く。珍しくミス。やはり焦っているのだろう。
『ねえ羅謝もなんとか言ってよ!!』
『大丈夫大丈夫。到着手前で拘束しよう。』
『うわ最低!』
『やべ、通話中だったァ…。』
喧しいな…。
『…ねえ八重は?八重の声がしないけど。』
『居るよ。ちょっと仮眠してたんだって。みんなうるさ過ぎて起きたし…。』
明らかに寝起きの声で不平を垂れる八重。この状況で仮眠。セアに分けてやりたい肝っ玉である。
「いいか、お前達。よく聞け。」
『え?なんですか?ああ、ジャム?直せますよ。んー。銃弾わけてくれるなら直しますよ。』
「…蓮。今ジャム直してもらってる場合じゃねぇだろ。」
『りーくんに頼んでるのオレじゃないよ。サルデームさんだよ。サルデームさん、ちょっと待ってほしいそうです。…え、予備もジャムったんですか?銃向いてないんじゃないですか?』
「蓮ー。」
『サルデームって誰?ジャムりにくい銃売り込みたいんだけど金払い良さげな人?』
『やめておいたほういいですよ。さっき無職になった方ですから。え?傷つく?はは、足潰しますよ。』
『ちょっとリモンド…。コッツティでそんなこと言っちゃ駄目でしょ。地獄連れてきますよ的な意味だよそれ。』
『ラオメ!んなこと言ってる場合じゃねェ!ゆいが降りてこようとしてる!』
『わあ!待った待った待った、話せば分かる!』
俺は溜め息を吐いて仕切り直す。一瞬盗み見たセアの表情は、心持ち柔らかくなっていた。無事を確認できたからか、単にこの連中のいつも通りの呑気な雰囲気が好きなのか。
「お前達の女医殿はうちの店に連れて行く。だから怪我やもしものときはうちに来い。迎撃なら俺も出来るし、うちには<使者>の楽園もあるしな。」
「はあ?おいレーリッシュ。お前をそこまで巻き込む気はない。」
「セア。お前もだぞ。」
意味が分からなかったのだろう、彼女は眉を歪めて微かに首を傾げた。薄浅葱色の左目は春の空のようだった。
「全員よく頭に叩き込め。いちばん大事なことは、生きて帰って来ることだ。」
スマホとセアの頭を摑んで、俺は続けた。
「もし死んだ馬鹿が居れば、おやっさんに呪ってもらうからな。あの人ならきっとそのくらい、お茶の子さいさいだろうよ。」
小さく笑う声が聞こえた。誰のものかはよく分からなかった。が、手の下でセアがちょっと揺れているのも事実だった。黒髪が柔らかに手の平を撫でた。




