【拝啓、清きあなたへ】蓮
飛鳥さんはマイクを摑んだ。アルシナさんがスイッチを入れ直し、横から前置きを入れる。
「我々革命軍を助けてくれた中の1人から、言葉を貰おうと思う。どうぞ。」
飛鳥さんの背中が上下する。緊張はあるが、強張りはない。
「…こんにちは。…王様のこと、ご冥福お祈りします。皆さんも、大変な思い、怖い思いをいっぱいしたと思います。」
ドアの窓を見やる。狩り隊の皆も静かにしていた。
オレは溜め息を押し殺す。
これからどうなるだろう。ここにいる狩り隊がオレ達に協力してくれているのは、打算だ。SLAYの話からこれ以上狩り隊の中にに居るのが怖くなって、でも下手に抜けたら前あった退職者狩りに遭いそうで怖い。だったらいっそ、この<魔女の使者>達が狩り隊を潰してくれた方が、都合が良い。だから協力してくれてる、だけ。
狩り隊が態度を変えたら?狩り隊の方が優位そうになったら?オレ達の行動の何かが気に触れたら?そのときはすぐに壊れるだろう。
氷の上の和解。
暴きたい。
暴いてしまいたい。氷の下の恐怖と嫌悪と計算と銃口を引き摺り出して_
「あたしは、<魔女の使者>です。」
綺麗な声が放送室の空気を打った。
やっぱり、この人に頼んで良かった。オレなんかより余程、真っ直ぐで綺麗だ。そして温かい。オレは暴くだけで温められない。
「あなたがあたしを受け入れてくれるか、分かりません。嫌かもしれない、恨んでいるかもしれない。それは当然だと思います。」
透明な声はくっきりとした輪郭を持ち、揺るぐものかという覚悟をまとっていた。
コッツティ王国の民は、清き太陽の子と自称するけれど、
「そんなあたしが、こんなことを言う資格は無いかもしれない。でも、だけど、どうか受け取ってください。」
誰よりもこの人こそが、清き太陽の子だ。
「あなたの幸せを、心から、祈ってます…!」
ありったけの愛を込めて、この願いを捧げます、と。力強いのにやわい声で。
サルデームさんが息を吸った音。見れば、その頬には涙が伝っていた。この人も清き太陽を胸に潜めていたのだろう。太陽は太陽に敏感で、太陽が好きで、太陽を直視出来る。オレは出来ない。見れない。だから目を閉じる。
「皆さん!」
放送室のドアが勢い良く開く。まぶたを上げる。マイクのスイッチが切れているか心配したのはオレだけだった。
「…何か、聞こえる。歌…?」
「来てください!…あなたは、えっと、」
「…あたし…?あ、飛鳥…。」
「飛鳥さん!早く!」
狩り隊だった筈の若者は、彼女の手を引いて放送室を出た。淡い桃色の髪が靡く。りーくんがオレに手を差し出す。オレは今、そんな酷い顔してるのかな。
「コッツティの国歌です。ここらの人達みんな、コッツティの国歌を歌っているんです。」
「国歌…?」
放送室を出ると微かに聞こえていた歌声は、はっきりしたものになった。聞き覚えのある歌だ。
コッツティ王国の国歌は、愛と感謝の歌だという。
飛鳥さんの言葉への返事だった。
「受け取って、くれた…?」
「初めて聞きました、こんな大勢が歌うところなんて。」
サルデームさんが飛鳥さんへ歩み寄る。彼の瞳はまだ濡れていた。頬を上気させて、彼女は振り返った。茜色の瞳は、太陽と月に愛された夕焼けのようだった。
「あたしも…。」
「…狩り隊である私では、絶対に聞けなかったものだ…。」
彼は飛鳥さんをじっと見詰めた。彼女はまだ窓の外を見入っていた。
「貴女になら、この足を潰されようと、構わない。」
「えっ?」
きょとんと飛鳥さんが振り返る。だが、りーくんとオレの驚愕はそんなものでは無かった。
「あ、あんた…!…随分思い切ったこと言うな…。」
「と言うかコッツティの人だったんですね…。てっきり本部から連れてこられたんだと…。」
「出身はコッツティですが、ここに戻る前に働いていたのは本部ですよ。…誰も分からないと思ったから言ったのになあ…。」
意味が分からないらしい飛鳥さんがきょろきょろと周りを見回す。オレ達の他に状況を把握している者はいない。他の土地から連れてこられた人が多いのだろう。
「コッツティの人の"足を潰す"っていうのは、」
「やめてくれ!頼む。」
悲鳴が上がってりーくんは口を閉じた。オレは笑って、取り敢えずいい意味だから心配しないようにと、飛鳥さんに伝えた。彼女はよく分からないだろうに、サルデームさんへ柔らかく微笑んだ。
コッツティの人にとって、"足を潰す"という言葉は、主に死体の足を切る行為を意味し、これは昔この国で行われていた、死者を天国へ行かせないための呪術的措置である。そのため死後に足を切られることを、この国の人々はとても恐怖し忌避する。昔は死体の足を切らせないために生きているうちに足を切ってしまう人も居たくらいだそう。そうすれば天使が天国まで送ってくれる。
転じて、コッツティの人々が"あなたになら足を潰されても構わない"とは、天国に行けないとしても構わないくらいに感謝し愛している、という意味を持つ。
今この瞬間、狩り隊だった男が、操作の<魔女の使者>に、その言葉を贈った。
愛を詰めた祈りのお返しに。
なんて綺麗なんだろう。綺麗で、とても綺麗で。
逆光でオレの醜さが浮かび上がってくる。
オレも飛鳥さんみたいだったら、両親はもっとオレに関心を持ってくれただろうに。兄はオレを叩かなかったろうに。妹は両親に何を言われようとオレを憎まなかったろうに。
ああ、オレがオレみたいじゃなかったら。
「ああ、良かった…。」
飛鳥さんは大きく息を吸い込むと、ぱっとこちらを見た。
「終わり良ければ全て良し、ね!あたし達の計画も無事成功だわ。」
「計画以上ですよ。帰ったら皆の鼻を明かしてやるとしましょう。」
太陽の輝きを宿した茜の瞳の笑顔。
笑みを含んだ柔らかな低めの声。
苦しんで苦しめて苦しめられて、自分を否定して、でも変われず、落下のエネルギーを無理矢理燃やして爆発するような、そんな半生だった。
その結果得られたのがこの景色なら。この仲間なら。
オレがオレみたいじゃなかったら、オレはここに居なかった。彼等と出会えなかっただろう。だったら、これはこれで一種の正解かもしれない、なんて思っちゃ都合が良すぎる?
「うん、そうだね。」
問題は山積みだ。オレ達にもこの国にも。次の王はどうするの?国民は狩り隊の暴挙をほんとに許せる?アルシナさん達がこの国に手綱をかけようとしない?狩り隊の裏切りの可能性は?頬睦利町は無事?計画は上手くいく?計画の後<使者>はどんな扱いを受けるだろう?事が済んだらオレは<使者>である彼等から排斥されちゃわない?
オレはオレのまま、飛鳥さんやりーくんみたくはなれない。この国が"新しき良き国"になったとき何かを隠すようなら、オレは何が何でもそれを暴きに戻るだろう。それが国民の望まないことでも。それがオレだ。
それが、オレをここまで連れて来たのだ。
窓辺に近付く。明るい希望に満ちた歌が、まだ聞こえてきていた。
「ああ。」
今更気が付いた。今日の太陽の国は、青色が眩しいくらいの見事な快晴だった。




