【これからを見ること】飛鳥
「清き太陽の子、コッツティ王国民に。」
窓からVサインを見せる青年。狩り隊の1人が外に音が届くか確認してくれているのだ。正直、あたしに向かってそんな気楽な態度を見せていることが、不思議で驚きで気を抜くと泣きそうなくらいだった。
静かに放送室へ戻り、アルシナさんへオーケーサインをする。彼はマイクへ話しながら一瞥した。あたしが外にいる間にも話は進んでいた。
「そうして我々は助けられた。同時に、狩り隊も助けられていたのだ。彼等によって。ここにいる狩り隊の者達は皆、恐ろしい武器の守り人にされていたのだ。そうとも知らずに。これは尊い命と権利への侮辱だ!到底許されない!敵を見誤るな。我々を苦しめたのは、愛しい王を殺したのは、狩り隊の上層部である。ならば我等は一丸となって、この難局に立ち向かうべきではないか!」
蓮が描いた絵は、狩り隊上層部を敵として、コッツティ王国民と<魔女の使者>と狩り隊支部の面々に仲間意識を植え付けるという、大胆なものだった。SLAYの危険と狩り隊上層部の恐ろしさを伝えることで。
アルシナさんの言葉は、さっき見た蓮のメモとはちょっと違っている気がする。大筋が一緒だとしても。ちらと隣の蓮とサルデームさんを覗う。サルデームさんもまた蓮に目をやっていた。彼もこれでいいのか不安だったのだろう。
蓮は壁に背を預けて目を閉じていた。この国の、ここの人々の、運命と愛を信じているのかもしれない。ならばと、あたしも目を閉じてアルシナさんの声を聞いた。
「立ち上がろう!悲しみを胸に、希望を見据えて、正義の下に、この国を新しき良き国にし、亡き王への鎮魂歌としよう!清き太陽の子よ、今日からまた、始めよう。」
じ、とマイクを切る音。あたしは放送室の小さな窓からそっと外を覗いた。窓のところに狩り隊の人達がいっぱい集まっている。彼等はあたしの視線に気付いて振り返り、それぞれ何かを伝えようとしてくれる。
「ねえ、ドア開けていいかしら?」
「待て、嬢ちゃん。蓮、お前喋るか。一言二言なら別に、声で誰か分かるほどの音質じゃねぇよ。」
蓮は瞼を上げた。
「…飛鳥さん。もし良ければ貴女がやらない?」
「あたしっ?」
驚きで声の裏返ったあたしへ、蓮は普段より輝きの鈍いマリーゴールドの双眸を向けた。
「…分かった。…何を言ってもいいのね?」
「貴女の心を話してほしいんだ。」
あたしの心。
それは一体、どんなものだろう。
●би мангас байсан ч гэсэн●
父が絵本を読んでくれる。彼の腕の中の妹が、あーと言って手を伸ばしたから、手を繋いであげる。母が帰ってきて、3人で出迎える。母は絵本を指さして、"ぱぱのえほん"と言った。彼女は時々、絵本を指さしてそう言う。あたしは分からないけれど知ったかぶって、うんうんと言って頷く。八重も、んーんーと真似した。
それが、3歳のあたしの世界だった。記憶が薄れて、パステルカラーになった、小さくも愛しい世界。
それは消えた。泡のようにぶくぶくと呻いて、消えた。
"いってくるね"ではなく、"もう限界なの"と言った母。日がな一日泣いた父。八重とあたしは隣の家にお世話になった。八重があたし無しでも歩き回れるようになった頃、隣の家族は引っ越すことになって別れた。
本当に久しぶりに家に帰ってきたとき、煙たい部屋の中で父はまだ、泣いていた。
あたしは父を愛した。母を愛した。妹を愛した。ずっと一緒に居たかった。あたしの最大限の力を使い切ってでも幸せにしたかった。
でも、母も父もあたしを見てくれなくなった。声を聞いてくれなくなった。そうしたらもう、どうしようもなかった。最大限の力でも届かない。
だけど、愛している。
父は狂ったように煙草を浴び、競馬で破産した。木炭自殺への未練が垣間見え、あたしは煙草が怖かった。やめてと言っても聞こえていないらしかった。でも愛していた。支えてあげなきゃと思った。母の分まで、愛をあげようと思った。
八重は母が居た頃の父を知らない。当然、彼女は父をこの上なく憎悪した。父の方でも、快活な母に似た威勢の良い八重が、嫌で堪らないらしかった。2人は事あるごとに殴り合って喧嘩した。仲良くしてほしくて苦しかったし、喧嘩の形でも向かい合ってる彼等が羨ましかった。
昔読んだ絵本で、少年は怪物と相撲で戦った話がある。あたしはそれが好きだった。敵でも怪物でも、ちゃんと目を見て話して聞いて手を伸ばしてるのが_その後に戦いがあるのだとしても_羨ましかった。
「絵本を、描きたいなあ…。」
あたしは、はっとして振り返った。
「お父さん…?また絵本、描くの?」
彼はギギと音の鳴りそうな動きでこちらを見た。瞳に微かな光があった。
「あたし見たい!読みたいわ、また、お父さんの絵本…!」
泣きそうだった。久しぶりに、本当に久しぶりに、父が、あたしのよく知る父が、そこに居るのだと思えた。
「飛鳥…。」
だから、絶望した。
「俺とお前と2人で、家を出ないか。」
「え…?」
「八重は、あの女の生き写しだよ。嫌だ、嫌なんだ…。」
「何言ってるの!?あの子はまだ14歳で」
「それがなんだ!水商売をしている知り合いに訊いたら、別にそのくらいの子はざらにいるらしい。だったらあいつだって。売った金でこの国を出よう、飛鳥。」
「やめてよ、なんでそんなこと言うの!」
「…あの女を…あの女がそんな仕事してたら、さぞ気が晴れるだろうと思って…。」
下手に希望が見えた方、人は絶望するらしい。
「八重はお母さんじゃないでしょ!!お母さんが行っちゃって苦しいのは分かる。でも八重は関係ないじゃない!」
「復讐してやりたい!どうせあの女は無理なんだから、あれとおんなじ顔の、あいつに、あの女に…。」
「やめてよ!八重は、八重は」
お前も俺を見捨てるのか!と叫んで、彼はあたしを殴った。びっくりした。痛いよりもびっくりした。悲しかった。声は届いていない。殴り合うって、こんなんなんだなと分かった。分かってたら、八重と彼の殴り合いも、もっと身を張って止めたのに。
喧嘩ってあの絵本みたいなのじゃないんだなあ。
八重の悲鳴が聞こえてきた。その瞬間、父の双眸に憎悪と殺意が灯った。はっきりと…。こんなに嫌いだったんだ。目を見張った。今まであたし、気付かなかった。八重はどんなに苦しかったか…。
ああ、あたしはこの人と別れなきゃならないんだと、胸いっぱいに煙たい空気を入れて、彼を見上げた。煙が沁みて目が痛かった。
「…八重。支度しなさい。出るわよ。」
自分に言い聞かせるように、そう言った。
あれから狩り隊にも化け物扱いされて、知らない人からも怖がられて。みんなみんな、あたしが見えないようで怖かった。だけど、今は違うかも。だって作り話みたいな仲直りの結末が、今、あたしの目の前にある。
透明な空気を胸いっぱいに吸って、マイクを摑んだ。




