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92話 死

 世界を揺るがすような禍々しい『歌声』がうねりを上げ、マッドゴーレムたちの動きが完全に停止した。

 思った通り、ジョーカーの意識が途切れればこいつらは動きを止める。


 突然襲いかかってきた『音の凶器』に、ジョーカーは頭を押さえてその場にうずくまっていた。

 この好機を逃すわけにはいかない!


 俺は両手で耳を塞ぎながら、ジョーカーに向かって全速力で駆け出した。

 そして、ジョーカーのサンバイザーを強奪する。


「ぅあっ!?」


 苦しそうなうめき声の中に驚愕の音を含んで、ジョーカーが顔を上げる。


「残念だったな! これでもう、お前は能力を使えないぞ!」


 それは、俺の中では勝利宣言のつもりだった。

 だが……


「ダメだ! そいつがなければ、マッドゴーレムたちの制御が出来なくなっちまうっ!」

「…………え?」


 背筋が一瞬で凍りつき、すぐさま後ろを振り返る。


「へっ!? きゃああ!?」


 動きを止めていたマッドゴーレムとからくり兵士が、突如動き始め、そばにいたエルセに襲いかかった。


「エルセッ!」

「コーシさん!?」


 思わず駆け出すが、無数のマッドゴーレムが俺の前に立ち塞がる。


「邪魔だ! どけぇ!」


『イビル・クレバス』を発動するも、マッドゴーレムは動きを止めない。

 こいつらには痛覚がないのかもしれない。

 一切鈍ることのない動作で、マッドゴーレムが巨大な腕を振り下ろしてくる。


 なんとかそれを回避するのが精一杯だった。

 エルセの元まで……たどり着けないっ!


「エルセェー!」


 くそっ!

 どうして俺はもっと使える魔法を持っていないんだ!?

 こんな時に使える魔法がないんだ!?


 どんなに魔力があろうが、有効に使えなけりゃそんなもん、ただの無能じゃねぇか!


「エルセェ!」


 大切なヤツを守れない魔法になんの意味がある!?

 スマホの充電くらいしか出来なくて、ここ一番で役にも立てないんじゃ……俺になんの意味がある!?


「退けぇ、テメェらぁ! 邪魔だぁ!」


 強引に前進しようとして、からくり兵士の木刀をみぞおちにもらった。


「ごふっ!」


 骨が折れるような激痛の中、「真剣じゃなくてよかった」なんてどうでもいいことと、「さっきより遠ざかっちまった」という焦りが脳みそによぎる。


 傍目に見て、からくり兵士はマッドゴーレムよりも二回りほど小さい。

 腕の細さも全然違う。

 その、「小さい方」のからくり兵士の攻撃でこの強烈さなのだ……


 マッドゴーレムの一撃を喰らえば、普通の人間はひとたまりもないだろう。


 そして、今のエルセは……身を守る術を持たない、普通の女の子なのだ。


「……骨なんか、いくら折れても構わない…………っ! エルセのところへっ!」


 おのれを奮い立たせるために言葉にしてみるが、口からは言葉とは別に血液が零れ落ち、ギシギシ軋む体は起き上がるだけで精一杯だった。


 動けよ、俺の足!

 進めよ!


 エルセを助けに……


「コーシさんっ」


 やけに静かな声が、鼓膜を震わせた。

 俺たちの間にあるいろんなものを一切合切無視して、視線がエルセだけを捉える。


 エルセは、微笑んでいた。


「……巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」


 どうして、今、そんなことを言うんだ?

 そんなもん、みんな終わって、その後で「言い忘れてたけど、ごめんでした」みたいな、そんな軽いノリで言ってくれりゃ、それくらいの方がお前らしくて…………


「今まで、本当に、本当に……ありがとうございました」


 ゆっくりと頭を下げるエルセ。


 やめろよ……そんなこと……


「エル……」


 腕を伸ばし、声をかけようとした時――マッドゴーレムがその巨大な腕をエルセ目掛けて振り下ろしやがった。



「エルセェェエエッ!」



 これまでの人生で、一度も出したこともないような声が俺の喉から吐き出されていた。

 喉が張り裂けるのではないかというような轟音が俺の全身を震わせる。

 ぶるぶると震えているのは……目の前で起こった惨劇を見た脳の拒絶反応か?

 エルセが、いなくなることへの……恐怖か?


「『イビル・クレバス』ぅぅぅぅぁぁぁあああああっ!」


 ありったけの魔力を込めて魔法を放つ。

 目に映る者すべてを巻き込んで、片っ端から破壊してやろうという思いを叩きつける。


 魔力の濁流が俺の体から流れ出してマッドゴーレムたちをのみ込んでいく。

 二体、三体と、マッドゴーレムの首が吹き飛んでいく。

 まだだ……まだ…………



 お前らを、一体残らず塵に変えてやるっ!



 意識を、敵の『中心』へと向けると、爆発は頭だけにとどまらず胸付近までを巻き込むような大規模なものへと変化した。

 口内炎が爆発的に胸元まで広がったのだろう。


 莫大な魔力を消費するが、ヤツらを倒せるなら歓迎だ。

 魔力が足りなくなっても、HPをMPにすることだって出来るんだろう?


 俺の命、テメェらにくれてやるぜっ!


「コーしゃま! 落ち着くのじゃ!」


 落ち着いてるさ。

 俺は今、こんなにも冷静に…………こいつらの絶滅を願っている。


「そんな魔力の使い方をしては死んでしまうのじゃ!」


 構うもんか……


 魔力の出力を上げる。

 からくり兵士が弾け飛んで、木製のパーツが部屋中に散らばる。


「…………うっ」


 いまだ、HPの変換は出来ないのか、魔力が著しく減ると眩暈と共に激しい頭痛が襲いかかってくる。

 まだ行ける……はず、なのに…………っ。


 堪らず片膝をつく。


 それを好機と見たか、部屋中にいたマッドゴーレムとからくり兵士が一斉に襲いかかってきやがった。

 数体をニコの魔法がぶっ飛ばし、数体をグレイスが撃破してくれたが……


 俺の目の前に巨大なマッドゴーレムが立ちはだかった。

 不気味に光る両目で俺を見下ろし、巨大な腕を振り上げる。


 アレを喰らえば、……死ぬ。確実に。

 奇跡など、起こりえない。


 エルセと、同じように…………


「エルセ…………守ってやれなくて、ごめんな」


 これが最後だと思うと、自然とそんな言葉が口を突いて出ていた。


 マッドゴーレムの巨大な腕が振り下ろされる。

 それはきっと、ほんの一瞬の出来事だったのだろうが……俺にはやたらとゆっくりな、スローモーションのように見えていた。

 走馬燈なんかは浮かんでこないが、その代わりに……エルセの幻を見た。

 さっきまでエルセが立っていた、部屋の隅に今もエルセが立っていて、らぐなろフォンを握って俺の名を呼んでいる。

『コーシさん。わたし、無事ですよ! なんでか、全然マッドゴーレムの攻撃が利かなかったんです!』

 ――なんて、そんなバカげたことを言って。

 あのな、エルセ。いくらお前がアホの娘でも、物理的な攻撃をもろに喰らって『なんでか知らないけど無事でした』なんて、そんなわけ……


「コーシさん! 頭低くしてくださいねっ!」


 そんな、エルセの声が聞こえて……次の瞬間には目の前が激しくスパークした。


「……えっ?」


 目に映ったのは、太いイナズマがマッドゴーレムの巨大な腕を吹き飛ばす光景。

 そして、らぐなろフォンを片手に、「やりました! 命中です!」と、大はしゃぎするエルセの姿。


 …………え?

 マジで、生きてるの?


「あぁっ!?」


 はしゃいでいたエルセがらぐなろフォンを見て奇声を上げる。


「大変です、コーシさん! バッテリーが死にました!?」

「いや、死んだのお前だろ!?」

「生きてますよ!?」

「なんで生きてんだよ!?」

「なんか酷いですよ、コーシさん!?」


 そう言って頬をぷっくり膨らませるエルセは、どういうわけか、全身がピカピカと輝いていた。







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