93話 大切な
「エルセ……おまぇ……どうして、生きて…………ごふぅ!」
「コーシさん!?」
ダメだ。
俺の方の限界が来た。
からくり兵士にやられたアバラも痛いし、喉ももう裂けちゃったんじゃないかと思うほどに痛い、っつうか、熱い。
「コーシさん! 大丈夫ですか!?」
エルセが、慌てた様子でこちらへ駆けてくる。
……が。
「バカ…………まわり……」
周りを見ろ!
マッドゴーレムにからくり兵士がうじゃうじゃいる中を突っ切ってくるなんて無理だ!
と、言いたかったのだが声が出ない。
なんとか視線で伝えようとエルセを見つめて……俺の目は限界まで見開かれることになった。
ガッス!
ゴッス!
バーシバシバシッ!
総攻撃だった。
マッドゴーレムたちの中を突っ切ってくるエルセに対し、マッドゴーレムもからくり兵士も、一切の遠慮をせずにガッスガス攻撃を繰り出し、そしてヒットさせた。
だというのに、エルセはまるでそのことに気付いてすらいないかのように、平然とこちらに向かって駆けてくるのだ。
「コーシさん! 大丈夫ですか!?」
いや、お前がな!
「もう……無茶しちゃダメですよ」
いや、だから、お前がな!?
なんということか……エルセは、マッドゴーレムたちの苛烈な攻撃をすべてその体で受け止め、無傷で俺のもとへとたどり着いてみせた。
…………お前、どこの戦闘民族?
「…………でも、嬉しかったです」
少し泣きそうな、照れくさそうな、そんな微妙な表情で、エルセが俺の体に触れる。
肩に腕を回し、そっと抱き上げる。
エルセの胸に、太ももに……俺の体は優しく包み込まれる。
……その間も、マッドゴーレムとからくり兵士がガッスガスエルセを攻撃しているのだが……エルセはまるで気付いていない。
えぇ……何この状況。
どこをメインにドキドキすればいいの?
「コーシさん……わたし、ちゃんと無事ですから」
その声は、ほんの少し震えていて……
「勝手に諦めて、お礼とか言っちゃって…………ごめんなさい」
ぽとりと、俺の頬にエルセの涙が落ちてくる。
「もう、勝手に諦めたりしません。ちゃんと、コーシさんと一緒にいますからね」
いろいろとあり得ない状況が渦巻いているのだが……
目の前で涙を流している女の子がいるなら、その涙を拭いてやるのが俺の使命だ。
エルセの頬を濡らす涙を指で掬い取る。
「……ぁぁ。そばにいろ……」
声が掠れて、ちゃんと言葉には出来なかった。
まぁ、いいさ。聞こえなかったのなら、それはそれで…………
俺の指が頬を撫でたことに驚いて、目を丸くしていたエルセ。
しかし、すぐにその目は弧を描き、くすぐったそうに笑った。
そして……そっと…………さり気なくを装ったつもりで……俺のデコにらぐなろフォンを載せやがった。
ふん!
「あぁっ!? 乱暴に扱わないでくださいよっ!? 壊れたらどうするんですか!?」
なら、さり気なく充魔しようとしてんじゃねぇよ!
一言断りを入れろ!
そして、こういういい雰囲気のシーンでは控えろ!
「こいつでラストだっ!」
ぞごんっ……というような鋭くも重々しい音がしたかと思うと、急に視界が開けた。
「コーしゃま、大丈夫なのじゃ!?」
「どうやら、生きているようね」
ニコ……スティナ……
それにグレイス……さっきのは、グレイスがマッドゴーレムを倒してくれたのか。
無理して体を起こすと、室内にいたマッドゴーレムとからくり兵士は一体残らず破壊されていた。
サンバイザーを奪われたジョーカーは、それ以上のマッドゴーレムとからくり兵士を召喚出来なかったようだ。
これで、全部片付いたな。
「コーシ。回復をしてあげるわ」
スティナが俺のそばに来て膝をつく。
そして、真顔で……
「さぁ、私をきゅんとさせるセリフを言いなさい」
……なんだその無茶ぶり。
声が出ねぇんだよ。
しょうがないので、スティナを後ろ向かせて、背中に「おねがいします」と書いてみた。
「――っ!? こ、これは、エッカルト様が風邪を引いた時にある特定の選択肢を選ぶと発生する幻の『甘えん坊エッカルト様イベント』と同じ行動!? コーシ、あなた、あのシーンを知っているの!?」
知らねぇよ。
未プレイなんだ、その乙女ゲー!
「きゅん力としてはイマイチだったけれど、思わぬ驚きがあったので良しとしましょう……まさか、あのシーンと同じことが経験出来るなんて…………むふっ!」
なんか、メッチャ喜んでるように見えるんだけど!?
「軽めの……『すずしろ』っ!」
断言しよう。
HP、MP、完全回復した。
普段の回復魔法より格段に効いてんじゃねぇかよ!?
どんだけ嬉しかったんだよ、ゲームの追体験!?
こいつ、聖地巡礼とか連れていくと大はしゃぎするタイプだな!?
「あぁ……助かったよ。ジョーカーは?」
「取り押さえた。今は大人しくしている」
見ると、ジョーカーはグレイスの足元で床に座り、魂が抜けたように呆然としていた。
心なしか、ジッと見つめられている気がする…………いや、心なしなんてもんじゃないな。ガン見されてる…………なんで視線外さないの? なんで瞬きしないの!?
なんか怖いんですけど!?
「けれど、エルセが無事だったのはどういうことなのかしら? まだグレイスのコスプレが有効なのかしら?」
「そんなことはないです。一緒に力も抜けちゃいましたし」
その『も』は、風のブラジャーの空気にかかってるのかな?
「それなら、ワシに心当たりがあるのじゃ」
エルセ、謎の不死身化に関して、ニコが何かを知っているらしい。
「エルセの体を見てみるのじゃ」
「……ぺったんこね」
「……泣けてくるな」
「うるさいですよ、スティナさん、グレイスさん!?」
どこを見てんだよ……
「ほぅれ。微かに光っておるじゃろう?」
エルセの全身を、微かな光が覆っている。
この光は、攻撃された時に一層輝きを増していた。
一体何なんだ?
「この光はの、『サンクチュアリ・ベール』じゃよ」
「『サンクチュアリ・ベール』!?」
それは、俺がつい最近覚えた魔法だ。
新刊を汚さないための、くだらない魔法のはずだが……
「この魔法はの、『持ち主の大切にしているものを、どんなものからも守り抜く』魔法なのじゃ」
「新刊だけではないというの?」
「うむ。開発者は新刊のために生み出したようじゃがの」
ニコの笑みが俺に向けられる。
「コーしゃまの規格外の魔力によって、その範囲が人間にまで拡大されたのじゃろう」
俺の魔力によって、効果が拡大した……?
確かに、『イビル・クレバス』も、口内炎にとどまらず爆発魔法くらいにまでは進化しているし…………
「ここに来る前に、ギルド長室でそのTシャツに『サンクチュアリ・ベール』をかけるよう言ったじゃろ? その時、エルセにまで魔法の範囲が及んでいたのじゃ」
あぁ、そう言われてみれば、範囲指定がよく分かんなくて全体的にかけたっけなぁ。
「と……いうことは…………」
ぽそりと、エルセが呟く。
体こそ起こしたものの、俺とエルセの体はいまだかなりの近距離にあって、だからこそ、その小さな呟きが俺の耳にはしっかりと届いた。
「……わたしは、…………コーシさんにとって、『大切な』…………にゃっ!?」
突然奇声を発し、エルセが立ち上がる。
驚いて顔を向けると、エルセとバッチリ視線がぶつかった。
「にゃっ!?」
再び奇声を発し、エルセがバックステップで部屋の隅まで逃げていく。
が、後ろ向きで急ぐから、そこら中に転がっているマッドゴーレムとからくり兵士の残骸につまずきまくって転びまくっていた。
……何やってんだよ。
…………つか、別に、『大切』とか…………そんなんじゃねぇっつの。
変に熱を帯びた顔を見られないように、俺は誰もいない方向へと顔を向け熱が収まるのをただひたすら待った。




