94話 ジョーカーの真意
「…………よかった」
不意に、ジョーカーの声が漏れる。
視線が合うと、慌てたように顔を逸らし唇を尖がらせた。
なんだその子供みたいな反応。
しかし、今ジョーカーが呟いた言葉……『よかった』?
「なぁ、ジョーカー。教えてくれないか?」
先ほどまでとは打って変わって、戦意の欠片も見えないジョーカーの前にしゃがみこむ。
もう、突然襲ってきたりはしないだろう。
「お前、なんでこんなことしてんだ?」
こちらを向いた瞳は、負けを悟りながらも、それでも譲れないものがあると言わんばかりの必死な瞳で……だからこそ、疑問に思えた。どうにもちぐはぐしている。
こんなことを言うとまるで俺が悟りきった達人ぶっているようで少々アレだが……
こいつの目は人を苦しめることを良しとするような、悪人の目には見えなかった。
むしろこいつは、頭に「超」が付くほどのお人好しにすら、俺には見えた。
だからこそ、ちぐはぐに感じたんだ。
こいつが、盗賊団のボスなんてポジションに収まっていることが。
「お前は、なんでこんなところにいるんだ?」
「なんでって……そんなもん、決まってんだろうが」
ジョーカーの目が鋭さを増す。俺を睨む。
「冒険者ギルドから、仲間を守るためだよ!」
冒険者ギルドが行う盗賊狩りの阻止……という雰囲気とは、どうも違う気がする。
なんというか……そうだな。こんな質問をしてみればはっきりするかもしれない。
「なぜ、お前の仲間は冒険者ギルドに狙われているんだ?」
「正義の味方だからだ!」
「…………………………どっちが?」
「オレらがだよ!」
グレイスを仰ぎ見ると、目を点にして眉根を寄せていた。
理解不能という表情だ。
「そなたらが正義の味方であり、冒険者ギルドが相反する敵対勢力だとするならば、まるでワタシたちが悪の組織であるようではないか」
「その通りだろうが! オレは知ってるんだぞ、テメェらの非道な振る舞いを! 略奪搾取は当たり前、時には盗賊まがいの強奪までしているそうじゃないか! それを、オレの仲間が阻止しているんだ! 力無き街の人々を守るために!」
再度、グレイスと顔を見合わせる。
思考回路がショート寸前という表情で、グレイスはこんな言葉を口にする。
「わけワカメ、意味とろろだな」
「えっ!? その言葉、こっちの世界にもあるの!?」
意味とろろは初耳だが。
ふざけたことを真面目な顔で言ったグレイスは、今度は険しい表情でジョーカーと向き合う。
「ワタシたちは街の者に危害など加えたりはしないぞ」
「嘘だ!」
「本当だ。街にて傍若無人の限りを尽くしているのは、そなたの仲間たちの方であろう」
「他人に責任をなすりつけるな!」
「うむ……話しても無駄か」
聞く耳を持たないジョーカーに、グレイスはさじを投げた。
「そなたの主張はあるのだろうが、盗賊団を率いていたことに変わりはない。情状酌量は望めないと心しろ」
「盗賊団? 率いる? なんのことだ?」
「とぼけるでない。貴様が盗賊団『闇の組織』のボス、ジョーカーであることは調べが付いているのだ」
「わけ若林、意味富田だぜ……」
「新しいバージョン出てきた!?」
とりあえず誰だよ、若林と富田!?
「コーシ。真面目な会話の最中にふざけないでくれるかしら?」
「えっ、お前ら『若林』とか聞こえてなかった!? 俺だけが悪いのか? なぁ!?」
そのクレームはなんとも理不尽だ。
しかし……
「おそらくだが……」
「騙されているんでしょうね」
俺の言いかけた言葉を、エルセが口にする。
エルセにも分かるほど、あからさまに騙されているということだ。
「サンバイザーを脱いだ顔を見て、ようやく思い出したんです。上家さんのこと」
「かみいえ? ……誰だ?」
「ですから、そこのジョーカーさんです」
かみいえ……上家……上=じょう、家=か……じょうか……ジョーカー…………
「えらいこじ付けだな!?」
なにがジョーカーだ、上家のくせに!
「『ジョーカー林』さんの線も考えていたんですが……」
「だから、その線はないから」
クラスに一人でもいたことあるか、ジョーカー林!?
いないから!
「そもそも、わたしが声をかけた方というのは、みなさん、それはもう絵に描いたようなお人好しさんばかりでして」
まぁ……よく考えてみれば、エルセに「異世界を救ってください」と言われてOKした連中ばかりなわけだから、それはもう絵に描いたようなお人好し揃いだったのだろうな。
……なんか、日本を支えるべき良心を持った人材が異世界へ流出してしまった感があるんだが…………大丈夫、だよ、な?
「中でも、上家さんは頭に『フィーバー』が付くくらいにお人好しな方で」
「なに付けてんだよ!? 妙なもん付けてやんなよ!」
『超』くらいだろう、頭に付くのは。
「なので、きっと悪い盗賊に騙されて、いろいろと協力をさせられていたんだと思います」
「ちょっと待ってくれよ、女神様! オレはお人好しなんかじゃないぜ!」
見た目は盗賊顔をしているジョーカーこと上家が、眉根を寄せてエルセを睨む。
「これでもオレは、『疾風のハウスキーパー』と地元では恐れられた人間なんだぜ!?」
「うわぁ……すぐ駆けつけて家の手伝いしてくれそう……」
どの方面の人が恐れていたんだろうな。
「現に、電車で席を譲ってやったババアも、パソコンの配線をしてやったジジイも、『あんたみたいなヤツは二人といない』と、恐怖におののいた顔で言ってたんだ!」
「めっちゃ人助けしてますね、上家さん!? 尊敬に値します!」
「ただ悲しいかな、お前は他人の表情を読む能力が著しく欠如しているようだ!」
強面のお人好し、上家ことジョーカー。
こいつはきっと被害者なのだ。それも、根っからの。
ただ、その被害に本人が気付いていないだけで……
「コーシ。どうするの?」
上家の素性が分かり始めたところで、スティナがそばへと寄ってくる。
「もし、彼が利用されていただけだというのなら、グレイスに掛け合って彼の容疑を晴らさないと……この世界での盗賊は例外なく重い罰を受けることになるわよ」
盗賊には重い罰……
それも、盗賊団のボスだということになっている上家は、立場的にかなり悪いのだろう。
こいつが利用されていただけだという証明、か……
「なぁ、グレイス。こいつが悪党でなかった場合って、どうなるんだ?」
「その場合は、その者を操っていたものを首謀者とみなし罰を科すことになるだろう」
俺の問いに答えた後、「ただし」と、グレイスは鋭い視線をこちらに寄越す。
「その者が悪党ではないという、なんらかの証明は示してもらわなければならんがな」
悪党ではないという証明……か。
ちらりと、エルセを見る。
こいつはきっと、上家が重い罰に科されることを望みはしないだろう。
むしろ、自分のせいだとこの先一生自責の念に苦しむことになるかもしれない。
……己を責めて陰鬱になったエルセ……か。
そんなもん、見たくもねぇな。
エルセは今のまま、少々アホの娘で騒がしいくらいがちょうどいい。……と、俺は思う。
だからまぁ、しょうがないよな、うん。
「分かった。やってやるぜ」
俺が、上家は悪党ではないという証明をしてみせるぜ。




