78話 アジトの見取り図
「ほゎぁ……凄い数のトラップですね」
アイザさんが持ってきた『闇の組織』アジトの見取り図を覗き込む俺たち。
その見取り図にはびっしりとトラップ情報が書き込まれていた。
エルセがため息を漏らすのも頷ける。
こんなもん、マップがなけりゃ走破は不可能だ。
「命にかかわるようなトラップもいくつかあるようじゃのぅ」
ニコが渋い表情で言う。
見取り図の中には『槍衾』や『毒ガス』なんてものまで書かれている。
「仲間にエルセみたいなのがいたら、即日自滅しそうね」
「はぅっ!? 酷いですよスティナさん!? わたし、そこまでどん臭くないですからね!?」
「昨日の夜カチヤの家で、『トイレ~』って言いながら厨房に入っていったじゃない」
「エルセ、お前どこでした!?」
「してないですよ!? ニコさんの家と勘違いしてただけです! わたしの部屋からトイレまでのルートを寝ぼけながら辿っていったら厨房だっただけです!」
うん。
こいつは確実にトラップに引っかかるな。
「それはそうとコーシ。レディにトイレの話をさせるなんて、鬼畜の所業よ?」
「ここにもトラップ張られてた!?」
お前だ、その話をし始めたのは!
「あっ!? 見てください、コーシさん!」
エルセが驚愕の表情で見取り図の一点を指さす。
それは、入り口からほど遠い建物の奥。トラップを避けるように進むならば相当に迂回をしなければいけないような場所だった。
そこに書かれている文字は……『W.C.』
「トイレがこんな奥にありますよ!?」
「どうでもいい!?」
「でも、急いでる時とか、相当きついですよね!? 駅過ぎてからトイレ行きたくなって、『いいや、家まで我慢しよう』って思ったのが最後、相当危なくなる時ってあるじゃないですか!? そんな時、こんな場所にトイレがあったら……わたし、この『槍衾』辺りできっと……」
「コーシ……あなたはまた女子にトイレの話を赤裸々に……」
「俺じゃねぇし。自爆だし。むしろこっちが被害者だし」
とりあえず、廊下の真ん中ではやめとけ、な。
「エルセ。そなたも女子なら恥じらいを持つのだ」
なんかグレイスがまっとうなことを言っている。
俺の中ではスティナと競い合うように一位二位を争っている非常識人間なのに。
「どうせならこの落とし穴のところまで我慢するのだ。ここなら見られる心配がない」
「あぁ、やっぱり非常識人間だ。よかった、見直したりしなくて」
「けれど、そんなところで用を足すと……ある一定の人種にとってはトラップではなくご褒美になってしまうわね」
「やっぱお前らが一位二位だわ。うん、揺るぎない」
とりあえず、こいつらを黙らせる魔法が欲しい。
ないかなぁ、沈黙の魔法とか。
「あっ、エルセ! 何をしておるのじゃ!?」
非常識ツートップに意識を取られているうちに、エルセが何かをしでかしたらしい。
ニコが焦った声でエルセの腕を押さえている。
「いや、ここにあった方が理想的だと思いまして」
と、ペンを握りしめて話すエルセ…………ペン!?
慌てて見取り図を見ると、玄関のすぐ脇に四角い囲いと『W.C.』という文字が追加されていた。
「トイレを増築してんじゃねぇよ!」
「わたしは、玄関にトイレがある家が好きなんです!」
「どんだけ我慢出来ない子なんだ、お前は!?」
そんなにすぐ入りたいか!?
「私は御免ね。トイレに入っている時に来客があっらた出辛いもの」
「確かにのぅ。ワシも奥の方がいいのじゃ」
そんなことを言いながら、スティナとニコが各々好みの場所に『W.C.』を書き込んでいく。
どんだけトイレだらけの家だ!? もう四つあるわ!
「ワタシなら、ここだな」
と、グレイスが建物の外に『W.C.』を書き込む。
「外トイレはイヤです! 夜中凄く怖いんですよ、外トイレ!」
エルセの外トイレ嫌いは筋金入りだ。
ウチのバーちゃん家、まだ外トイレだなぁ。
「みんなおトイレ行きたいぉ?」
マゥルが見取り図を覗き込んでくる。
あぁ、そういうことじゃないんだが。
「違いますよ、マゥルさん。これは……」
「マ、マゥルじゃないぉ…………ギルド長だぉ……」
「そうでした! グレイスさんでしたすみません!」
エルセ……設定忘れんなよ。
泣き出しそうなマゥルを見て、エルセは大慌てで取り繕う。
「こ、これは、好きなところに自分の好きな部屋を書き込む遊びです!」
「そういうんでもないんだけどな!?」
折角ギルド職員が苦労して調べてくれた見取り図だぞ? 落書きしてんじゃねぇよ。
「マゥルは、ここにお昼寝のお部屋が欲しいぉ。入ったらすぐ寝ちゃうぉ。ぽかぽかで気持ちいいぉ」
「盗賊団のアジトにそんなメルヘンな雰囲気の部屋必要かなぁ……まぁ、それを言い出したらトイレもこんなにいらねぇけど」
「私は、実はこう見えて面倒くさがりな一面がございまして……屋敷の一番奥には一瞬で入口へ戻れるワープゾーンが欲しいですね」
「そんなSFな部屋もいらないから!」
マゥルに続いて、アイザさんまでもが見取り図に謎の部屋を書き込む。
……あ~ぁ。これもう、メチャクチャじゃねぇか。トラップの詳細とか、分かり難くなってるし。
「でも、これで随分と住みやすくなったんじゃないですかね?」
自分の家でも建てるかのような真剣さでエルセが見取り図を眺めている。
「こんなトラップだらけな時点で住みにくいだろうが……」
「あぁ、それもそうですね」
そう言って、エルセはトラップの詳細を二本線で消し始めた。
「何してんの!?」
「ここら辺のトラップは全部無しということにしましょう」
「これから建てるんじゃなくて、もう建ってるんだよ! 今更言っても手遅れなの!」
夢が膨らんで変な方向に向かって突き進むエルセから、見取り図を取り上げる。
……あ~ぁ、もう。まぁ、見づらいけれど見れなくもないか……
『槍衾』という文字が二本線で消され、『いい香りがする(柑橘系)』と書き足されていた。
……ショッピングモールじゃねぇんだからよ。
モールとか歩いてると、途中で物凄いグレープフルーツの香りがしてくる時あるよな。香水とか化粧水みたいなヤツの。
あんな感じになるのか? ……つか、あれトラップじゃねぇわ。
「あ……ほうじ茶の方がいい匂いですかね?」
「お茶屋さんの前で立ち止まっちゃうことあるけども! チョイスがマニアック過ぎる!」
焼きたてのパンとかの方がイメージしやすいだろうに。
なんだかいろいろと書き込まれた見取り図を見つめ、俺は盛大にため息を漏らす。
……こいつら、絶対トラップにかかりまくるんだろうなぁ。
そんな嫌な予感が、心の奥底からむくむくと湧き上がってくるのを、俺は感じていた。




