表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/120

67話 抱きしめる

 震える肩。そのそばには真っ赤に染まる耳。

 エルセが床に寝転がりながら身を固くしている。


「本当に、大丈夫か?」

「は、はい……大丈夫でしゅっ!」


 うわぁ、凄く大丈夫じゃなさそう。


「早くしないと、カチヤさんの家がまたメチャクチャにされてしまいますっ」

「いや、それはまた後で直してやるからいいけどさ……」


 なんというか、こういう無理矢理感が…………キツイ。

 罪悪感が半端ない。


「それに、わ、わたし……コーシさんなら、へ、平気、ですし」


 え……っ。


「今まで、ずっと黙っていたんですけど…………コーシさん……」


 お、おい……

 まさか……


「昔飼ってたデマレルーセットオオコウモリにちょっと似てるなって、親近感を覚えていたんです!」

「まぁそうだろうね、お前ならね!? んでまた、変わったの飼ってたんだね!? 似てるかなぁ、俺、コウモリに!? 初めて言われたわ!」


 んなぁあ! 緊張した分、変に口数増えちった!

 しゃーないよね!? あの空気からの肩透かしだもんね! 

 エルセにそんなもん、ちょっとでも期待する方がどうかしてるよね!?

 あはは~、バカだなぁ、俺!


「……もういい。さっさとやって、さっさと終わらせるぞ」

「は、はい! お、おぅ、お、……お願いします」


 床に倒れるエルセの背中に、手を……載せる。


「ひゃぅっ!?」


 瞬間、エルセの体が跳ねる。


「…………だ、大丈夫です……から、……続きを……っ」


 いちいち心臓が「きゅっ!」ってなるような言葉を吐くな!

 あぁぁぁああぁああぁああああ……いいんだよな? いいんだよね?

 俺、悪いことしてないよな!?


「もう、思い切っていくぞ!」

「は、はい! どんとこいです!」


 こういうのはちまちまやるより、勢いに任せてしまった方がいい!

 踏ん切りをつけて……


「行くぞっ!」

「はいっ!」


 エルセの脇の下に両手をツッコミ、引き摺り起こすと同時に胸へと引き寄せる。


「はゎぅっ!?」


 エルセの背中と俺の胸を密着させ、腕を回す。


「にょはぅっ!?」


 そして、力任せにギュッと抱きしめる。


「もっちょぉぉおおおっ!?」

「音のチョイスおかしくね!?」


 エルセの奇声が必死過ぎて、いちいち俺を照れさせる。

 ニコの時のあすなろ抱きとは違い、腹と胸に腕を回す感じで抱きつく。自転車の二人乗りのような感じに。

 エルセの胸に俺の腕がガッツリめり込んでいるが……偽物だし、問題ないだろう。


「見なさい、カチヤ。コーシは偽物でもあんなに嬉しそうよ」

「今いっぱいいっぱいだから、余計な茶々入れてくんな!」


 遠くのスティナを黙らせて、俺は集中する。

 外部を気にしていては、恥ずかしくてやってられん。


「エルセ! 魔力が溜まり次第『バル・ザ・サン』を使え! MPは俺が全部負担する。遠慮なく使いまくれ!」

「は、はいぃっ!」


 恥ずかしさに満ち満ちた声で返事をするエルセ。

 首をピクリとも動かさず、ほんの1ミリもこちらへは顔を向けない構えだ。

 そうしてくれると、こっちも助かる。


 ただ…………耳、真っ赤だな、こいつ。


「そ、それじゃ、行きましゅぽ~!」


 言葉、おかしくなり過ぎてるけど!?

 だが、突っ込んだりしない! because! 恥ずかしいから!


「『びゃる・じゃ・みょん』!」

「そこはちゃんと言えよっ!」


 全っ然煙出て来てねぇじゃねぇか!

 魔法の名前は正確にっ!


「ば……みゃ…………みょ…………ど……っ!」


 発声練習をするように、エルセが第一音を練習している……が、『ど』はおかしいだろ!?『ば』だ、『ば』っ!


「ば…………『バル・ザ・サン』んんんっ!」


 エルセが力んだせいか、遠慮なく俺の魔力を注ぎ込んだせいか……

 エルセの指の輪から、夥しい量の煙が噴き出した。

 世界を白一色に染める煙。……俺らも駆除されそうな勢いだ。


「クギャッ」「ギャピッ」と、シロアリ型魔獣の悲鳴が続き、そして静かになる。


「今だ、ニコ! 魔方陣を破壊してくれ!」

「煙で前が見えないのじゃっ!?」

「ノォォオオン!?」


 なんて連携の取れてないパーティだ!?


「私に任せない!」


 煙の中からスティナの声が聞こえる。

 そして、床の上を走る音がして……


「がっ…………タンスに……小指を…………っ!」


 何やってんだよ……


「けど、タンスまでは、来たわっ!」


 スティナの涙声が聞こえ、その直後、タンス周りの煙が薄くなり始めた。


「風よ、この煙を吹き飛ばしなさいっ!」


 真っ白な世界でスティナの声が聞こえる。

 あいつ、そんな魔法も使えたのか。


 徐々にだが確実に、桐たんす前の煙が薄れていき、そして……


「魔方陣が見えたのじゃっ!」


 白い世界の中に、ぼぅっと青白い光が浮かび上がる。


 エルセの『バル・ザ・サン』と、スティナの風の魔法に援護され――


「砕けるのじゃ、魔方陣っ! 『サークル・解散』っ!」


 ――ニコの魔法が魔方陣を破壊する。


 ……しかし、なんだか物悲しい響きの魔法だな。


 ガラスが割れるような音がして、青い光が木っ端みじんに弾け飛ぶ。

 白い世界に、青い粒子が飛散して……少しだけ、綺麗だと思った。


「……綺麗、ですね」


 腕の中で、エルセが俺と同じ意見を呟く


「そうだな……」

「ほぅ…………あ、あの……耳元でしゃべるのは…………やめてください」

「ぁう……っ、わ、悪い」


 顔を極限まで逸らして謝罪しておく。


「あの……もう、離していただいても……」

「お前のMPが回復したらな」


 MPの枯渇は精神的につらいのだ。

 俺やエルセは、ニコのように体に変化は見えないので、もしかしたらまだまだ『枯渇』とまではいっていないのかもしれないが……魔力の減少に慣れていない俺ら『初心者』には、耐えがたい苦痛だと言える。

 だから、……今回エルセは頑張ったから……、ちゃんと回復してやりたいと思った。


「ぁ……ぅ…………では、もう少しだけ…………」


 ガチガチに固まったエルセの体が、俺の胸に体重を預けてくる。


「……お願い、します」

「………………おぅ」


 それだけ発するのが、精一杯だった。


 エルセが魔法を止めてもいまだ残る煙。

 それが晴れるまでの間、俺はエルセを抱きしめ続けていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ