67話 抱きしめる
震える肩。そのそばには真っ赤に染まる耳。
エルセが床に寝転がりながら身を固くしている。
「本当に、大丈夫か?」
「は、はい……大丈夫でしゅっ!」
うわぁ、凄く大丈夫じゃなさそう。
「早くしないと、カチヤさんの家がまたメチャクチャにされてしまいますっ」
「いや、それはまた後で直してやるからいいけどさ……」
なんというか、こういう無理矢理感が…………キツイ。
罪悪感が半端ない。
「それに、わ、わたし……コーシさんなら、へ、平気、ですし」
え……っ。
「今まで、ずっと黙っていたんですけど…………コーシさん……」
お、おい……
まさか……
「昔飼ってたデマレルーセットオオコウモリにちょっと似てるなって、親近感を覚えていたんです!」
「まぁそうだろうね、お前ならね!? んでまた、変わったの飼ってたんだね!? 似てるかなぁ、俺、コウモリに!? 初めて言われたわ!」
んなぁあ! 緊張した分、変に口数増えちった!
しゃーないよね!? あの空気からの肩透かしだもんね!
エルセにそんなもん、ちょっとでも期待する方がどうかしてるよね!?
あはは~、バカだなぁ、俺!
「……もういい。さっさとやって、さっさと終わらせるぞ」
「は、はい! お、おぅ、お、……お願いします」
床に倒れるエルセの背中に、手を……載せる。
「ひゃぅっ!?」
瞬間、エルセの体が跳ねる。
「…………だ、大丈夫です……から、……続きを……っ」
いちいち心臓が「きゅっ!」ってなるような言葉を吐くな!
あぁぁぁああぁああぁああああ……いいんだよな? いいんだよね?
俺、悪いことしてないよな!?
「もう、思い切っていくぞ!」
「は、はい! どんとこいです!」
こういうのはちまちまやるより、勢いに任せてしまった方がいい!
踏ん切りをつけて……
「行くぞっ!」
「はいっ!」
エルセの脇の下に両手をツッコミ、引き摺り起こすと同時に胸へと引き寄せる。
「はゎぅっ!?」
エルセの背中と俺の胸を密着させ、腕を回す。
「にょはぅっ!?」
そして、力任せにギュッと抱きしめる。
「もっちょぉぉおおおっ!?」
「音のチョイスおかしくね!?」
エルセの奇声が必死過ぎて、いちいち俺を照れさせる。
ニコの時のあすなろ抱きとは違い、腹と胸に腕を回す感じで抱きつく。自転車の二人乗りのような感じに。
エルセの胸に俺の腕がガッツリめり込んでいるが……偽物だし、問題ないだろう。
「見なさい、カチヤ。コーシは偽物でもあんなに嬉しそうよ」
「今いっぱいいっぱいだから、余計な茶々入れてくんな!」
遠くのスティナを黙らせて、俺は集中する。
外部を気にしていては、恥ずかしくてやってられん。
「エルセ! 魔力が溜まり次第『バル・ザ・サン』を使え! MPは俺が全部負担する。遠慮なく使いまくれ!」
「は、はいぃっ!」
恥ずかしさに満ち満ちた声で返事をするエルセ。
首をピクリとも動かさず、ほんの1ミリもこちらへは顔を向けない構えだ。
そうしてくれると、こっちも助かる。
ただ…………耳、真っ赤だな、こいつ。
「そ、それじゃ、行きましゅぽ~!」
言葉、おかしくなり過ぎてるけど!?
だが、突っ込んだりしない! because! 恥ずかしいから!
「『びゃる・じゃ・みょん』!」
「そこはちゃんと言えよっ!」
全っ然煙出て来てねぇじゃねぇか!
魔法の名前は正確にっ!
「ば……みゃ…………みょ…………ど……っ!」
発声練習をするように、エルセが第一音を練習している……が、『ど』はおかしいだろ!?『ば』だ、『ば』っ!
「ば…………『バル・ザ・サン』んんんっ!」
エルセが力んだせいか、遠慮なく俺の魔力を注ぎ込んだせいか……
エルセの指の輪から、夥しい量の煙が噴き出した。
世界を白一色に染める煙。……俺らも駆除されそうな勢いだ。
「クギャッ」「ギャピッ」と、シロアリ型魔獣の悲鳴が続き、そして静かになる。
「今だ、ニコ! 魔方陣を破壊してくれ!」
「煙で前が見えないのじゃっ!?」
「ノォォオオン!?」
なんて連携の取れてないパーティだ!?
「私に任せない!」
煙の中からスティナの声が聞こえる。
そして、床の上を走る音がして……
「がっ…………タンスに……小指を…………っ!」
何やってんだよ……
「けど、タンスまでは、来たわっ!」
スティナの涙声が聞こえ、その直後、タンス周りの煙が薄くなり始めた。
「風よ、この煙を吹き飛ばしなさいっ!」
真っ白な世界でスティナの声が聞こえる。
あいつ、そんな魔法も使えたのか。
徐々にだが確実に、桐たんす前の煙が薄れていき、そして……
「魔方陣が見えたのじゃっ!」
白い世界の中に、ぼぅっと青白い光が浮かび上がる。
エルセの『バル・ザ・サン』と、スティナの風の魔法に援護され――
「砕けるのじゃ、魔方陣っ! 『サークル・解散』っ!」
――ニコの魔法が魔方陣を破壊する。
……しかし、なんだか物悲しい響きの魔法だな。
ガラスが割れるような音がして、青い光が木っ端みじんに弾け飛ぶ。
白い世界に、青い粒子が飛散して……少しだけ、綺麗だと思った。
「……綺麗、ですね」
腕の中で、エルセが俺と同じ意見を呟く
「そうだな……」
「ほぅ…………あ、あの……耳元でしゃべるのは…………やめてください」
「ぁう……っ、わ、悪い」
顔を極限まで逸らして謝罪しておく。
「あの……もう、離していただいても……」
「お前のMPが回復したらな」
MPの枯渇は精神的につらいのだ。
俺やエルセは、ニコのように体に変化は見えないので、もしかしたらまだまだ『枯渇』とまではいっていないのかもしれないが……魔力の減少に慣れていない俺ら『初心者』には、耐えがたい苦痛だと言える。
だから、……今回エルセは頑張ったから……、ちゃんと回復してやりたいと思った。
「ぁ……ぅ…………では、もう少しだけ…………」
ガチガチに固まったエルセの体が、俺の胸に体重を預けてくる。
「……お願い、します」
「………………おぅ」
それだけ発するのが、精一杯だった。
エルセが魔法を止めてもいまだ残る煙。
それが晴れるまでの間、俺はエルセを抱きしめ続けていた。