66話 コスプレしてなりきる
「何やってんだお前?」
物凄い違和感の塊を視線で糾弾する。
あるはずもない膨らみがエルセの服を押し上げている。
今、俺の目はさぞやジトッとしていることだろう。
「はっ!? コーシさんが卑猥な目でわたしの胸元を!?」
「コレが卑猥な目に見えるなら、世界から痴漢の冤罪はなくならないだろうな」
THEドン引きだぞ。
教科書に載るくらいの模範的なドン引きだ。
「エルセ……盛るならもうちょっとさり気なくだな……」
「ち、違ういますよ!? 盛ったんじゃなくて、これは、コスプレです!」
コスプレ?
「ニコさんコスです!」
「コーしゃま……ワシ、泣いてもいいかのぅ」
ニコが魔獣駆除を頑張りながらしょんぼりしている。
エルセ、お前なぁ……
コスプレなら格好を真似しろよ。ニコと同じローブを着るとか、杖を持つとか。
なんで胸だけ真似する?
「とにかく! これでわたしも魔法が使えるはずです!」
「ねぇわ」
「はぅっ!? コーシさんがばっさりと!?」
コスプレーヤーは、コスプレした職業の能力を『自分のレベルに応じた分だけ使用可能』な職業だ。ニコのコスプレをしたところで、エルセのレベルでしか再現出来ない。
「やってみないと分からないじゃないですか!」
「じゃあ、やってみろよ」
どうせ無理だろうと思いつつも、エルセの気の済むようにさせてやる。
「では、早速。今ニコさんが使ってる魔法を完コピしますね!」
エルセがニコの真似をしてニコが両手の親指と親指、人差し指と人差し指をそれぞれくっつける。
指で輪を作り、その輪を口の前へと持ってくる。
「いきますよっ! 『バル・ザ・サン』っ!」
エルセが、指で作った輪の中心へふぅ~っと息を吹き込むと……
「なにっ!?」
そこから真っ白な煙がもくもくと噴き出し、溢れ出したシロアリ型魔獣を包み込んだ。
なんと、エルセが魔法を使った。成功しやがった……マジでか!?
驚愕する俺とニコ。
そんな中、スティナが冷静に状況を分析し、その推論を語る。
「コスプレーヤーに大切なのは思い込みだと聞いたことがあるわ」
確かに……どう考えても体系が違い過ぎる人がアニメのキャラになりきっている画像を何度か見たことがある。魔法少女がオッサンだったり……
しかし彼ら自身はそのキャラになりきり、思い込み、そのキャラであり続ける。
ちやほやされるためのファッションコスプレではなく、純粋な愛によるコスプレ。
その思いこそが『本物』を生み出すのだ。
つまり、エルセは……
「エルセはアホの娘だから、思い込みが激しいのよ、きっと」
「思い込みでなんとかなるもんなの!?」
なりきる力、すげぇ!?
もしかしたら、エルセにもっとも適した職業なんじゃないか、コスプレーヤー?
あいつなら、最強のコスプレーヤーになれるかもしれない。
なにせ、爆乳パッドを付けただけでニコになりきってしまったのだから。
「……はぅっ!」
と、突然、エルセが前のめりに倒れた。
「…………MPが足りません」
魔法は使えるようになっても、MPは増えないようだ。
ま、そりゃそうか。
『バル・ザ・サン』は、ニコですらMPの枯渇を気にして使用する魔法だ。 エルセには荷が重過ぎるだろう。
「はぅぅう……MP切れ、気持ち悪いです……気分が落ち込みます……」
MP切れは精神疲労が激しい。
エルセ、今すげぇつらいだろうな。
「うぅぅ……折角上手くいくと思ったのに……わたしが駆除してニコさんが魔法陣を壊して……」
床の上でむにむにと蠢いて、エルセが泣きごとを漏らす。
確かに、それが上手くいっていればこの状況は打開出来ただろう……
「なら、外部魔力を使いましょう」
スティナがこの状況を打開する案を打ち出す。
外部魔力? ……って、もしかして。
「ニコ。魔法陣破壊の魔法を使用可能なMPはもう溜まっているかしら?」
「う、うむ。それくらいなら、コーしゃまのおかげですっかり回復済みなのじゃ」
「なら、ニコはコーシから離れてその魔法の準備。そしてコーシ」
スティナが俺を見据えてハッキリと言う。
「床に横たわる、抵抗する力を失ったエルセに強引に覆い被さりなさい」
「表現、もっとなんとかならなかったかな!?」
「私たちの見ている前で!」
「どんどん俺が犯罪者に仕立て上げられていく!?」
スティナの案は、俺がエルセに魔力を供給し続けて、エルセが『バル・ザ・サン』を使いシロアリ型魔獣を駆除し、その間にニコが魔法陣を破壊するというものだ。
理に適った作戦のように思える。
だが、そいつには一つ大きな落とし穴がある。
「は、はぅっ!? コ、コーシさんが、お、おおお、覆い被さる……っ!?」
そう。
エルセは、男と手すら繋げない恥ずかしがり屋なのだ。
覆い被さる……は、言い過ぎだとしても、両手を使用可能にするためには、今ニコにしているように背後から抱きしめる必要がある。
こんな格好、エルセが耐えられるはずがない。
「あぅ……あの…………わ、わた、わたしは、その……そういうことは、将来を誓い合った殿方としか……っ!」
このありさまでは無理だろう。
無理やり襲いかかるようなわけにもいかないし、何よりそんなことをしたら魔法どころではない。
「エルセよ」
そんな状況を打破するように、ニコがエルセに言い聞かせるように語り始める。
「そなたは今、ワシのコスプレをし、ワシになりきっておるのじゃろ?」
まぁ、胸に詰め物しただけだけどな。
「ならば、言動や思考までもをきちんとコピーするべきではないのかの?」
「言動や……思考を……?」
ニコの言葉を受けて、エルセの瞳の色が変わる。
何かに気付き、自分の中の価値観を変えるような、そんな、衝撃を受けたような瞳をしている。
「ワシのコスプレなら、コーしゃまに抱きしめられることを喜ばねば、嘘なのじゃ」
そう言って、恥ずかしそうに俺へ視線を向けるニコ。
……あの、照れるんですけど。
「そ……そう、ですよね。それに、わたしが頑張らないと……カチヤさんの家がシロアリ型魔獣にまた食べ尽くされてしまうわけですし……」
エルセが、寝転びながらも拳を握る。
「分かりました! わたし、やります!」
顔を上げ、決意のこもった瞳で、エルセは宣言する。
「コーシさんの腕筋を、そこそこエロい目で見つめたりしますっ!」
「にょほぅ!? そこまで真似せんでもいいのじゃ!?」
えぇ……そんなことしてたの……?
「コ、コーシさん!」
決意に満ちた……けれど、妙に熱っぽい、うるんだ瞳が俺を見つめてくる。
「じゅ、充魔を、おね、お願いしますっ! は、恥ずかしい……ですけど……、カチヤさんのために……」
「エルセ、お前……」
「カチヤさんのために、人目も憚らずイチャイチャしてください!」
「だから表現っ!」
このパーティ、選ぶ言葉に悪意が滲み出ている!
「ニコさんになりきれば恥ずかしくないです!」
「エルセよ……それ、軽くワシ批判が含まれていないかのぅ? ワシもちゃんと恥じらいは持っておるぞ? の? の?」
「『むっふぁあ~! コーしゃまに抱っこされてハッスルハッスルじゃー!』」
「ワシ、そんなこと言ったことないのじゃ! 言ってないのじゃっ!?」
やめてやれよ、エルセ。
ニコが泣きそうじゃないか。攻撃する相手間違ってるぞ。
「で、では、コーシさん! お、お願いしますっ!」
「お、おう!」
決意に満ちた、きりっとした表情のエルセ。
俺はニコから離れ、エルセのそばへと移動する。
「あ、あの……」
俺がそばまで行くと、エルセが恥ずかしさで泣き出しそうな表情を向けてくる。
耳まで真っ赤に染まっている。
「わたし……初めてですので……優しく、お願いします……」
そう言って、ギュッと身を固くする。
…………いや。いやいや。
まいったな…………
これ、俺もすげぇ恥ずかしいんですけど!?
顔を逸らして羞恥に身を固くするエルセ。
それを後ろから抱きしめる…………その勇気が出せずに固まる俺。
魔法陣破壊の魔法の準備をしながらも、固唾をのんで見守るニコ。
若干冷たい視線をこちらに送るスティナ。
そして、美味しそうに家の床を食べ始めるシロアリ型魔獣。
「あ、あのっ! アッチの家が大ピンチでし! 気持ちは分かるでしけど、なるべく早くお願いするでしっ!」
カチヤの声を聞きながらも、俺は、こう……踏ん切りがつかずにいた。
「にゃぁあ! シロアリが! 床がぁぁあ!」
ただただ、カチヤの声だけが響いていた。




