68話 煙が晴れたら
「ようやく煙が晴れてきたわね」
薄くなった煙の向こうから、スティナの声が聞こえてくる。
「けど、本当に魔法を使ってみせるとはね。エルセ、なかなかやるじゃない」
心持ち上機嫌な声が聞こえ、ゆっくりと人影がこちらに近付いてくる。
――と。
エルセが大慌てしたようにばたばたと暴れて、俺の腕からするりと抜け出し、そそくさと距離を取って、襟元を正した。
おまけとばかりに、真っ赤な顔で俺を睨んで、人差し指を自分の唇に当てながら「しぃ~ですよ!」と小さな声で囁く。
……「しぃ~」もなにも、みんな知ってるじゃん。
けれど、戦闘が終わった後に抱きしめられている姿を見られるのが恥ずかしいって気持ちは、まぁ、分からんではない。ここはエルセに乗っかって「しぃ~」しておくか。
……別に俺は、照れているわけではないけども。
「ス、スティナさんも、魔法が使えたんですね」
照れを誤魔化すように、エルセが無駄に明るい声で、煙の向こうのスティナに問いかける。
「魔法? 回復魔法なら使えるけれど、今更言うことかしら?」
「あ、いえいえ。回復魔法ではなくて、風の……」
と、エルセが言いかけたところで、スティナの姿がはっきりと視界に入ってきた。
手にうちわを持ったスティナの姿が。
「魔法じゃなかった!?」
「凄くアナログでしたね!?」
まさか、うちわで扇いで煙を飛ばそうとしていたとは…………
「あぁ、これ? 闇市で流通していたエッカルト様非公認ウチワよ。絵柄が気に入らなくてイマイチ萌えないから、使用することにしたの」
「きゅんきゅん萌える絵柄だったら保存用にしたのかよ……」
「当然でしょう?」
当然なんだ……
つか、どんだけ出回ってんだよ、非公認グッズ。
イスメーネ学院卒業生は、揃いも揃ってお腐れ遊ばしてるんじゃないだろうな?
「みんな、無事かのぅ?」
煙の向こうでニコの声がする。
「ちょっと動かずに、その場で身を固くしていてほしいのじゃ」
身を固く?
「出来れば、近くの者と抱き合って、しっかりしがみついていてくれると尚良いのじゃ」
抱き合うって……と、聞く前にスティナとカチヤが俺にしがみついてきた。
……ちょっとは躊躇えよ、女子たち。こっちは思春期なんだぞ!?
「え、あ、あの……しがみつかないと、ど、どうなるんですか!?」
さっきまでの『アレ』の影響で、エルセは俺に抱きつけないようだ。
ま、まぁ。俺も似たようなもんだが……
「なら、一人で丸まっていればいいのじゃ」
「一人で……ですか。なんだか、心細いですね……」
チラチラとこちらを窺い見るエルセ。
あぁ、もう。
「エルセ」
「ぅひゃい!?」
そんなに緊張しなくても……
「スティナに抱きついとけ」
「スティナさんに…………あ、その手がありましたね!」
別に、男女で抱きつく必要はないのだ。
女子同士だって問題はない。
エルセがスティナに抱きつき、こちらの準備は整った。
さて……何をする気なんだ、ニコ?
「それじゃ、ちぃ~っとばかり、風を起こすのじゃ」
言うなり、突然室内に突風が巻き起こった。
分厚い空気の壁が押し寄せてくるような圧迫感を感じ、俺たちは吹き飛ばされまいと互いの体を支え合った。
ほんの数秒の後、突風は室内の煙をすべて引き連れて外へと吹き抜けていった。
「うむ、もう大丈夫なのじゃ」
煙の中から現れたニコは、……相当魔力を使ったのだろう……シワシワになっていた。
「ぅへぇえ!? ち、小さいニコさんがお婆さんになったでし!? えっ!? アッチらももしかしてお婆さんになってるでしか!?」
ニコの変化にカチヤが取り乱す。
そんな、浦島太郎じゃねぇんだから、煙で年取ったりはしねぇよ……
「ニコ。充魔してやるよ」
「おぉ……すまんのじゃ。『サークル・解散』はちぃ~とばかり魔力を食うのじゃ……」
ふらふらとこちらに歩いてくるニコ。
それを受け止めようと両手を広げたところ……きゅっ…………と、エルセに袖を掴まれた。
…………ん?
「ぁう……あ、いや…………なんでもないです」
そう言って、慌てて手を離す。
…………やめてよ、変な空気蒸し返すの。
まったく。
ただの充魔なんだから。
いつもやってることなんだぞ。
これに深い意味などなく、ニコの魔力の枯渇を解消するため、そう、人助けなんだよ。
まったくエルセは。細かいことを気にしちゃってまぁ……
「じゃあ、ニコ。今魔力を分けてやるからな」
そう言って、俺はニコの頭にぽんと手を載せた。
……だって! あんな顔で見られたら、ニコに抱きつくとか出来ないじゃん!?
なんか変な空気になってるしさぁ!
とにかく、魔力を分け与えることが出来ればなんだっていいんだ!
別にやましいことがあるからいつも通りに出来ないわけじゃないと、自分に言い聞かせて、俺はニコに魔力を分け与えた。
ふぅむ。やり難い。実にやり難いぞ、この空気。
……まったくもう。




