65話 只今、戦闘中
「コーシさん! わたしにいい考えがあります!」
そんなことを言い出したのは、エルセだった。
「ん、今忙しいから却下!」
「酷いです!? 最高なベストアイディアですのに!?」
意味が重複してんだよ!
この状況下で、エルセがいいことを思いつく? そんな馬鹿な。
「『そんな馬鹿な』みたないな顔やめてください! 本当にいいアイディアなんですから!
「じゃあ、そのいいアイディアってのを教えてくれ」
「ふっふっふっ、秘密です!」
「よし、帰れ!」
「なんでですか!?」
「今忙しいんだよ!」
見て分かるだろう、この状況!?
お前と遊んでいる暇はない!
「今はまだお教え出来ません、が、すぐにお教えします!」
「なんだよ、その勿体ぶりは? 今言えよ!」」
「しばしお待ちを! カチヤさん! ちょっとお手洗いお借りしてもいいですか?」
「え? あ、はいでし! 外になるでしけど……」
「え……外トイレですか…………やめようかな」
「なんでだよ!? やめんなよ! なんか知らんが、さっさとトイレ行って準備してこいよ!」
「え~、でも、外トイレですよ? わたし、外トイレ苦手で……」
「外でも中でも一緒だ! 行ってこい!」
「いやいや、一緒じゃないですよ。雨とか降ったらどうするんですか?」
「今降ってないから! ぱっと行ってぱっと帰ってこいよ!」
「しょうがないですね……台所で我慢します!」
「台所とトイレは同じ用途では使えないと思うんだが……!?」
「大丈夫です! 普通の使い方しませんので! では!」
「全然大丈夫じゃなさそうな言葉を残して立ち去るな!?」
エルセが謎の言葉を残して颯爽と部屋を出て行ってしまった。自分の荷物を抱えて。
あいつ……帰る気じゃないだろうな?
……と、思ったら、エルセがひょっこり戻ってきた。
「あの、コーシさん。……絶対に、覗かないでくださいね?」
「お前はどこの鶴だ?」
「もし覗いたら……鶴の三倍返しですよ?」
「鶴はそんなことしてねぇよ! ここから動かねぇから、さっさと行ってこい!」
「絶対ですよ!? 絶対の、絶対ですからねっ!」
しつこいくらいに念を押し、エルセは再度部屋を出て行った。
……なんなんだよ、一体。
「コーしゃま……少し、魔力が……」
ニコの頬を大粒の汗が流れ落ちていく。
そして、心なしか肌がしわしわし始める。
「『バル・ザ・サン』は少しMP消費が激しいのじゃ。……魔法陣を破壊する魔法はもっとMPを使うのじゃ……このままでは、MPが足りなくなってしまうのじゃ」
大魔法使いニコラコプールールーの扱う魔法はどれも強大だ。
故に、MPの消費も大きい。
ニコはMPの枯渇と常に隣り合わせなんだな。
「分かった。MPを分けてやる。手を貸せ」
「そ、それなんじゃが……この魔法、両手を使わないと使用出来んのじゃ……じゃから……その……」
『バル・ザ・サン』で数百体の魔獣を瞬殺し続けつつ、ニコが恥ずかしそうにもじもじし始める。
うん。なんかシュール。
「も、もし、よかったらなんじゃけど…………だ、抱っこを……その、コーしゃまの方から、してくれると……ほら、両手も使えるしの? じゃから……こう、後ろから……ギュッと…………ワシを抱きしめて……キャッ、恥ずかしいのじゃ!?」
恥ずかしがった反動か、『バル・ザ・サン』の威力が四倍増してシロアリ型魔獣に襲いかかる。……敵ながら気の毒に。
要するに、『あすなろ抱き』をしてほしいという要求らしい。
「分かった。それじゃあ、行くぞ」
「ぬはぁあ! ちょ、ちょっと待ってほしいのじゃ! こ、心の準備が……はっ!? そうじゃ、汗臭いかもしれんから湯浴みをっ!」
「いいから! そのままのニコで問題ないから!」
「はふぅ……」
「ニコォー!? 脱力して魔法途切れさせないで! シロアリ型魔獣、もりもり出てきてるから!」
倒れそうになったニコを慌てて抱きとめる。
ぐにゃんぐにゃんに脱力するニコを背後から抱き寄せ、そっと抱きしめる。
「ふほぉぉおおおおっ!? 死ぬ! 死ぬのじゃっ!?」
「いやいやいや! MP分けて死なれちゃたまんねぇわ!」
顔を真っ赤に染め、体温をぐんぐん上昇させるニコを抱きしめ、MPを流し込む。
俺もさっき使いきって、そんなに残ってるわけではないのだが……
「はぁぁ…………コーしゃまの温もりを感じるのじゃ……」
「やめて……ちょっと卑猥に聞こえるから」
スティナの前では、特に。
「スティナさんといい感じだったコーシさんが、ニコさんといい感じでし…………修羅場でしっ!?」
カチヤの思考が、見当違いな方向へぶっ飛んで行って帰ってこない。
この娘の誤解を解くのは至難のわざだろう……あぁ、面倒くさい!
「あぅ、あの、あぁぁあ……カチヤ、見ないでほしいのじゃ!? 恥ずかしいのじゃ!」
「スティナさん、何か一言どうぞでし!」
「あのおっぱいには敵わないわ」
「やっぱりおっぱいなんでしね!? コーシさん、ケダモノでし!」
「今戦闘中だから黙っててくれるかな、外野二人?」
そうこうしてる間にもMPがガスガス減ってんだっつうの、こっちは!
「………………えっ?」
不意に、ニコが息をのんだ。
「あ、あの……コーしゃま?」
「どした?」
魔法を使いながら、とても遠慮がちに、若干震えつつ、ニコが俺に質問を投げかけてくる。
「……無理して、ないのじゃ?」
無理?
いや、別に……まぁ、まだちょっと体がだるいかなぁくらいのもんか。
「全然平気だぞ」
「ふぁっ!?」
ニコが面白い感じで固まった。
……なんだよ?
「なんで、もうこんなにMPが回復してるのじゃ?」
「こんなに? って、どんなに?」
「もうほとんど完全回復してるのじゃ!? あり得ないのじゃ!? MPの回復は最低一晩かかるはずなのじゃ!?」
そういえば、最初のころ、美味い物を食ってたっぷり寝ないとニコは元に戻らなかった。
MPの回復ってのはそのくらい手間と時間がかかるもののはずだ。
でも俺は…………確かに、ニコにどんどんMPを送り込んでも枯渇する気がしない。
「それはつまり……」
背後から、スティナの真面目な声が聞こえてくる。
「『美少女の太ももむっふぁ~っ!』と、コーシのテンションが爆上がりした結果……ということかしら?」
「真面目な声で何言ってんの、お前?」
だからもう黙ってろよ、外野。
「まぁでも、俺のMPが使えるってんならいいことじゃねぇか。じゃんじゃん使ってくれ」
「う、うむ……そうじゃな。今は助かるのじゃ」
改めて、ニコが『バル・ザ・サン』を使いシロアリ型魔獣を駆除していく。
「なんとか、魔獣を駆除出来る方法が他にあれば、ワシが魔法陣を破壊出来るんじゃが……」
シロアリ型魔獣は途切れることなく溢れ出してくる。
魔法陣はニコにしか破壊出来そうにないし……やっぱ俺がシロアリ型魔獣をなんとかするしかないのか…………と、思った、その時。
「お待たせしましたっ!」
満を持してエルセが戻ってきた。
「おぉ、エルセ。戻ってき…………なんだ、そりゃ!?」
振り返って、俺は仰天した。
エルセの胸が、「ぼぃ~ん!」と、突き出していた。