61話 カチヤの弟妹
マゥルが十二分五十四秒で調合した薬を持って……完成までの時間、全然かすりもしてなかったな……俺たちはカチヤの家へと向かった。
街の北側へ進むと、建物のクオリティが途端に低くなってくる。
ちょっと金銭的に余裕のない人たちが集まってくる区画らしい。
カチヤは、そんな寂れた区画の、レンガが捲れ上がった道の先に建つ、とてもボロい一軒家に住んでいた。
「両親が遺してくれた家なんでし。お金があったらいろいろリフォームとかしたいんでしけど……」
にゃはは……と、恥ずかしそうに笑うカチヤ。
確かに、リフォームした方がよさそうだ……というか、リフォームしなきゃ危ないだろう。
「わぁ、見てくださいコーシさん。ここの壁とか、ちょっと押したら穴が開きそきゃぁぁああ!」
「あ、その辺ちょっと押すだけで穴開いちゃうでしから、気を付けてでし」
「うん、カチヤ。手遅れみたいだ」
ごめんよ、ウチのアホの娘が壁に穴あけちゃって。
「あぁ、ごめんなさいでし! ごめんなさいでし! 怪我とかないでし!?」
「あぅ、いえ……わたしの方こそ、壊しちゃってすみません。あの、べ、弁償し、しし、しますので……でも、今持ち合わせが、その……」
謎の豊胸パッド付きブラジャーを購入したエルセは現在スッカラカンだ。
いざという時のために、貯蓄って必要だよな。
よし、俺、クエスト頑張ろう!
「大丈夫でし、また直すでしから」
カチヤの言葉を聞いて、家の外壁を見てみると……あっちこっちに大きさの違う板が乱雑に打ち付けてあった。……うっわ、雑。
女の子だもんな、大工仕事とか苦手だよな。すげぇ小柄だし。力弱そうだし。
「コーシ」
俺の考えていることなどお見通しだとばかりに、スティナが俺の肩を叩く。
しょうがない弟を見つめる姉のような、呆れと寛容さの合わさった表情だ。
「板の隙間をそんなに見つめて……必死にのぞき穴を探しているのね」
「違うけど!?」
「思春期、だものね」
「やめて、その見当違いな理解者ポジションに居座るの!?」
俺はただ、この穴だらけの壁を修理してやりたいと思っただけだよ。俺だってそんな上手くはないけど、これよりはマシに出来る。
「あ、あの、わたしが修理します! 責任を持って!」
カチヤに縋りついて懇願するエルセ。
あいつにも、罪悪感ってもんが芽生えてきたのかねぇ。
で、俺の隣で心臓発作を起こしかけてるスティナ。お前、急にどうしたんだよ?
「コーシ……エルセが『責任』なんて難しい言葉を知っていたわ……心臓が止まるかと思ったわ」
「お前の中のエルセ、知能指数ひっくいなぁ」
こいつは全方位に敵を作らなければ気が済まないのだろうか。
「すみません! 工具と板をお借りします! これで、完璧に修繕をして……」
――バキィー!
「穴が広がっちゃいましたぁぁあ!?」
……あぁ、もう。騒がしい。
なんで壁の修理一つ出来ないんだ、お前は。
「あ、あの、コ、コーシさん! この壁、中がスッカスカで釘に耐えられないみたいなんですけど!?」
「――と、スッカスカのエルセが言っているわよ?」
「ごめん、スティナ。用がないなら大人しく座っててくれる?」
「スッカスカじゃないですよ!? それなりにはありますから!」
「お前も、乗せられておかしなことを口走るな!」
スッカスカとか、それなりにとか、俺の前で話すんじゃねぇよ!
「あ~……これは酷いもんじゃのぅ……」
エルセの持ってきた木片(元壁)を見て、ニコが苦笑いを浮かべる。
覗き込むと、その木片は確かにスッカスカだった。
「シロアリか」
「それも、かなり大々的にやられてそうじゃ」
長い年月放置され、シロアリに食いつくされた家。
きっと、もうどこにも無事な場所などないのだろう。建っているのが不思議なくらいだ。
「お姉ちゃん……?」
「ねーちゃん?」
「おねー?」
「あぁ、あんたたち。ダメでしよ、寝てないと」
俺らが騒いだせいだろうか、家の中から子猫が三匹顔を出してきた。
カチヤを小さくしたような、可愛らしいネコ顔の獣人。
これがカチヤの弟妹たちだろう。
「お姉ちゃん早く帰ってきたでし……」
「クビでし……」
「社長でしのに?」
「そうじゃないでし! 今日は売り物が売り切れたから早々に引き上げてきたんでし」
「…………姉弟間での嘘はやめようって言ったでしのに……」
「おねーちゃん、アッチらの姉妹やめるでし?」
「おねー……今までありがとさんでし」
「やめないでしよ!? ホントに売り切れたでし! この人たちがみんな買ってくれたでし!」
「「「あんなものを買う人なんていないでし」」」
「えぇー!? みんなそんなこと思ってたでしか!?」
売れると思っていたのはカチヤだけだったようだ。
「弟はどいつだ?」
「は、はいで……し…………しょっぱん!」
物凄くアーティスティックなくしゃみをかまされた。
「ご、ごごごご、ごめんなさいでし! 殺さないでほしいでし!」
「おっかねぇこと口にしてんじゃねぇよ!?」
「あ、あの、おにーちゃん風邪を引いているでしから、大目に見てあげてほし……し、しゅーべるとっ!」
「お前もか、妹(大)!?」
「えーっと…………はっくしゅん、ベートーベン」
「無理しなくていいんだよ、妹(小)!?」
そして、なぜ地球の音楽家がこっちで知れ渡ってんだ!?
「ごめんなさいでし……実は、弟妹みんな、風邪を引いてしまったでし。伝染っちゃったでし」
まぁ、風邪の時にいびきの薬飲まされてりゃ、悪化もするし、伝染もするだろうよ。
「この人たちのおかげでいい薬が手に入ったでし。みんなご飯食べてからお薬飲むでし!」
カチヤが姉らしく言うと、弟妹は揃ってその場に土下座した。
「「「おでんはもう食べたくないでし……」」」
「お前、おでんばっか食わせてたろう?」
「や、いや、あの……それしか、食べるものがなかったでしもんで……」
気の毒過ぎて世界が滲むぜ……
「それなら、ワシがご飯を作ってあげるのじゃ。お勝手を貸してほしいのじゃ」
「わーい! ありがとー、小さいお姉さん!」
「ありがとー、ちっちゃいおねーちゃん!」
「おっきぃおねー!」
……おい、妹(小)。お前、どこ見て言った?
「それじゃ、カチヤ。お邪魔するのじゃ」
「はいでし。何から何までごめんなさいでし」
にこにこと笑って、ニコが弟妹たちとカチヤの家へ入っていく。
そして、一分も経たないうちに悲鳴が聞こえてくる。
「ほにょー!?」
「小さいお姉さんが床の穴に落ちたー!?」
「ちっちゃいおねーちゃん、はまったー!?」
「おっきぃから、ひっかかったー!」
……この家。危険過ぎるだろう…………
なんとかしてやりたいけど…………リフォーム代金なんか無理だし…………どうしたもんかなぁ。
「ニコさん! 待っててください! 今すぐ助けに行きますよっ!」
「待ちなさいエルセ! あなたが行くと余計危険だわ!」
「あ、お二人とも! そんなに走ると危ないでしよ!?」
――バキィ、バキィ、バキィ!
「「「きゃー!」」」
……もう、何やってんのマジで。
ほんと。俺の周りにアホの娘しかいなのって、なんでなんだろう。




