59話 可愛い生き物
「マゥル。おるかいのぅ?」
ニコの魔法屋のすぐそば。小道をちょちょいと進んだ先に、これまた年季の入った一軒の建物が佇んでいた。
匠に見せたらこぞってリフォームに来そうなボロっちさだ。
「あ~、ニコちゃ~ん。いらっしゃいだぉ」
……「だぉ」?
「コーしゃま。紹介するのじゃ。友達のマゥルなのじゃ」
「わぁ、男の人だぉ。かっこいいぉ。ニコちゃんの恋人さんかぉ?」
「にょにょ!? そ、そう……とも、言えなくもなくも……ぁぅうう、やっぱり、ま、まだじゃ!」
「まだ違うのぉ? じゃあ頑張るのぉ!」
「う、うむ……ありがとなのじゃ」
ニコに向かって両手ガッツポーズを向けるマゥル。
歳の頃は十歳前後。小動物のようにちょこまかとした動きが可愛らしい、幼い少女。ふわふわのショートカットが事あるごとに揺れてあどけなさを強調している。
大きな瞳はどんなものをも映しそうではあるが、きっと汚れた物など一度も見たことがないのだろう。それくらいに澄んだ目をしている。
「な、なんですか、この可愛い生き物はぁあっ!?」
エルセはハートを鷲掴まれたようだ。
「二つ欲しいですっ!」
「欲張んな!」
一つももらえねぇよ!
「胸は…………ない。ふふ、残念ね、コーシ」
「とりあえず、初対面の人にことごとくそういうイメージ植えつけて回るのやめてくれる?」
こういう時だけ生き生きとするスティナ。
その隣では、カチヤが恥ずかしそうに胸を隠している。
ほら見ろ。そこに一人、真に受けてるヤツがいるじゃねぇか。
「今日はお客さんいっぱいで嬉しいぉ。ゆっくり見て行ってぉ」
明らかに長い袖口をぷらぷらさせて、マゥルはその場でくるりと回る。
こんな妖精、いそうだなぁ。
「実はのぅ、マゥル。こっちのカチヤの弟が風邪を引いて寝込んでおるそうなのじゃ」
「それは大変だぉ! ネコの獣人さんにはこの薬がよく効くぉ。あ、でも弟さんなら小児用の薬の方がいいぉ。これを持って早く帰ってあげるといいぉ。バイバイぉ」
「いやお前、ゆっくり見させる気ねぇだろ!?」
「そんなことないぉ? ……ゆっくり、してって、ほしい、ぉ?」
軽く突っ込んだら、超泣きそうな顔をされた。
え、なに? 俺、悪者?
「コーシさん、可哀想じゃないですか」
「マゥルは泣き虫さんなのじゃ。必要以上に優しくしてやってくれはせんかのぅ?」
「胸のない女子にはとことん非道になれる。それがコーシという男なのね」
「んなことねぇわ!」
「ア、アッチの胸は……どう、でしか? 優しくしてくれるでしか!?」
「真に受けるな、カチヤ!」
「ほにゃぁ!? ごめんなさいでし! そこそこしかないから、そこそこ厳しいでし!」
「そんなことねぇって!」
いかん。
カチヤは素直過ぎる。
……スティナのそばに置いておくのはやめよう。
「なんか、賑やかで楽しいぉ。嬉しいぉ」
いつの間にか、マゥルがにこにこ顔に戻っていた。
「あの娘も随分と単純なのじゃ。深く考えずに、優しく、楽しく接してやってくれると、ワシも嬉しいのじゃ」
本当に妖精みたいな生き物なんだな、マゥルは。
「分かったよ。マゥル」
「なにぉ?」
「さっきは大きな声を出して悪かったな」
「……さっきぉ?」
「いや、ほら、『ゆっくり見させる気ねぇだろ!?』って」
「………………………………ぉ?」
こいつ、……マジか?
「ちょっと……自由な娘なのじゃ」
「へぇ、『ちょっと』ねぇ」
寛大だな、ニコは。
まぁ、別にいやな感じはしないからいいけどな。
「……はっ! もしかして……おっきぃ声出したと思いこんじゃう病ぉ?」
「そんな病気があるか!?」
「あるぉ! お薬もあるぉ! たっぷりのお湯で飲んでぉ。あとは早く帰ってゆっくり寝てぉ。バイバイぉ」
「だから追い返すなって!?」
「じゃあ、一生ここにいてくれるぉ?」
「極端!? もうちょっといい感じのところで手を打とうぜ!」
「いい感じ……………………一生いてくれると、嬉しいぉ?」
「ダメだ! この娘には常識の物差しが通用しない!」
自由奔放過ぎる不思議少女に完全降伏、お手上げ状態だ。
「いいな、いいなぁ。コーシさん、マゥルさんと仲良しさんで羨ましいですっ!」
体を左右に揺らして、エルセが俺にまとわりついてくる。
あぁ、もう、ちょろちょろすんな!
「じゃあ、遊んでもらえよ」
「はい! マゥルさん、わたしとも遊んでくださ~い!」
「ごめんぉ。今お仕事中だから遊べないぉ」
「断られましたぁ!?」
あぁ……煩わしい。
「じゃあ『無ぇネジ3ダース病にかかってる』とでも言ってこい」
「そうですね。そういう話ならきっと乗ってくれ…………『無ぇネジ3ダース病』ってなんですか!? なんか物凄く嫌な病気ですけど!?」
大切なネジがそれくらいないんだよ、お前は。
自覚しろ。
「ごめんなさいね。騒がしい人しかいなくて」
「おい、歩く風評被害製造機! なにを一人だけ常識人ぶってんだ!?」
「薬を買いに来たのに、一向に話が進まないからよ」
それは、その通り過ぎて反論出来ないが……
「この小さな女の子に興味津々なコーシとは違うのよ」
「おいやめろ、その警察がすぐさま駆けつけてきそうなフレーズ!」
俺は別に幼い少女に興味津々な性癖を持ってはいない。
「好奇心は脇に置いて、薬の話を進めなさい」
「まぁ、スティナの言う通りだな」
「根掘り葉掘り聞くのも失礼ですもんね」
俺たちが反省したところで、ニコがこんな情報をもたらす。
「好奇心といえば、マゥルはグレイスの妹なんじゃよ」
「「「何それ、興味深ぁぁぁああいっ!」」」
このふわふわ不思議少女が、鬼神と恐れられる冒険者ギルド長の妹?
この世界、どうなっちゃってんの!?




