53話 コーシの悪癖、再び
「甘いわね」
「ぅおうっ!?」
袋詰めされた大量の箱と筒を受け取ると同時に背後から声がして、思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
振り返ると、スティナが立っていた。何かをもぐもぐ食べている。
「い、いたのか、スティナ」
「私、買い物とか好きじゃないから」
将来の夢に「引きこもり」と書きそうなスティナは、ショッピングを楽しむタイプの女子ではないのだろう。
ちゃんと防具とか買ってきたんだろうな?
のんきな顔で何かをもぐもぐしているところを見ると、望みは薄いが。
「急に甘いものが食べたくなったのよ。女子として、甘いものへの欲求には抗えないものでしょう?」
買い食いの言い訳のつもりか、おかしな持論を述べる。
いや、別に食えばいいけどさ、甘いものくらい。
「そんなに物欲しそうな顔をしないでくれるかしら?」
「いや、してねぇけど……」
「しょうがないわね。一つだけ分けてあげるわ」
そう言って、つまようじのようなピックで手に持った琥珀色のぷるぷるとした食べ物を一切れ突き刺し、俺の前へと持ってくる。
「美味しいわよ、生ホタテ」
「甘い物のベクトル違くないっ!?」
いや、甘いよ!?
甘いけどさ!
生のホタテなら、さぞ甘いだろうさ! でもさ! 違うじゃん!?
女子として欲するべきは、そういう甘さじゃないんじゃないかと、俺は思うんだけどなぁ!?
「ふゎわっ!? 『あ~ん』でし! アッチ、初めて見たでし!」
露店のネコ娘が妙に興奮して騒ぎ出す。
顔が真っ赤に染まっている。
「カ、カップルさんでし! 熱々でし! 生ホタテも焼けちゃうでし! ひゅーひゅー!」
「なっ!? バ、バカなことを言わないでくれるかしら!?」
「にゃー、ごめんなさいでし! バカなのにしゃべってごめんなさいでし!」
いや、違う。謝る方向性が違うぞ。
そして、照れ隠しに持ってるホタテを焼け食いしているそこのスティナよ。それ、俺にくれるんじゃないのかよ?
「カ、カップルさんじゃ、ないでし?」
「違うわ。世帯主と扶養家族よ!」
「それも違うな」
俺は、意地でもお前を扶養しない。
「まったく。こんな大切なねじが1ダースほど抜け落ちてるような娘に同情して散在するなんて……コーシは進歩がないわね、まったく」
「ものすげぇ足りてねぇな、ネジ。エルセ並みじゃねぇか」
「バカね。エルセは3ダースよ」
「それもう、ネジ止まってねぇだろ」
無ぇーネジ・3ダースかよ。
…………いや、カーネル・サンダースを文字ったギャグでな? 3ダースほどネジがないって言うから…………すまない。分かり難かったな。
「エルセはいわば、無ぇーネジ・3ダースよ」
「うわぁ、同じ感性の人がここにいたぁ」
そこはかとなくショックだわ。
「まぁ、だいたいの事情は、最初からデバガメ根性丸出しで盗み聞きしていたから理解しているけれど」
「はい、この中に一人、ゲスい女がいます」
盗み聞きしてんじゃねぇよ。
「ネコの獣人は、風のタリスマンを加工する一族だったはずよね? それがなぜおでんと氷を売っているのかしら?」
「風のタリスマン?」
「風の魔力が込められたお守りのことよ。素早さなんかが上昇する装飾品になるわ」
なにそれ、すげぇ欲しい! 少なくとも水とおでんより遥かに!
「……実は、風のタリスマンの販売は」
ネコ娘の耳がぺたんと寝てしまう。うな垂れて肩を落とし、ヒゲがしんなりと垂れ下がる。
何か事情がありそうだ。
「なぁ。もし何か悩みがあるなら詳しく聞かせて……」
今にも泣き出しそうなネコ娘に声をかけようとしたのだが、横から割り込んできた声がそれを邪魔した。
「おい、カチヤ! 商品が売れたみてぇだな?」
野太いドラ声を上げて近付いてきたのは、腰に大きな箱をぶら下げたブルドッグの顔をした獣人だった。
あの箱、歩くのに邪魔そうだな。三段のカラーボックスくらいのサイズがある。
「……ウセロ、さん」
カチヤと呼ばれた露店のネコ娘が、目に見えて怯え出す。
このウセロとかいうイヌ顔のことが怖いのだろう。
「物が売れたら、オレに上納金を支払う、そういう約束だよな?」
「あ、あれはっ、風のタリスマンが売れたらって……」
「誰がいつそんなこと言った!? あぁ!?」
噛みつきそうな勢いで吠え立てるウセロ。
カチヤは条件反射のように身を縮め、頭を抱えた。
……なるほど。そういうことか。
「風のタリスマンが売れない理由、はっきりしたわね」
「だな」
「……で? どうするつもりかしら?」
「わざわざ聞くか?」
この状況を見て、俺が取る選択肢なんか一つだろうに。
「あのカチヤって娘がとても強かで計算高い女で、いかにも悪人面のウセロが正しい可能性はゼロなワケ?」
「まぁ、そういう可能性もあるんだろうが……」
ホント、いつか思いっきり叱ってもらわなければいけないかもしれないけれど。
「泣いてる美少女に騙されるのは、俺の宿命みたいなもんだから」
俺は大岡越前でもなければホームズでもない。
正しい判断も出来ないし、真実を見抜く目も持っていない。
出来ることと言えば、今目の前で泣きそうになっている女の子の涙を止めてやることくらいだ。
「よくもまぁ、ドヤ顔でそんなことが言えたものね……」
ため息を吐きながらも、スティナは俺の隣に並んでくれた。
「力を貸すわ。やっぱり、あなたを野放しにはしない方がよさそうね。それが分かっただけでも、勉強になったと思うわ」
「はは、悪いな」
「反省の色はまったく見られないのだけれど」
軽く脇腹を小突かれて、ちょっとだけ息が詰まる。
これくらいの制裁は甘んじて受けるさ。
さて……
「勝算はないぞ」
「期待してないわ」
「それじゃまぁ……」
「えぇ。吹っかけてきなさい……くだらないケンカを」
スティナに背中を押されて、俺はウセロに向かって言い放つ。
「ちょっと待てぇ~い!」
こうしてまた、俺は面倒ごとに自ら首を突っ込んでしまったのだった。




