52話 ネコの店主
一人になって市場を散策する。
結局一人なんじゃねぇか。……ったく。
女子なら買い物をもっとエンジョイしろってんだ。
…………あ、そういえば、趣味の買い物に付き合わされるのを女子は嫌うって、WEBのニュースに書いてあったっけな……う~む。
まぁ、一人になったんだから、時間を気にせずじっくりと商品を見定めよう。
手持ちが5千Mbになっちまったから、ローブなんて高価な物は買えないだろうし、まぁ、毒とかしびれとか、そういう耐性の付与された魔法的な装飾品でもあればそいつを手に入れるとしよう。
出来れば、エルセの分も買っておきたいところだ。あいつは絶対ろくな物を買わないから。あぁ、絶対にな。
冒険者カードを握りしめ、人でごった返す広場をうろつく。
道いっぱいに露天商が店を出し、広場は統一感のない総合ストアの様相を呈している。
肌着の隣で焼き鳥を売っていたりと、なかなかカオスだ。
「お、兄ちゃん! どうだい一つ?」
威勢のいい焼鳥屋のオッサンに声をかけられる。
「このパンツなんかおすすめだよ!」
……違った。肌着屋のオッサンだった。
オッサンのおすすめパンツなんか履けるか!
どの店も盛況で、この街の経済は安定しているのだなとちょっと安心出来る。
荒んでる街は怖いからな。
まぁ、ギルド長があのグレイスだ。悪党どもが跋扈するようなことにはならないんだろう、この街では。
と、一人でぷらぷら歩いていると、一箇所だけ、ぽっかりと空いたスペースがあった。
どの店も混み合っているというのに、その露店の前には誰ひとり客がいない。
人気のない店なのか? 何を売っているんだ?
なんとなく気になって、俺はそのガラガラの店を覗いてみた。
「あ……、お、お客、さん……でし?」
俺が近付くと、店主らしき少女は大きな目をまんまるく見開いて、なんだか少し泣きそうな表情を見せた。……そんなに客が来なかったのかよ?
「随分と空いてるな」
「はぅっ! 空いててごめんなさいでしっ!」
「いや、謝るなよ」
「謝ってごめんなさいでしっ!」
あ……この娘、ちょっとめんどくさい。
この店の店主は、女の子である。――と、いうことは声やしぐさで分かるのだが……あとまぁ、体付きも女の子っぽいと言えばそうか……だが、ぱっと見ではちょっと分からないかもしれない。
というのも、この少女――顔がネコなのだ。いや、体もネコだ。手には肉球も付いている。……前足なのかもしれないが。
とにかく、どっからどう見てもネコなのだ。服を着たネコ。……胸は少し膨らんでいるので、体が完全にネコなのではなく、多少は人間っぽい作りになっていると推測される。
「あ、あの……アッチ、何か変でしか?」
言いながら自分を指しているところを見ると、『アッチ』ってのは一人称なのだろう。
「いや、悪い。実はまだこの街に慣れてなくてさ」
この街には獣人がたくさんいる。
この街に来てすぐにリザードマンとかを見てるしな。こういう子がいても不思議ではないのだが、よくよく考えるとどうなってるんだろうなぁ、っと思ってしまっただけだ。
「ア、アッチは昔からこの街に住んでてごめんなさいでしっ!」
「だから、謝んなって」
「謝ってごめんなさいでしっ!」
「悪い……二の轍を踏んでしまった」
難しい相手だな、このネコ娘。
「それで、ここは何を売っているんだ?」
「はいっ! 氷とおでんでし!」
……びみょー。
「あっ、た、ただの氷じゃないでしよ! 絶対零度の氷でし!」
「絶対零度?」
少し興味を引かれた。
露店には、細長い筒と、立方体の箱が置かれている。
その筒の方を指さして、ネコ娘は鼻の下にあるぷっくりしたところを自慢げにひくつかせる。
「これはアッチの弟が北の北の山の山頂まで行って取ってきた氷なんでし! 北の北の山の山頂には、千年もの間ずっと吹雪が吹き荒れていて、そこの氷は溶けたことがないんでし!」
「へぇ、そんなところがあるのか」
そこの氷が、この筒の中に入っているんだな……と、筒を持ち上げると――ちゃぷん――という音がした。
「ただ……持って帰ってくるまでに溶けちゃったんでし……」
「えっ、アホなの!?」
絶対溶けない氷なんじゃなくて、氷が溶けない環境なだけじゃねぇか!
じゃあ、これは普通の水だね!?
「つまり、水とおでんが売ってるんだな?」
「絶対零度の氷と、灼熱のおでんでし!」
「なんだよ、その物騒な名前のおでんは……」
「ふっふっふっ……よくぞ聞いてくれたでし」
ネコ娘が、得意げに髭をピコピコと揺らす。
「これは、アッチらの祖母が生まれた街に古くから伝わる究極の料理で、魚をすり潰して白っぽいふわふわっとした美味しい感じの塊のヤツを……」
「『ハンペン』だな」
「…………ん?」
「それを、俺たちは『ハンペン』と呼んでいる」
「…………そのハンペンを煮込み煮込んだおでんなのでし!」
乗っかったねぇ!
名前がないと言いにくいもんな!
つか、名前くらいつけとけよ、発案者!
「まぁ、おでんのハンペンは熱いからな。『灼熱』ってのは言い過ぎだと思うけど」
「最高温度7千度でし」
「えっ、バカなの!?」
そんなもん食えるか!
つうか、よそうことすら不可能だわ!
……いや、待てよ。その灼熱のおでんを入れているこの箱!
こいつはもしかして7千度の温度に耐えうる、耐熱の器なのか!?
「ただ……持って帰ってくるまでに冷めちゃったんでし……」
「お前ら、もう商売やめちまえよ!」
「アッチの妹が頑張って取りに行ったというでしのにっ!?」
涙ながらに訴えかけてくるネコ娘。
あぁ……こりゃ客が来ないのも納得だわ。
俺も別の店に行こうっと。
「あ、あのっ! せめて、一つでも買ってくれませんでしか!?」
「いや、いらないし……」
と、ネコ娘の顔を見て、俺は後悔した。
「あ、あの……ごめんなさい……でも、…………ひとつだけでも…………」
ネコ娘が泣いていた。
ぼろぼろと、大粒の涙が音もなく零れ落ちていた。
……あぁ。またか。またなのかよ、俺。
「……何か、ワケありなのか?」
「は……はい……あの、お客さんにこんなこと言うのは、ちょっとどうかと思うでしけど…………実は、弟が病気で……薬を買うお金だけでも、なんとしてでも……稼ぎたくて…………あの…………ごめんなさいでし……」
溢れる涙を拭い、ネコ娘が鼻をぐじゅぐじゅ言わせる。
薬、ね……
「弟の病気って、悪いのか?」
「はい…………熱が、下がらなくて」
見た感じ、このネコ娘でさえ俺と同じか少し年下に見える。
その弟なら、きっと幼い子供なのだろう。
熱が下がらなきゃ……体力的に命にも関わる、か。
「分かったよ。水とハンペン、一個ずつくれ」
「ホントでしか!? 絶対零度の氷と灼熱のおでんを一つずつ買ってくれるでしか!?」
譲らねぇなぁ、こいつ。
まぁ、名前なんかなんでもいいけどさ。
「どちらも一つ500Mbでし! 合わせて1000Mbでし! ありがとうございますでし!」
いそいそと、商品を包むネコ娘。
耳がぴくぴくと動いて上機嫌に見える。本当に、売れなかったんだろうなぁ。
「なぁ、薬っていくらくらいするもんなんだ?」
「1000Mbでし! お客さんのおかげでお薬買えるでし! 感謝でし! 嬉しいでし!」
満面の笑みだ。
目尻に光るものが浮かんでいる。
これ、きっとあれだろうな……うん、たぶんそうだ。
…………これは、いいよな? 騙されたわけじゃないし…………また、呆れられるかもしれないけれど……
「なぁ」
「はいでし!」
「やっぱ、これ、五つずつくれるか」
「…………へ?」
「俺、仲間がいるんだよ。そいつらの分と……」
それだと四つになるから……
「……ほ、保存用に、もう一個ずつ」
く、苦しいか……でもまぁ、いいだろう。
「え、で、でも……そうなると、お会計が、5千Mbになっちゃうでしけど……?」
「ん。じゃあ、精算してくれ」
冒険者カードを、魔法的な電子パネルにかざす。
シャリーンという軽快な音と共に俺の口座から5千Mbが引き落とされた。
「薬を飲む前には、何か食っておいた方がいいぞ」
「え?」
心なしか、軽くなった気がする冒険者カードを懐にしまう。
「頑張った弟と妹に、なんか美味いもんでも買って帰ってやれよ」
「お客さん……」
まぁ、このおでんを食わせるって手も、あるんだろうけどな。
たまには贅沢をしてもいいだろう。
「お客さんは、優しい人でしね」
そうやって、少しくすぐったそうに笑うネコ娘の顔は、まぁまぁ見れたもので、5千Mbくらいの価値はあったんじゃないかって、俺には思えた。




