34話 ニコのために
「魔獣の魔力を体内に取り込むことが出来るのじゃ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………のじゃっ」
「…………」
「……じゃよ?」
どうやら、話はそこで終わりらしい。
ゆっくり語り出した割に、話、短っ!?
「つまり、もふらの毒袋は魔力の塊だから、それを体内に取り込みたいと、そういうわけか?」
「そうなのじゃ! さすがに、もふらの肝を食べるのは可哀想じゃからな」
「ポン酢もないものね」
「ちょっと黙ってろ、スティナ」
魔獣の肝を食べると言っていたニコだが……なるほど、魔獣の魔力を体内に取り込むことが出来るのか。
「そうすれば、魔力の枯渇はなくなるのか?」
「なくなりはせんけど……だいぶマシにはなるのじゃ」
今は、数時間でシワシワになってしまう。
俺たちをダシに使ってでも、それで心を痛めようとも、ニコが欲しがるわけだ。
「いいんじゃないか。それでニコが楽になるなら」
「コーしゃま!?」
「よいのか、コーシよ?」
待ったをかけたのは、グレイスだった。
真剣な顔でこちらを見ている。
「七十九万Mbを失うことになるのだぞ?」
「一千万積んだってニコの体質は治せないんだろ? なら、七十九万で緩和されるならお買い得じゃねぇか」
「完全には治らんのだぞ?」
「マシになるだけでも救われることはある」
「そなたには、何の益もないのだぞ?」
「そんなことねぇさ」
俺が得る利益なら、きちんとある。
「ニコが喜ぶなら、それで十分だ」
「コーしゃま……っ!」
ニコが声を詰まらせる。
その頭をぽんぽんと撫でてやる。
「金には代えられないものが、あるだろ。世の中には」
「コーしゃまっ!」
ニコが俺の腰に飛びついてくる。
のぉーっと! 毒袋! 毒袋がぽいんぽいん当たってるからっ! 怖いから!
「コーシさん、もしかして……」
エルセは、いつもよりも少し真面目な顔をして、俺の顔を真っ直ぐに見つめている。
「マスターカードのCM狙ってます?」
「狙ってるか!」
お前の真面目フェイス、使いどころ間違ってるよ!
『お金で買えない価値がある』とか、どんなに言ってもCM来ないから!
「……大した男だな、そなたは」
半ば呆れたように、グレイスが嘆息する。
そして、エルセとスティナに視線を向けた。
「そちらの二人は、それでよいのか?」
「構わないわ」
ソファの背もたれに、溶け込もうとしているかのようにもたれかかりながらスティナが言う。
「ニコの体質が改善された方が、私は扶養してもらいやすくなるもの」
「お前の判断基準、どうしようもねぇな」
「いつまでも健康でいてね、コーシ」
「このタイミングで言われると寒気しかしねぇな、その言葉」
見える……アラフォーになってもすねをかじり続けるスティナの未来が……
「わたしもそれでいいです」
小さく手を上げ、何も考えていなそうな顔でエルセが言う。
「ワタシ、ニコさん好きですし。それに、コーシさんって困ってる女の子を放っておけない人ですし。だからたぶん、わたしたちの選択肢は一個しかないんです」
にっこりと笑って、エルセは断言する。
「みんなが幸せになる道を選ぶか、どんな道を行ってもみんなで幸せになれるよう頑張るか!」
……選択肢、二個あったな
どうしてお前はここ一番でビシッと決められないのか……
「ようするに、満場一致というわけか」
「はい! この世には、お金で買えない価値があるんです! ……チラ」
「マスターカードのCM狙ってんじゃねぇよ! 見てねぇよ、広報の人とか!」
結局のところ、反対する者などいないのだ。
それは、なんとなくだが、最初から分かっていたことのように思える。
いい仲間――なのかもしれないな、この連中は。まぁ、性格に難があり過ぎるからまだ保留だけどな。
「分かった。では報酬は魔獣の毒袋と一万Mbだ。お金は四等分して各々の口座に振り込んでおく」
「よかったですね、ニコさん!」
「これからガシガシ稼いで、私を養ってちょうだい」
「ありがとうなのじゃ、みんな!」
女子三人が抱き合って喜ぶ…………かと思いきや、スティナはソファに埋もれたまま動かない。……あいつ、友達出来ないタイプだな。
「大した連中だな」
ぼそりと呟かれたグレイスの言葉が、なんとなくくすぐったかった。
「もふらの食費だけでも、月に二十万Mbはかかりそうだというのに」
グレイスの呟きに、――世界が、停止した。
……うん。そのこと、すっかり忘れてた。
「あ、あのぉ……ギルド長さん…………」
ぬるりと、エルセがグレイスへと近付く。
「毒袋半分返すので、四十万Mbほどいただくわけには……」
「もう報酬は決定された。今からの変更は無理だ」
「…………」
青い顔をして、エルセがこちらを向く。
目を、逸らしたい。
……だが、そういうわけにもいかない。
しょうがない。俺たちが満場一致で選んだ結果だ。ちゃんと受け止めるしかないだろう。
なので……
「グレイス」
俺は、グレイスに向かって言葉を投げる。
「なんか、お金になるクエスト、ない?」
あ、俺冒険者になったんだなって、こんなタイミングで思った。