19話 西門にて
シムの街の西門は、上級冒険者が利用する門として知られている。
門を出てすぐにアンデッドの徘徊する『冒険者の墓場』があるらしい。……そんなところで眠りたくねぇな。死んでからも落ち着かねぇよ。
「帰れ帰れ! ここは初心者の来るような場所じゃねぇぞ!」
まぁ、そんなわけで、俺やエルセのように冒険者になりたての者が門番に冒険者カードを提示すると、このようにドヤされてしまうわけだ。
……この門番め。ゴリラみたいな顔してるくせに、偉そうな。
「このゴリラみたいな門番、ちょっと偉そうですよね」
「だから、声に出すなよ!」
なんでお前の言葉は喉やら唇を顔パスで悠々通過しちゃうんだよ!?
ほら見ろ、ゴリラみたいな門番・ゴリ番がすげぇ怖い顔でこっち睨んでんじゃねぇか。
「イスメーネ学院を卒業したシスターの私にも、そのような口を利くのかしら?」
スティナが胸を張って自身の冒険者カードをゴリ番に見せる。
――と、ゴリ番は冒険者カードを見た直後「ヒィッ!」と、腐りきっているソレを放り投げた。
誰も彼も、咄嗟に取る反応は同じなんだなぁ。
「とにかく、お前らみたいな新米冒険者のパーティを通すわけにはいかん! 帰れ帰れ!」
ゴリ番が自分の手を服で拭いながら吠える。……ばっちぃもん触ったからな。拭きたくもなるよな。
「まったく話が通じないわね、あのゴリラ。ゴリラだからかしら?」
整った顔に殺意を滲ませながら、スティナが冒険者カードを拾い上げ、画面をタッチして何かし始める。
そっと覗き込むと、『西門のゴリラ門番。恨みレベル7。下の中程度の仕返しが妥当』と書き込まれていた。
「怖ぇよ!」
「ちょっと! 人の恨み帖を盗み見ないでくれるかしら? 恨むわよ?」
って言いながら何かしらの文字を打ち込むな! それ確実に俺の名前じゃん!?
というか、メモ機能までついてるのか冒険者カード。いよいよスマホだな。
「しょうがないですね。ここはわたしが裸になりましょう!」
「『一肌脱ぐ』な」
ここで服を脱ぎ始めたら殴ってでも止めてやらなきゃな。
なんかもう、飼い主の気分だ。躾とか大変そうだな……
なんだか自信たっぷりに言って、エルセはゴリ番の前へと進み出る。
そして、ディベート大会USA代表のような堂々とした態度でゴリ番へ言葉を投げかけた。
「ウッホ、ウッホ、ウッホホッホ!」
「通訳とかいらないからっ!」
『言葉が通じない』を本当に素直な意味で捉えてんじゃねぇよ!
会話が成り立ってたの、ちゃんと見てたよね!?
「な、なんか……めっちゃ怖い顔で睨まれました……」
ゴリ番に一睨みされて、すごすごと退散してきたエルセ。背を丸め、小さくなってぷるぷる震えている。
……あぁ。もうすでに分かりきっていたつもりだけどまだまだ甘かったな……こいつは、俺の想像を上回る残念な娘だ。
「おそらくだけれど、可愛さが足りなかったのではないかしら? エルセの可愛さをもっと前面に押し出せば、あんなゴリラ、イチコロだと思うわ」
「そうですねっ! わたしの可愛さがあれば、あんなゴリラくらい……行ってきますっ!」
スティナの言葉に、小さくなっていたエルセが再び立ち上がり、勇ましい足取りでゴリ番の前へと再び進み出る。
「うっほ~ん☆」
ゴリラが真顔でエルセの頭を叩いた。
「ぼ……暴力を振るわれたです……『PTA』と『BPO』と『JARO』にクレーム入れてやりたいですぅ……!」
「おぉ、よしよし。可哀想にのぅ……」
ニコの胸で子供のように泣き崩れるエルセ。
そして、俺の隣で盛大に肩を震わせているスティナ……こいつ、悪魔か。
あとな、エルセ。その三者、どこもクレーム受け付けてくれないから。
「くだらん遊びは他所でやれ! 冒険者は、そんなおふざけで出来るような生易しいものじゃねぇんだぞ!」
ゴリ番、本気の怒号が飛ぶ。
エルセはすっかり小さくなり、スティナは不機嫌そうに冒険者カードをいじくっていた。……恨みレベル上がったんだろうな。
そして、俺たちの中で一番小さく、怖いおじさんに怒鳴られたらすぐに泣いてしまいそうなニコはというと……
「まぁまぁ、門番よ。そうカッカするでない。ほれ、エルセが泣いてしもぅたじゃろうが、可哀想に」
幼い子をあやすような口調でゴリ番に話しかけていた。
「なんだその小さくておっぱいだけが『カモンベイベー!』な少女は? この娘もお前たちのパーティなのか?」
ゴリ番が俺に尋ねてくる。
なんで俺に聞くんだよという疑問の前に『カモンベイベー』の説明を要求したいね。
「ニコさんはウチの大切な『カモンベイベー』です! そんな目で見てもあげないですよっ!」
ゴリ番に泣かされたエルセが敵意剥き出しで噛みつく。……が、『カモンベイベー』を流用すんじゃねぇよ。流行らそうとしてんの、もしかして?
そんな風に噛みついたら、また怒鳴られるぞ……と、思ったのだが。
「ニ……ニコ…………って、まさか……」
ゴリ番の顔色が青を通り越して土気色になっていく。
冷汗がダラダラ流れて、ゴリ番の顔が真夏のビールジョッキみたいになっている。
「だ、大魔法使い、ニコラコプールールー様であられますかっ!?」
なんかめっちゃ敬われてるっ!?
「まぁ、その通りじゃが、『様』はやめてほしいのじゃ。首筋が痒くてしかたないわぃ」
そう言って、「ほれ、証拠じゃ」と、ニコが冒険者カードをゴリ番に見せた。
途端、ゴリ番が地面にひれ伏した。
「失礼をいたしましたっ! どうぞ! お通りください!」
俺たち揃って、ぽかーん……
「コーしゃまっ。通ってもよぃみたいじゃぞ。さぁ、一緒に門を通るのじゃ……その、手とか、繋いでくれると、ワシ、嬉しいのじゃっ、……なんてのっ。きゃっ☆」
「はい……繋がせていただきます」
俺は、もしかしたらとんでもないヤツをパーティに入れちまったのかもしれない。
なんというか、タメ口で話してた大人しそうなクラスメイトが、実は暴走族の総長の弟だった……みたいな、得体の知れないドキドキ感が心臓に物凄い負荷をかけている。
えっと…………今から、敬語でしゃべった方がいいのかな、俺?
「もぅ、コーしゃまっ。今まで通り、ワシと、その……し、親しく接してほしいのじゃっ」
可愛らしく拗ねて照れる様は、まさしくニコなのだが…………どうしたもんかなぁ。
個人的に大きな議題を残しつつ、俺たちは西の門を通過して冒険者の墓場を目指した。




