17話 その者、乙女につき
シスターとは、治癒・浄化に特化した治癒師の上位ジョブらしい。
ただし、シスターになるためには五年に及ぶ長い修行を積む必要があり、修業期間中は外の世界とは隔離されたイスメーネ学院で過ごし、外界との接触は一切遮断される。
当然、男子禁制。
イスメーネ学院の内情は関係者を除いて誰も知らない。
「シスターとは、聖女を目指す淑女たちであり、淑女とはあまねく女性の手本となるべき完璧なる存在でなければいけないの。そのために、イスメーネ学院ではありとあらゆる場面を想定したシミュレーションを行い、女性としての美しさ、内面の強さ、純潔さを高めていくのよ」
そのシミュレーションの内容は――
「エッカルト様のようなイケメンが『たとえ明日世界が終わるとしても……君がそばにいてくれれば俺はそれで構わない』とか、きゅんきゅんする甘い言葉を浴びせかけてくる中で心を乱すことなく正しい選択を積み重ねていかなければいけないという恐ろしい修行なのよ」
――完全に乙女ゲームだった。
こいつ個人が勝手にハマってやり込んでいたのではなく、修行場すべてがそういう空気だったらしい……今すぐ廃止しろよ、その残念乙女製造機関。
ニコの家でテーブルを囲む俺たち。
自己紹介も兼ねてみんなでお茶を飲んでいるのだが……なんであるの、乙女ゲー?
ここ、ファンタジーな異世界じゃないの?
「高位な魔導士が魔力をいじくって映像やプログラムを生み出しておるからのぅ。ほれ、冒険者カードなんかの原理を作った連中じゃよ。そやつらが、その手のものも作っておるのじゃろぅ。まぁ、ワシは興味ないがの」
魔法的プログラマーが存在するようだ。
あくまで、『魔法的な』な!
「イスメーネ学院には、入学の際に必ず通る長く険しい道があるの。その通路の壁一面に、エッカルト様をはじめとするありとあらゆる見目麗しい男子のイラストが張り巡らされていて……その通路を通過してイスメーネ学院にたどり着いた淑女は自然と入学に相応しい精神を身に付けているのよ」
「そこか!? いたいけな少女たちを漏れなく腐らせている魔の空間は!?」
「私たちはその通路を『乙女ロード』と呼んでいたわ」
「なんだろう、このまったく嬉しくもない奇妙な一致!?」
やっぱりブクロ系乙女なのか、お前は。
「スティナさん。もしよければステータスを見せてもらえませんか?」
人懐っこく、エルセがスティナに身を寄せる。
「上位職業の人のステータスがどんなものなのか、わたし、気になりますっ!」
尻尾でも生えていれば、確実にぱたぱたしていたであろう勢いだ。
スティナも、若干身を引きつつもすんなりと冒険者カードを差し出していた。
喜色満面で冒険者カードを受け取り、ぽぽんっと画面をタッチするエルセ。
そして……
「ひぃっ!?」
短い悲鳴を上げて、スティナの冒険者カードをテーブルへと投げ捨てた。
「ちょっ!? 何をするのかしら、人の冒険者カードに」
「だ、だって……そ、それ……」
オカルト画像を見た子供のように、震える指でスティナの冒険者カードを指すエルセ。
一体何が映っていたってんだ?
投げ捨てられた冒険者カードを拾い上げ、その画面を覗き込む。
『 名前 :スティナ
職業:シスター
レベル:腐
HP:腐
MP:腐
力:腐
体力:腐
知能:激腐
素早さ:腐
幸運:腐 』
腐ってるっ!?
なんだ、知能の『激腐』って!?
こいつか!?
こいつが周りのステータスも腐らせやがったのか!?
腐ったミカンは周りのミカンまでもを腐らせるっていうアレか!?
「十二になる頃には、すでにこうなっていたわ」
「だったら、改善しようとかそういう努力をしろよ……」
「周りの候補生たちもみんなこうだったわ」
「もう取り壊せって、その学院!」
早くしないと、これからもどんどん量産されていくことになるぞ……量産されていくんだろうなぁ…………
「なら、そこの、えっと……デュマピエールだったかしら?」
「エルセですよ!?」
どっから出てきた、デュマピエール!?
「冒険者カードを見せなさい」
「わたしのは普通ですよ。いや、むしろ可愛いですっ!」
あいつ、なんであのステータスで人に自慢出来るんだろう?
眉毛一つ動かさず、スティナはエルセから冒険者カードを受け取り、そして――
自分の冒険者カードを、画面と画面が重なるようにエルセの冒険者カードに重ねた。
「にょはぁぁああっ!? やめてくださいっ! 腐るじゃないですかっ!? 腐敗が伝染っちゃうじゃないですかっ!?」
両手をぱたぱた振り回すエルセを冷ややかな目で見て「ふん……」と鼻を鳴らすスティナ。
こいつ……えげつねぇ。
「あなたが先に失礼な発言をしたからよ。私、『どんな小さな恨みも絶対に忘れない』をモットーにしているの」
イヤなモットーだな、おい。
気に入らないことをされても無表情で、しかし粛々と恨みを晴らす。
こいつだけは敵に回したくないな……
「どうせあなたのステータスも大したことは………………」
エルセの冒険者カードを見て、スティナの動きが止まる。
そして、優しくエルセを抱きしめた。
「………………エルセ。私は、あなたの味方よ」
同情したねぇ!?
これでもかというくらい同情してるね!?
恨みには眉一つ動かさなかったスティナが、なんだか慈しむような表情をさらしている。
くっそ。こうしてみると、スティナがちょっとシスターに見えるじゃねぇか!?
なんで優しくされているのか理解していないのは本人だけだろう。
抱きしめられながら、こちらへチラッチラッと視線を寄越してくる。
いいんだよ、お前は。そんな難しいこと考えなくて。どうせ無理なんだから。
「とにかく。私は、この可哀想なエルセを守りつつ、あなたたちと冒険をするわ」
「なんか保護されてますよ、わたし!? 扶養希望のニートに!?」
いいんだって。守られとけって。
「外で修業をして、聖女になってイスメーネ学院に戻る。そのために、あなたたちには協力をしてもらうわ」
「ふむ。構わんのじゃ。ワシも、是が非でも手に入れたいものがあるしの。旅は道連れ、助け合ぅてみなの望みを叶えるのじゃっ」
「え、あ、いや、ごめんなさい。私は、他人のために何かをするのは御免だわ」
「助け合えよ!?」
なに、自分ばっかり助けてもらおうと思ってんだ!?
「……じゃあ行かないわ。ちょうど住みやすそうな家に上がり込めたし、ここでコーシに扶養してもらいつつ自堕落に生涯を閉じることにするわ」
「おぉいっ!? なに勝手なこと言ってんの、他人の家で、他人の財布当てにして!?」
スティナがテーブルに突っ伏して、ぐでぐでと無脊椎動物に退化していく。
……あぁ、『人類の進化過程における悪い例』が今目の前にいる。退化してんじゃねぇよ。
「可愛いエルセちゃん、ご飯食べさせて」
「ほわっ!? わたし可愛いですか!? どうしましょう、コーシさん! スティナさんが、話の分かる人に見えてきました!?」
「それ錯覚だから今すぐ目を覚ませ」
テーブルに突っ伏してうにうにと蠢く無脊椎動物スティナ。
こいつをなんとかしなきゃな。可及的速やかに。
「お前、聖女になってイスメーネ学院に帰るんだろ? ここで投げ出していいのかよ?」
「コーシが扶養してくれるって言ったから、もういいわ」
「言ってないけどね!?」
こいつ……マジでやる気をなくしてやがる。
「コーしゃま。ここは一つ、乙女の特効薬を試すのじゃ」
そんなことを言って、ニコが俺に授けてくれたのが『耳つぶ』というスキルだった。
……いや、スキルっていうか、『耳元で呟く』ってだけなんだが…………
「絶対大丈夫じゃ」とニコが自信満々に言うから、とりあえずやってみるが…………こんなもんで元気になるのか、本当に?
「スティナ」
テーブルの上で溶け始めているスティナの耳元に口を近付けて、囁くような声で呟く。
「一緒に頑張ろうぜ。俺も、力を貸してやるから」
「――っ!?」
んばっ!
……っと、スティナが耳を押さえて飛び起きる。
口を近付けた方の耳が真っ赤に染まっていた。頬も、薄く色づいている。
「なっ…………ふなっ…………なんて、不埒なことをっ!? は、恥を知りなさいっ!」
と、初対面で腰にしがみついてきた女に言われてもな……
「ま、まったく、信じられないわね。わ、分かったわよ。冒険に出ればいいんでしょう。出るわよ。また、こんな……ふ、不埒な真似をされたら堪らないもの。出てあげるわよ、あなたたちと一緒にね」
忙しなく髪を触り、不機嫌そうにスティナは言う。
さすがに、いきなり耳元で囁くってのは、やっぱ失礼だったんじゃないだろうか。
と、思っていると、スススッと一枚の紙が差し出された。
差出人は、スティナだ。
「つ…………次やる時は、このセリフでお願い」
めっちゃ気に入ってんじゃねぇかよ。
隣を見ると、「じゃろ?」と、得意満面のニコが俺に向かって親指を立てていた。
乙女って……よく分からんわ。




