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論外魔力の魔法使い  作者: 宮地拓海


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16話 新米シスター・スティナ

「だっ、誰だ、お前は!?」

「初対面の女性にいきなり名を問うとか……あなたには常識というものがないのかしら?」

「初対面の男の腰にしがみついてるヤツに言われたくはないわ!」


 突然現れた謎の女はなんとも冷え切った瞳で俺を見上げている。

 俺の腰にしがみつきながら。


 なんなんだこいつ?


「私の名は、スティナ。聖女イスメーネ様の教えに共感し、五年に及ぶシスターの修行を終えたばかりの新米シスターよ。見て分からないかしら?」

「それが分かるヤツ、俺の世界じゃ『ナントカの母』って呼ばれる特殊技能者くらいだから」


 スティナという、修行を終えたばかりらしいシスターは、美しく長い黒髪をたなびかせながらすっくと立ち上がる。

 そして、磨き上げられたダイアモンドのような澄んだ瞳で俺の顔を覗き込んできた。


「あなたは……、冒険者ね?」

「そうだけど?」

「しかも、お金が無くて特例クエストを受けて、そこでちょっと死にかけるようなピンチに陥ったにもかかわらずよく分からないままに命拾いをし、自分でも分からないうちに魔法使いになった……そんな顔をしているわね」

「怖ぇよ、お前!? 顔でそこまで分かるもん!?」


 こいつは占い師か何かか!?

 え、こっちのシスターってそんな感じなの?


「そして名前は…………ウッホ・バルボム!」

「セオ・コーシだ!」

「…………惜しいっ!」

「かすりもしてねぇわ!」


 誰がウッホ・バルボムだ!?


「一切謝罪する気はないけれど『ごめんなさい』という言葉を発しておくわ。微塵も悪いとは思っていないのだけれど」

「『ごめんなさい』以外の言葉を全部口にしていなければすんなり許せたんだけどな」


 まったく異世界ってのは、教育機関が完全マヒしてしまっているんじゃないだろうか。

 シスターの修行を五年も受けたのなら、もう少しまともな性格になっていてもよさそうなのに。


「あなたは、人が好さそうね……というより、困った人を放っておけないタイプ、かしら」


 突然、スティナがそんなことを言う。

 こいつ、本当に相手のことが分かるのか……


「そして、どうしようにもないレベルの脚フェチね」

「違うわっ!」


 ダメだ。こいつは完全にイメージでしゃべってやがる。

 ……誰が脚フェチそうな顔してるか!


 で、エルセ!

 お前はなんで太もも付近を荷物で隠してんだ?

 お前の脚なんぞ誰も見てねぇわ!


「ところで。あなたを、辛うじてギリギリのラインで私と同じ人間であると見込んでお願いがあるのだけれど」

「物を頼む態度って、誰かに教わる機会なかったのか、お前は!?」

「私を……殺してくれないかしら?」


 スティナのセリフに、その場の空気が固まった。


「……外の世界は、私にはつら過ぎるのよ…………」


 氷の彫刻のような、美しく整ったスティナの表情が歪む。

 透き通るような白い肌が、絶望感を一層強く漂わせている。


 ずっとシスターの修行をしてきたこいつが外の世界に出て、一体どんな苦痛を味わったというのか…………その表情からは、考えたくもないような悲惨な想像がいくらでも浮かんでくる。


「私は……」


 微かに震えるスティナの声は、消えかけのロウソクすらも揺らせないような、消え入りそうな弱々しさだった。


「…………働くのとか、まっぴらごめんなのっ」

「ニートかっ!?」

「今すぐ生まれ変わって、もう一度誰かに扶養されたいのっ!」

「夢と希望膨らむ新米パパママに、悪質なハズレを引かせるような真似やめてやれよ!」

「イスメーネ学院のように、決まった時間にご飯が出てきて、いつもお風呂に入れて、ちょっと泣き真似をすれば割とどんなわがままでもすんなり通るような環境に身を置いていたいの!」

「シスターの修行中に精神腐らせてどうすんだよ!?」

「私は今すぐ死にたいの! どうか、私を巻き添えに死んでちょうだい」

「イヤですけどっ!?」

「じゃあ、あなたを巻き添えに死ぬわ」

「それもお断りっ!」

「なによっ、あなた一人で死ぬ気!?」

「死なねぇんだよ、俺は!」

「絶対ですかぁ? 一生ですかぁ?」

「うっわ、ウッゼェこいつ!?」


 なんなんだ、こいつは一体!?


「……コーシさん、次から次へと変な人を引き寄せて……」


 おいエルセ。忘れてるのかもしれんが、エントリーナンバー1番はお前だからな?

 お前から始まった変な女ヒストリーだってこと、そのまっさらな脳みそに刻み込んどけな。


「目の前での浮気にも耐えるワシ……忍耐の女なのじゃ」

「勝手にへこむな! つか、このおかしな女の相手、誰か代わってくれねぇか!?」


 俺とスティナのやり取りを遠巻きに見つめるエルセとニコ。

 火の粉のかからない距離に避難してんじゃねぇよ。


「これを見てちょうだい……」


 そう言ってスティナに一枚の紙を手渡される。

 そこには――


 首を痛めたような格好をした爽やかなイケメンが白い前歯を「キラーン」と輝かせたイラストが描かれていた。斜め下の方に「永遠の王子エッカルト様( はぁと )このラブ永遠とわに」と書かれていた。


 …………うわぁ。


「……はっ!? 間違えたわ。見てほしいのはこっちよ」


 と、スティナが素早くエッカルト様のイラストを奪い去り、別の紙を手渡してくる。

 ……が、もう何も見たくねぇよ、俺。


「シスターの修了証明書よ。そこに記載されているとおり、シスターの修行は最長で五年。それ以降イスメーネ学院に留まることは出来ないわ。……もう、エッカルト様との甘い生活には戻れないの…………っ!」


 えっと……つまりなんですか?

 お前は、シスターの修行の場であるそのイスメーネ学院で、そのイケメンキャラエッカルト様とやらにハマり、自堕落に生活を送っていたわけか?


「ちなみに、このエッカルト様は、魔導プログラムにより生み出された偶像人物で、こちらの受け答えによって好感度が変動し、それにより会話の内容が変わるのよ」


 乙女ゲーだね、それ。もはや完全に。

 魔法の力を何に活用してくれてんだ、お前は。


 手渡された修了証明書に視線を落とすと、『シスターを教育する聖女へクラスアップするためには、イスメーネ学院の外で十年相当の修行をする必要がある』と書かれている。

 十年か……


「お前はラッキーなんじゃねぇの?」

「私が? 生きる目的も術も失った、この私が?」

「目的ならあるだろうが」


 俺は、スティナがエッカルト様とやらのイラストを大切そうにしまい込んだ胸元を指さして言う。


「そこに」

「…………おっぱい?」

「違うっ!」

「……変態ね」

「だから違うって!」


 こいつは、なんでこう、大切なところで察しが悪いのか!?


「好きなヤツに会うためなら、十年くらい頑張れんだろうがよ」

「じゅう……ねん?」

「十年外で修業して、聖女になればイスメーネ学院に戻れるんだろ? 教員として」

「あ……」


 イスメーネ学院に戻りたければ、生まれ変わるのではなく、正規のルートをたどればいい。


「好きなヤツだけを見つめて我武者羅に生きてみろよ。そうすりゃ、十年なんてあっと言う間に過ぎちまうよ」

「あなた…………」


 きゅっと……スティナの唇が結ばれる。


「……エッカルト様と、同じことを言うのね」


 えぇ……乙女ゲーのキャラと被ったの……


「顔は似ても似つかないけれど」

「悪かったな!」


 乙女ゲーのイケメンキャラに似たヤツなんかそうそういるかってんだ。


「けれど……エッカルト様と、同じ思考を持つ者がいるのなら……外の世界も、悪くないかもしれないわね」


 微かに微笑んで、俺を真っ直ぐに見つめてきた。


「私、頑張ってみるわ」

「おう」

「その代わり、あなたは私のそばにいてちょうだい」

「は?」

「だって、私をその気にさせた責任を取ってもらわなければいけないもの」

「え…………っと」


 ちらりと、エルセたちに視線を向けると。

「しょうがないですねぇ、コーシさんは」とか、「コーしゃまの好きにすればいいのじゃ。ワシはそれに従うのじゃ」みたいな視線を向けられた。

 なので。


「……分かったよ。よろしくな、スティナ」


 手を差し出して、スティナと握手を交わす。


「こちらこそ、よろしくね、ウッホ・バルボム」

「俺、それ違う!」


 セオ・コーシとしっかり名前を覚えさせて、スティナをパーティに迎え入れた。






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