11
次の朝、武尊は皆が学校に出るまで待って、ゆっくりと起きた。
嫌というほどいい天気で、朝日が眩しい。
武尊が台所まで行くと、静江は少し寂しそうな顔で出迎えてくれた。
「おはようございます。
遅くなって、すみません」
それでも、武尊の朝食はテーブルに用意してあり、静江に申し訳なく思った。
「すいません。昨夜は……」
「いいのよ。学生が泊まりに来ることも多いから、そういうトラブルもたまにあるしね」
「……」
「それに、恭介君が説明をしてくれたのよ」
「そうですか……」
広いと言っても一軒家だ。武尊たちの喧嘩の声は、神谷家に響いたことだろう。
「……それで、恭介は、元気に学校にいきました?」
「落ち込んではいたけれど、主人と行ったわ。
だから安心して」
武尊はほっとして朝食を食べ始めた。
そんな武尊を、静江は静かに見つめていた。
その後、武尊は縁側に座って庭をずっと眺めていた。
随分とのんびりさせてもらったけれど、明日綾香さんに、母親の故郷に連れて行ってもらったら、岡山に帰ろう。
そして、もう二度と恭介と関わらずに生きていこう。
それが一番いいに違いない。
武尊は改めてそう思った。
紅葉が風に飛ばされて、一枚、また一枚と宙を舞っていた。
「おおい、武尊」
ぼんやりしていた武尊に、泰蔵が声をかけた。
「今日、近くの集会所で剣道の練習があるんだが、手伝ってくれんかな」
「いいですけど、道着も何も持って来ていないんですけど」
「修のがあるから、それを使ってくれ。静江に用意をさせておく」
「ありがとうございます」
四時ぐらいから、武尊と泰蔵は歩いて駅の近くの集会所へ行った。
入口にはいろいろなサークルのポスターが貼ってあり、その中の一つに剣道生徒募集中と書いてあった。
中は道場ではなくて、普通の文化サークルが使っているような部屋だ。
物部家で道場に慣れていた武尊は、こんなところでも教室をするんだと意外に思った。
「神谷家が教えているんですか?」
「昔はそうだったが、わしも年をとったからな。
今は代表を別の者に任せているよ」
「修さんはしないんですか?」
「修もなかなか忙しくてな。
いずれは代表をしてくれるかも知れないが、今は無理だろう。
今日は一人指導者が来れなくなってな。それで武尊君に頼んだんだよ」
「だけど俺、あんまり強くないですよ」
「今日は低学年が中心だから、心配ない。
上手さよりも、元気に走り回る子どもらを追いかける方がありがたいんじゃ」
それなら、物部家でしていたことと同じようだ。
武尊は少し安心した。
武尊と泰蔵の準備が終わった頃、子どもたちが明るい声で教室に入ってくる。
人数は十人ぐらいで多くはないが、一気ににぎやかになった。
泰蔵を中心に稽古が始まる。
礼、準備運動、素振りと子どもたちの明るい声が響いた。
面をつけるときには、まだ一人でつけられない子の手伝いをする。
子どもたちは礼儀正しくお礼を言ってくれるので、武尊はなんだかくすぐったい気持ちになった。
終始賑やかな稽古中は、武尊も他のことは考えられなかった。
「こんなところで剣道教室をしてるなんて驚いた」
「まあ、小さい子どもたちの礼儀見習いが主じゃな。
もっと頑張りたいと思う子たちは、大きくなって本格的な道場に通うし、中学に上がって部活に入ったりする。
わしとしては、剣道に少しでも興味を持ってくれたらと思って、開いてる教室なんだよ」
やがて二人一組で稽古をしていると、真尋がやってきた。
「あれ? 今日はじいちゃんだけ?」
「ああ。もう一人の先生はお休みらしいよ」
そうか……と、真尋は残念そうに呟いた。
「だったらさ、武尊さん、俺と稽古してよ」
「あんまり強くないよ」
武尊が思わず言う。
「そんなことないでしょ」
「本当、本当」
「まあいいよ。このまま体を動かさずに帰るのも嫌だから、少し相手になってよ」
子どもたちが帰った後、泰蔵が見守る中、武尊と真尋は防具を付けて向かい合う。
真尋の構えをみた瞬間、武尊は彼の強さを悟った。
葵や勝と向かい合ったような、緊張感が体を支配する。
「始め!」
泰蔵の声がかかった瞬間、あっという間に面を取られた。
それから何度も向かっていったが、結果は同じだった。
「武尊さんって、本当に弱かったんだ……」
面を外した武尊に、同じく面を外した真尋は微妙な顔をしながら呟いた。
「構えを見たらわかっただろ」
「うん、それはそうなんだけど……」
「まあ、真尋は全国でも三本の指にはいる腕前だからな」
それを聞いて、武尊はげんなりする。
「そんなの、手も足も出るわけないじゃないか」
「でも、君もすじはいいと思うよ。
これから毎日練習したら、かなり伸びると思うな」
突然聞こえてきた声に、武尊は驚いてそちらを見る。
いつの間にいたのか、武尊よりも少し歳上の男性が立っていた。
ピンク色の髪の毛が印象的で、一度見たら忘れられない。
「智さん」
「真尋、久しぶり。相変わらず強いなー」
「そんなことないですよ」
武尊が泰蔵を見る。
「彼は加藤智大。昔ここで剣道を習っていた子だよ。
こう見えても、殺魔師じゃ」
驚いて武尊は智大を見る。
「俺、歌って踊れて、演技もできる、殺魔師でーす」
智大はおどけてポーズを決める。
武尊はどう反応していいか分からずに、固まってしまった。
「やだな、この子。ノリが悪いんだけど」
「智さんが軽すぎるんだよ」
「真尋、相変わらず冷たい!
昔はお兄ちゃん、お兄ちゃんって、よく引っ付いてきてたのに!」
「それ、俺が低学年のときの話だろ!」
そんな二人を泰蔵がなだめる。
「お前が名古屋にいるってことは……」
「東京のオーディション、全部落ちちゃったんだよ」
「またかよ。いい加減、芸能人になるなんて、諦めたらいいのに」
「俺、まだ二十歳だよ。夢を諦める時期じゃないよ」
真尋は大きなため息を吐いた。
「そのままズルズルと年を取っていきそうな気もするけど」
「真尋!!」
真尋は道具を片付けながら智大に言う。
「悪いけど、今うちに来ないでよ」
「静江さんに慰めてもらおうと思ったんだけど、どうして?」
「今、客が二人来てて、母さんもいっぱいいっぱいだから」
「二人ぐらい、静江さんだったらなんてことないでしょ」
「それが、なかなかの問題児だから」
そういうと、真尋は武尊をちらりと見た。武尊はバツが悪そうに目をそらす。
「母さん、楽しいのは好きなんだけど、人が喧嘩するのって、本当にダメなんだ。
だから、武尊さんと恭介さんにもいい加減仲直りしてもらいたいんだけど」
「……悪い」
「父さんや、じいちゃんはいいかもしれないけど、母さんや真緒は結構参ってる。
それに、今朝、恭介さんはきちんと俺たちに説明して謝ってくれたけど、武尊さんは逃げただろ。
そういうの、かっこ悪いと思う」
真尋の言葉がぐさりと胸をえぐる。
「剣道してみても思ったけど、武尊さんはなにもかも中途半端なんだよ。
だからいつまでも答えが出ないんじゃない」
真尋の言葉に、武尊はなにも言い返せなくて押し黙った。
そんな武尊の肩に智大が手を置く。
「中学生は言葉が真っすぐ過ぎて怖いねぇ。まあ、後は俺が相談に乗ってやるよ」
武尊は嫌そうに智大を見た。
「同じ殺魔師同士、わかることもあるかもな」
さらに泰蔵も勧めたので、武尊は結局断ることができなかった。
「じゃあ、俺、彼と飲みに行ってくるよ。
静江さんに、夕飯は要らないって言っておいて」
「なにを勝手に決めてるんだよ!」
「まあまあまあ。ここはお兄さんに任せなさいっ!」
不信感しかわかない武尊に、智大はパチンとウインクをした。
本作品は個人創作です。
一部の表現や設定の整理にAI(ChatGPT)を補助的に使用しています。
本作はフィクションです。作中には実在する地名や施設名などが登場しますが、物語の演出上、設定や描写には創作・脚色が含まれます。実在の人物・団体・事件とは関係ありません
「さち」名義で「pixiv」「小説家になろう」「カクヨム」にて同時掲載しています。
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