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怪魔のいる世界で生きている  作者: さち
南風に誘われた少年は、優しい蜃気楼を見る

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10

 修の研究室についた恭介は、昨日に引き続き書庫から資料を出して読んでいた。

 木曜日。授業のある修は忙しそうに過ごしている。

 それをカバーするように、研究室に籠もっている先輩たちが、恭介の面倒をよく見てくれた。

 修の研究室はその主の人柄を反映してか、とてもアットホームで居心地がいい。

 昨日来たばかりだというのに、恭介もすっかり馴染んでいた。

 そのおかげで、武尊のこともあまり悩まずに済んでいる。もしこれで話し相手もいなければ、相当思い悩んでいたことだろう。

 昨日資料を読んでわかったことだけど、大量の難しい資料をひたすら読んでも、知りたいことには繋がらない。

 恭介が先輩たちに相談すると、先輩たちは資料の中から入門書になる本を紹介してくれた。

「全部を読む必要はないから、目次を見て気になるところを中心に読むといいよ」 

 恭介はそのアドバイスに従って、読み始めた。

 異界訪問譚ーー現実世界から異界へ赴き特別な体験をして現実世界へ戻る、もしくは戻らない説話の総称。

 昔話でいえば、「浦島太郎」や「舌切り雀」。

 その他にも異界に行ったと考えられる昔話や説話、神話は多い。

 実際に恭介自身が体験したことと同じような話はなかった。それでも国内でこんなにも多くの場所で異界に行く説話が残っていることに驚いた。

 やがて読み進めていくうちに、恭介は異類婚姻譚というページで手が止まる。

 異類婚姻譚――人間と異類との婚姻を描いた説話の総称。有名な昔話でいえば、「鶴の恩返し」や「雪女」。

 そして、狐と人間との間に生まれた安倍清明のように、子どもが優れた霊力や超能力を持つことが多い……。

 「異界訪問譚」と「異類婚姻譚」……。

 恭介の中で、言いようのない不安が広がっていった。

 


 夜になり恭介は修と一緒に神谷家に帰った。先に帰っていた真緒と真尋が私服に着替えてのんびりとテレビを見ていた。

 武尊は泰蔵と座卓で話しをしている。

 こののんびりとした雰囲気が、若菜の家のようで懐かしい気持ちになる。

 修は部屋でスーツを脱いでくると、にこにこと武尊の横に座る。

 恭介は何だろうと思いながら、テーブルに座ってそのようすを見ていた。

「武尊君、玉依に聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

 声が弾んで、明らかに楽しそうだ。

「おお、わしも聞いてみたいぞ」

 二人の年長者に言われれば、武尊も断るわけにはいかない。

 武尊は部屋へ玉依を取りに立ち上がった。

 困った顔で静江が日本酒とビールを用意して、修たちのところへ運ぶ。

「あまり武尊君を困らせたらダメですよ」

「もちろん、わかっているよ」

 返事こそいいが、信用できるものではない。

 泰蔵は静江が用意した日本酒を、さっそくコップについでにおいしそうに一口飲んだ。

 武尊は玉依を持ってくると、座卓に置いた。そして恭介をちらりと見る。

「玉依が呼んでるから、こっちに来てくれないかな……」

 恭介は驚いて武尊の顔を見る。

「僕?」

「ああ、昨日からすっげーうるさいから……」 

 神谷家の家族に注目される中、恭介は少し緊張して泰蔵の横に座った。

 そしてそっと玉依に触れる。

 玉依も喜んでくれているような気がした。

「恭介君も玉依と話せるの? 」

「僕は話せるわけじゃないんですけど、うれしそうだな、とか、怒ってるなって言うのは、なんとなくわかるんです。

 ほら、ペットの感情がなんとなくわかるような感じで」 

「でも、だいたい合ってる。

 玉依は恭介がお気に入りなんだよ。

 自分に近い感じがして心地がいいんだって。それに顔がいいからだって」 

 恭介は、今まで何度も聞いていた武尊の何気ない一言に、どきりとした。

「玉依は顔の好みもあるの?」

 修が意外そうに聞く。

「うん、結構言ってる。

 葵の顔も好きだけと、性格が面倒くさいってよく言ってる」

 その言葉に修と静江が吹き出した。

「真緒みたいだ」

「真尋、私そんなこと言わない!」

 真緒が赤くなって言い返した。

「玉依はどうして武尊を選んだの? 何か基準とかあるのかな? 」

「……なんか、俺の魂が、玉依を最初に使っていた人と似ているんだって」

「転生してるってこと?」

「違うらしいよ。あくまで似ているだけって言ってる」

 修は一度大きく深呼吸をした。

「凄い……。本当に答えてくれるんだ。

 なら、玉依はいつからいるの? どうして武尊以外で話せる人はいないの?」

「……玉依はずっと昔からいるんだって。

 もともとは巫女で、王を守ために剣に魂を込めたんだって。

 今の時代で俺以外話せる人は、たぶんいないだろって言ってる。

 さっきも言ったけど、俺は魂が王と近いから話せるんだって」 

「……凄い話だね」

 恭介も含めて、部屋にいる全員が武尊の話しに聞き入っていた。

「どうして物部家に祀られているの?」

「……それは物部家の都合だから、分からないって言ってる。

 もっと昔は、神社に祀られていたし、別の家に祀られていたこともある。

 ただ今は物部家にいるだけで、たいした理由はないってさ」

「そうなんだ。

 武尊以外でも、玉依と話せる人はいたの?」 

「……もちろん、何人もいたって。

 一つ前は、人間にしては霊力の強い物部家の女で、やたらとこき使われたから嫌いだった。

 その点、俺は大切に使ってくれるし、あちこち連れ出してるから気に入ってくれてるんだって」

 武尊は少し照れながらそういった。

「あまり屋敷内で祀られてるのは好きでないんだね。

 それと……」

 と、修が質問を続けようとすると、静江がストップと口を挟む。

「修さん、そろそろ夕飯にしましょうか」

「えっ、ああそうだね。

 ついつい夢中になっちゃった」

 修は子どものように照れた。

 それが合図だったように武尊と泰蔵、そして真緒と真尋はテーブル席に座る。

 全員がテーブルには座れないので、恭介と修はそのまま座卓へ座っていた。

 恭介は玉依を少し避けて、静江が作ってくれた食事を運んだ。

 修のぬるくなったビールを冷えたビールに取り替える。

 それを開けて、一口飲む。

「玉依の前で食事をするなんて、不思議な気持ちだ」

 修は酔っているわけではなさそうだが、終始ごきげんだった。

 玉依が纏う空気も柔らかい。たぶん喜んでいるのだろう。

「玉依もうれしそうです」

 それを修に伝える。

「恭介君は凄いね。僕はそんなふうに感じたことはなかったよ。

 恭介君は昔から霊力があることを知っていたの?」

「僕も武尊と会う前は、そんなに意識したことはありませんでした。

 でも、こんなふうに、玉依の気持ちがわかるような気がすることを、武尊と話していたら、勝さんが組紐を貸してくれて。

 勝さんが言ったとおりにイメージしたら動かせたんです」

 修の箸がピタリと止まる。

「練習もしないでてきたってこと?」

「あっ、ええ」

 何かおかしいことを言ったのだろうか。

修のようすに、恭介は戸惑った。

「そのことに関して、勝兄さんや樹兄さんたちは何か言っていた?」

「……別に聞いたことはないですけど」

 修は何事もなかったかのように、恭介に笑いかけた。

「ごめんごめん。気にしないで」

「……その言い方は、気になるんですけど……」

 ここでうやむやにされると、今度は恭介が気になって仕方がない。

 修は困ったように考えたが、仕方なくポケットから緑色の組紐を取り出した。

「この組紐って、霊力があってもなかなか思うように動かせないんだよ。

 それに、長く使ってないとコツを忘れてしまう。

 僕は殺魔師としての活動は、今はまったくしていないけど、たまに取り出してコツを忘れないように練習しているんだ。

 つまり、それを初めて触った恭介君ができたってことは、君が思っている以上に凄いことなんだよ」

「でも、勝さんも葵さんもそんなこと……」 

「これは僕の想像なんだけど、勝兄さんも組紐が揺れたらいいぐらいで、面白半分に触らせたんだと思う。

 だけど、勝兄さん、大ざっぱだから、あまり気にしてないんだろうね。

 それと、葵はちょっと規格外のことろがあって、何でもすぐにできちゃうから、不思議だとは思わなかったんだと思うよ」

 恭介は思わず黙り込んだ。

「ちなみに、お父さんやお母さん、おじいさん、おばあさんで、霊力を持っている人はいるの?」 

「いえ……。父や祖母からはそんな話は聞いたことがありません。

 母は合ったことがないので、わからないのですが……」

「そう……。おそらくだけど、お母さんかその家系が霊力が強いんだろうね」

「どうしてそういうことが言えるんですか?」

「これも曖昧な研究だけど、霊力は遺伝する可能性が高いと言われているんだ。

 もちろん、霊力の高さは個人差もあるので一概には言えないところもあるんだけど、霊力だけに関しては、その可能性たかいんだ」

 と言うことは、母親は霊力が高い女性……。

 口に運んでいる食事の味が、分からない。

 修の言葉を考えながら、恭介は静かに夕飯を食べた。

 


 食事が終わって、お風呂から上がってからも、恭介の不安は消えることはなかった。

 津山での出来事、「異界訪問譚」や「異類婚姻譚」。父親の研究。そして、霊力の遺伝や母親の存在。

 部屋までの廊下で、ふと立ち止まって考え込む。

 恭介の中で、一つの仮定が浮かんでは消えていく。だけど、その仮定を信じることはできないし、なにより父の口から真実を聞きたかった。

「おい」

 武尊が後ろから声をかけてくる。この家で、二人のときに声をかけられたのは初めてだ。

「調子、悪いのか」

「あっ、いや、ぜんぜん」

「だったらどうしたんだよ。おじさんから何か言われたのか? なんかあの後から、あんまりしゃべってないだろう」

 武尊が自分を気にしていたのは、意外だった。うれしい半面、今の感情を上手く表現できる自信はない。

「気のせいだよ。別に何ともないし」

 恭介はなるべく武尊に心配をかけないように、笑顔を向けた。

「何だよ、俺には話せないのかよ」

 ちっと舌打ちして行こうとする武尊の腕を恭介が掴む。

「武尊だって、僕に何も話してくれないじゃないか」

 はあ? と武尊が凄んでくるが、こうなると恭介も後には引けない。

「だいたい、勝手に物部家から抹消するなんてひどいよ。

 僕は誰にもそんなことは頼んでない。

 勝手に僕のことを決めないでよ」

「だったら、またあんなふうに、死にかけたいのかよ! 人がどんだけ心配したと……」

「そんなの、怪魔と戦ってたら、しかたないことだろ!」

 その瞬間、武尊に勢いよく壁へ押さえつけられ、恭介は顔をしかめた。武尊は恭介の肩に頭を押しつける。俯いたまま表情は見えない。だけれども絞り出すような声に、恭介はすぐに後悔した。

「しかたないなんて、二度と言うな」

 静かにそれだけ言うと、武尊は先に部屋に戻っていった。

 その背中を見送ると、恭介はその場にうずくまった。

 しかたないなんて、絶対に言ってはいけなかったんだ。

 頭を抱えながら恭介は溢れそうな涙を必死に我慢した。


  


本作品は個人創作です。

一部の表現や設定の整理にAI(ChatGPT)を補助的に使用しています。


本作はフィクションです。作中には実在する地名や施設名などが登場しますが、物語の演出上、設定や描写には創作・脚色が含まれます。実在の人物・団体・事件とは関係ありません


「さち」名義で「pixiv」「小説家になろう」「カクヨム」にて同時掲載しています。

無断転載・無断使用・AI学習への利用は禁止しています。


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