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怪魔のいる世界で生きている  作者: さち
南風に誘われた少年は、優しい蜃気楼を見る

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7

 母の友だちである横井綾香の家を後にした武尊は、東山線に乗って覚王山駅に着いた。

 駅前は古い建物のなかに、おしゃれなお店が混在している面白い街だ。

 そこから地図アプリを頼りに、なだらかな上り坂を歩く。

 大通りから離れていくと広い庭が多いのか、緑に囲まれた静かな住宅が増えてきた。

 やがて黒板塀に囲まれた家の前に着いた。門もついている、立派な佇まいの家だ。

 武尊がドアホンを鳴らすと、奥から優しそうな声が聞こえてくる。

「どちらさま?」

「今日からお世話になる杉原武尊です」

「はいはい。武尊君ね。門を空けたから入ってきて」

 門の鍵が開く音に、武尊は驚きながら、玄関へ向かった。

 玄関に着くと、扉を開けて上品そうな女性が待っていてくれた。

 武尊はキャップを取って頭を下げる。

「杉原武尊です。よろしくお願いします」

「まあまあ、ご丁寧に。

 まだ主人も子どもたちも帰っていないのよ。

 今は私と父の2人だけ」

 そう言うと、玄関から畳の応接間に通された。

 そこには頭がつるりと光る高齢の男性が、腕組みをして座っていた。

「父の神谷泰蔵です。それと私は静江。よろしくね」

 武尊は荷物と玉依を置き、緊張しながら泰蔵の前で正座をすると、深くお辞儀をした。

「杉原武尊です。よろしくお願いします」

「うむ。ところで武尊、その白い布に包まれているものは何だ?」

「これは、殺魔師をするときの俺の武器で……」

「では、それが噂に名高い神剣玉依か!

 少し見せてはもらえんかな」

 泰蔵の目がきらきらと光る。その勢いにおされ、武尊は玉依の白い布を解いて、泰蔵の前に見せた。

 泰蔵は恐る恐る玉依に触れる。

「抜いてみてもよいかね」

 武尊は泰蔵をじっと見つめながら、頷いた。

「お父さんったら、あまり勝手なことをしてると、修さんに怒られるわよ」

 そこへお茶を持ってきた静江が泰蔵をたしなめる。

「修が遅いのが悪いんだよ」

 全く意にかえすことなく、泰蔵は玉依を抜こうとするが、抜くことができない。何度か試してみたが、玉依はびくともしなかった。

 残念そうに玉依を武尊に返すと、期待を込めて言った。

「抜いてみてくれ」

 武尊は言われた通り、鞘から刀を抜いた。玉依は今日も美しく、青白い光を放っていた。

 おおっ、と泰蔵が声を上げる。そして、期待の眼差しで触らせてと訴える。

 仕方なく、武尊は泰蔵に玉依を渡した。

 すると、光は消え剣は古い金属の塊に戻ってしまった。

 その変化に、さらに泰蔵は瞳を輝かせる。

「見たか、静江。修が言っていた通りだよ」

「はいはい、そうね。

 ごめんなさいね、武尊君。

 武尊君が来るって連絡があってから、修さんがあなたの剣のことを父に話してしまって。

 それから父は一日武尊君のことを楽しみに待っていたのよ」 

 静江は申し訳なさそうに武尊に言った。

「わしを子どものようにいうな」

「はいはい、そうね。

 それで、武尊君はお母さんのお友だちに会えたの?」

「はい。母の若い頃の話をたくさん聞けました」

「そう。それはよかったわね」

「それで……本当は明日、岡山へ戻るつもりだったんです。

 でも、母の友人が週末に故郷へ連れて行ってくれることになって……。ご迷惑でなければ、それまで泊めていただけませんか」

「ええ、もちろんいいですとも。

 うちは主人の生徒さんが卒業してからもよく遊びに来てくれるから、お客様には慣れているの。ゆっくりしてね」

 優しい言葉に、武尊は静江に頭を下げた。

 

 それから静江は武尊が泊まる客間に案内して、家の中と使い方を簡単に教えてくれた。

 夜の八時ぐらいになり、神谷修と修の子どもたちが帰って来た。

 リビングで静江と話をしていた武尊は、立ち上がって修に挨拶をする。

「武尊君。よく来たね。

 あらためて、家族を紹介するよ。

 義父の泰蔵。妻の静江。それと子どもたちの真緒と真尋。二人は中学二年生だよ」

 眼鏡をかけた、柔らかな雰囲気の修は、穏やかに家族の紹介をしてくれた。

 真緒はツインテールの女の子、真尋はショートレイヤーの男の子だ。双子とは言っても性別が違うためか、あまり似ていない。

「お世話になります。よろしくお願いします」

「そんなにかしこまらないで、のんびりと過ごしてね。

 ところで、武尊君。玉依持って来てるって本当?」

 とたんに、修の瞳の輝きが増す。それは夕方見た泰蔵の姿と重なった。

「お前が言っとったように、わしでは鞘から抜くこともできんかった」

「お義父さん、もう触ったんですか?」

「おお。武尊君が来て一番にな」

「ずるくないですか」

「しかたないだろう。お前が帰るまで待てんかった」

 武尊を挟んで泰蔵と修が言い争っている。そんな二人をほっといて、真緒と真尋はテーブルに付き、静江は二人のために夕飯を温め直している。

「武尊君の負担になってもいけないから、一緒に見せてもらいましょうって言ったじゃないですか」 

「そんなこと言っとったかな。

 最近歳のせいか物忘れが酷くてな」

 のらりくらりと追求をかわす泰蔵に、修は大きなため息をついた。

「もう、いいです。

 それで、武尊君。私も玉依に会いたいのですが」

 にこりと笑顔を向けられて、武尊は慌てて玉依を客間へ取りに行った。

 戻ってきた武尊は、白い布を外し玉依を修に差し出した。

 双子の興味深そうな視線も玉依に向かう。

 しかし、修はそれを丁重に断った。

「それよりも、抜いてみせてくれないかな」

 武尊は頷いて、鞘から抜いた。青白く光る直刀を、修は子どものような顔で見ている。

「こんなに神々しい剣だったのですね……」

 修は満足したように、微笑んだ。

「生きている間に、玉依の刀身を見ることができるなんて、想像もしていなかったよ。

 それにしても兄はよくあの家から、玉依を持ち出すことを許したね」

 その言葉に、武尊は驚く。

「俺、けっこう自由に持ち歩いていいますよ」

「それが不思議なんだよね。

 玉依は物部家の家宝だから、何があっても持ち出させないと思っていたんだけど」

「そうなんですか。でも、俺、こいつがいないと戦えないし」

「武尊君も怪魔と戦うの? 霊力があるの?」

「俺は全く霊力がありません。だけど、玉依があったら怪魔を倒すことはできるので」

「玉依を本格的に武器として使ってるのか。それも驚いたな」

 修は腕を組んで考えた。

「そんなにおかしいことですか?」

「僕の知っている物部家の常識で言えばね。

 神剣玉依は、物部家の象徴であり、物部家が守る御神体なんだよ。

 物部家に生まれた者は、七歳で一度神剣が抜けるかどうかを試される儀式があるんだ。

 それで抜けなかったら、十三歳までその部屋にはいることすら許されないんだ。

 それだけ玉依は大切に護られて、祀られているんだよ」

「……」

「そもそも、どうして武尊君が玉依を抜くことになったの? 君は物部家のものではないから、儀式をする必要もないし」

 武尊は俯いて黙り込んだ。それを見た修が慌てて訂正する。

「君を否定するとか、責めているとかというわけではなくて、僕は好奇心で聞いているだけなんだ。

 言いたくなかったらいいんだよ」

 武尊はここに泊めさせてもらうのだから、それくらいは話さないと、と思った。

 物部家でも何度も聞かれた質問だ。その結果、影でいろいろと言われていることも知っていた。

 武尊はここでも同じようなことになるのだろうと、がっかりしながら話し始めた。

「俺、物部家に着いたときから、誰かに呼ばれているような気がして、頭が痛かったり気持ちが悪かったです。

 最初は我慢していたんだけど、どうしてもその声が誰だか知りたくて……玉依が祀られている部屋に入りました」

 その部屋に近寄ってはいけないことは、物部家に着いたその日、一番に葵に言われたことだ。

 だけど、頭の中で響く声は日に日に大きくなっていった。そしてどうしても気になって、声がする部屋へ入ってしまった。

 その後のことはよく覚えていない。

 気がついたら、玉依を握っていた。

 そして驚いて来た葵と樹が、怖い顔で武尊の前に立っていた。

 そこで初めて、武尊は取り返しのつかないことをしたのかもしれないと気づいたのだ。

「ということは……武尊君は玉依と意思を通じさせられるってこと?」 

 てっきり玉依のことを非難されると思っていた武尊は、意外な方向からの修の質問に戸惑った。

「え、はい……」

 修は目を輝かして武尊を見つめる。

 その圧に、武尊は少し引いてしまった。

「今も? 今も会話ができるの?」

「はい。今日は特に機嫌がいいんです。

 久しぶりの外出だし、おじさんが玉依を褒めるから」

「そうなんだ! だったら僕、いろいろと聞きたいことがあるんだけど!」

 前のめりになって武尊に近づく修をついに見かねた静江が止める。

「武尊君も疲れてるんだから、明日にしたら?」

「まだそんなに遅い時間ではないし、もう少し……」 

 いつものが始まったと、双子は修の姿を呆れたように見ている。

「武尊君、お母さんのお友だちが、お母さんの故郷に連れて行ってくださるから、週末までは泊まるのよ。

 だからそんなに慌てなくても」

「そうなんだ! だったら聞きたいことを用意しておくから、聞いてもいいかな?」

 武尊は戸惑いながら頷いた。

「それはもちろん」

 その言葉に、双子が同時に反応する。

「あっ、言っちゃった」

 思わず双子を見ると、二人は同情の眼差しで武尊を見ている。

「ごめんね。修さん、興味を持つとちょっと見境がなくなるのよ」

 静江も困ったように微笑んでいる。

 ご機嫌な修とは対照的に、実は大変な頼まれごとをしたのではと、武尊は不安になった。

 


 


本作品は個人創作です。

一部の表現や設定の整理にAI(ChatGPT)を補助的に使用しています。


本作はフィクションです。作中には実在する地名や施設名などが登場しますが、物語の演出上、設定や描写には創作・脚色が含まれます。実在の人物・団体・事件とは関係ありません


「さち」名義で「pixiv」「小説家になろう」「カクヨム」にて同時掲載しています。

無断転載・無断使用・AI学習への利用は禁止しています。


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