5
火曜日、恭介はすでに時間を持て余していた。
康介の家は散らかってはいるが、汚れているわけではないので、掃除をしても大して時間はかからなかった。
しかたなく、部屋にある本を読んでみるが、内容が専門的すぎてさっぱりわからない。
真由美に言われているので、うっかり資料を触るわけにもいかない。
冷蔵庫を開けても、台所を見ても、調味料がない。
一応食器や鍋はそろっているが、買ったばかりのようにどれもピカピカだ。
おそらく自炊はまったくしていないのだろう。
そんなに長くここにいるつもりもないので、食材を買うのは諦めた。
冷静になると、勢いだけで東京に来てしまったことも恥ずかしくなってくる。
岡山に帰った後に、忠たちから理由を聞かれた時に、上手くはぐらかす自信もなかった。
今のままだと、若菜との仲直りのきっかけも掴めない。
そんなことをぐるぐると考えるばかりで、恭介は自分のことが嫌になってきた。
せめて誰かと話せたら、と思ったときに、頭に最上の姿が浮かんだ。
最上なら、東京にいるはずだ。
迷惑になるかなと考えたが、この状態からとにかく抜け出したくて、恭介は最上に電話をした。
電話を受けた最上は、仕事が終わると恭介に会ってくれた。
場所は恭介の父の家からも近い少し古びたラーメン屋である。天井はところどころくすんでいるが、年季が入っているようで味がある。かしこまった雰囲気が全くないその場所に、恭介はほっとした。
「元気になってよかったな」
最上は恭介に会って一番にそう言ってくれた。強面だが、親しみのある笑顔に癒やされる。
「でも恭介一人で東京に来ていて、驚いたよ。
武尊たちはどうした?」
最上はネクタイを緩めて、ふきんで手を拭きながら聞いた。
「あの、僕、物部家の殺魔師から抹消されちゃったんです」
「そう言えば……、武尊がそんなことを言ってたな」
最上は、少し考えて、京都で武尊が玲子に言っていた言葉を思いだした。
その間に恭介はメニューを決め、最上が注文を済ませた。
恭介は水を飲んで話を続けた。
「葵さんから聞いてないですか?」
恭介は意外そうに聞き返した。
二人の関係なら、恭介のことも伝わっていると思っていたのだ。
「僕、京都で死にそうになってたじゃないですか。それが元で、僕の幼馴染が殺魔師を続ける事に反対して。
それを武尊も了承しちゃって……。」
「恭介は納得してるのか?」
「するわけがないじゃないですか。
でも武尊に連絡しても、電話もLINEも出てくれないし、葵さんに連絡したら、冷たくあしらわれたし、家まで行ってみたら、武尊の顔すら見れないで、門の前で追い返されたし……
もう、どうしていいか」
恭介はうなだれて大きなため息をついた。
「まあ、あの家はかなり閉鎖的だからな」
「僕、今まで物部家が閉鎖的だなんて思ったことはなかったんですけど」
そんな話をしていると、ラーメンが運ばれてくる。
恭介は最上にお礼を言って、さっそく一口食べた。
「そもそも恭介は霊力も高いし、武尊の友だちで、片割れって言われてたから、特別だったよな。
葵を見たらわかるだろう。家や一族を重んじるところなんだよ。
俺は葵が学生のときから知っているけれど、物部家の内情なんてほとんど聞いたことがなかったぞ」
「じゃあ、札について調べられていたのも……」
「当主の武尊の希望に沿っていた、ってところだろうな」
恭介の顔がさらに暗くなる。
「僕、物部家には戻れないのかな」
「俺の方も葵にそれとなく聞いてみるよ」
最上の言葉に、恭介は頭を下げた。
「とはいえ、武尊がそこまで頑なに恭介と会わないとなると、武尊の方が心配だな」
最上もラーメンを啜りながら話を続けた。
「僕もそう思う。
元気になったんだから、気にしなくてもいいのに」
「殺魔師になったら、組んでる相手が怪我をしたり、命を落とすこともある。
武尊はそれがわかってなかったのかもな」
それは恭介も同じだった。自分が死にそうになって初めて、怪魔と戦うことの危険性を理解した。
「こればかりは自分で乗り越えないとな。時間がかかるかもしれないが見守るしかないと思うな」
それがいったいいつまでになるのか、恭介は不安だった。
「で、お前の親父さんの話なんだが。
白鳳高校で使われていた札を作ったのが、恭介の親父さんっていうのは、聞いてるか?」
今度は恭介が驚く番だった。
「それこそ、葵から聞いてないのか?」
「さっきも言った通り、葵さんともまともに話せてないんです……」
最上の眉間に皺が寄る。
「あいつにしては、考えられないけど……、武尊がかかわってるからか……?」
一人で何やら呟いてから最上は少しぬるくなった水を飲み干した。
「恭介の友だちが失踪したときの、あの札。怪魔研究課に調べてもらっていたんだ。
それを調べていたのが、お前の親父さん」
恭介は緊張しながら話を聞いた。
「親父さんが、主にどんな研究をしているか、知っているか?」
恭介は首を横に振る。
「親父さんは、怪魔がどこから現れているのかを研究している。
あまり知られてないけど、俺たちが住んでいる世界とはまた別に、妖怪が住む世界があるんじゃないかって言われているんだ」
恭介の心臓が大きく跳ねる。
「怪魔もその世界にいて、何らかの道を通って、こちらに現れているって説を、親父さんは科学的に研究しているんだ」
恭介は手に汗をかいているのがわかった。目の前の水を少し飲み込む。
「話を戻すけど、札は呪術的な作用で怪魔を呼び出してた。そのときの調査に協力していたのが守ノ宮玲子さんだ。
札に使われていたのは、古い術式だったらしく、玲子さんでもわからなかったらしいがな。
一方でその時偶然できてしまった札が、白鳳学園で使われた。
二つの札は、全く違うものだと、親父さんも言っていた」
まさかこんなところで父に繋がるなんて、予想もしていなかった恭介は、言葉が出なかった。
「俺は、その話を聞いて親父さんに会いに来たんだろうと思っていたんだ」
「……いえ、僕が来たのは、別の用だったんですけど。驚きました」
「親父さん、何か言ってなかったか?」
最上が前のめりになって聞いてくる。
「それが、父とはまだ会えていないんです」
恭介は昨日来てからのことや、父に会えない理由を最上に話した。
「で、あんまり暇だから、俺に連絡をしてきたってわけか」
にやにやしながら、最上がラーメンの汁まで飲み干す。
「そんなことないですよ。
知り合いもいなくて、心細くて」
「武尊ならともかく、恭介はそういうタイプじゃないだろう。
恭介は、わりと一人でも平気じゃないのか」
鋭い指摘に恭介は愛想笑いで返した。
友だちといることも好きだ。けれど一人でも苦にならない性格は昔からだ。
「まあ、いいよ。
恭介、親父さんと札について話をするつもりだったら、かなり勉強しておいた方がいいぞ」
「どうしてですか?」
「言っちゃあ悪いが、お前の親父さん、わかりやすく話そうって人じゃなかったぞ。
俺も異界については多少知識があるとは思っていたが、親父さんの話はほとんど分からんかったからな」
恭介は、あまり話したことのない父の顔を思い出して、確かにそんな雰囲気の人だなと納得できた。
「俺の大学時代にお世話になった先生で、そういう異界や怪魔の歴史について研究している人がいるんだ。
その人は、話もわかりやすいし、気さくに教えてくれるぞ。
良かったら、行ってみないか?」
「でも、そんな急に……」
「大丈夫だって。
人が好きでね。その先生の家は、学生以外にもいろんな人が出入りするから、まったく気を使うようなところじゃないんだ。
どうだ?」
恭介はいつ帰ってくるか分からない父をあの家で一人待つことと、大学の先生に教えてもらうこととを天秤にかけた。
そして答えはすぐに出た。
「最上さん、お願いします」
「おお、任せとけって。
名古屋大学文学部の神谷修先生だ。
ちなみに葵の叔父さんだけど、性格が全く違うから面白いぞ」
嬉しそうに笑う最上の顔を見ながら、物部家との不思議な縁を恭介は感じていた。
本作品は個人創作です。
一部の表現や設定の整理にAI(ChatGPT)を補助的に使用しています。
本作はフィクションです。作中には実在する地名や施設名などが登場しますが、物語の演出上、設定や描写には創作・脚色が含まれます。実在の人物・団体・事件とは関係ありません
「さち」名義で「pixiv」「小説家になろう」「カクヨム」にて同時掲載しています。
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