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武尊は樹と一緒に、母親の直美のお墓参りに向かった。
物部家の菩提寺は、津山市の中でも標高の高い山の中腹にあり、お寺以外は住む人もいない。
そんな人里離れた場所にあるものだから、武尊も気軽に行くことはできなかった。
樹の運転でお寺に着くと、そこから少し山を登って共同墓地に向かう。
樹はもともと口数が多い人ではないので、二人は無言のまま歩いた。
少し肌寒く、武尊は薄い上着を着てきて正解だったと思った。
木々に囲まれた道には、鳥のさえずりが響いていた。
お墓に着くと、武尊は買ってきた花を花立てに供えた。
そして、静かに手を合わせる。
そうしていると、いつもは思い出さない母の面影が次々と浮かんできた。
ゆっくりと目を開けて、ちらりと隣を見ると、樹はまだ静かに手を合わせている。
やがて、ゆっくりと目を開くと、感情の読み取れない顔で呟いた。
「いいのか?」
「あ、うん。ありがとう」
「少し、住職と話しをして帰ってもいいか」
「うん、いいよ」
樹は本堂へ行った。その間、寺で飼われている柴犬と遊びながら待っていた。
寺の周りは静かで、誰も来る気配はない。
こういうときは、不意に母のことを思い出す。
いつも笑って、元気のいい人だった。
父親がいないことも、二人だけで暮らしていたことも、寂しいなんて思ったこともないぐらい。
武尊の記憶の中の母は常に笑っていた。
しばらくして、住職と樹がやってきた。
「待たせたな。帰ろう」
その言葉に、武尊は頷く。
住職は武尊の顔を見て、会釈をすると、そう言えばと言葉を続けた。
「二ヶ月ぐらい前になるんですが、武尊さんのお母さんのお友達という人が、お墓参りに来られましたよ」
「友だち?」
武尊は不思議そうに聞き返した。
「ええ。何でも毎年年賀状だけのやりとりだったそうなんですが、数年前からその年賀状も届かなくなって、心配していたそうなんです。
それでようやく調べて、ここに来たんだと、たいそう悲しそうに言っていました」
「そうですか。その方の名前は分かりますか?」
続けて樹が尋ねる。
「そうですね。ちょっと待ってください」
そう言うと、住職は寺の中へ一度戻り、一冊のノートを持ってきた。
そしてそれをめくり、目当てのものを探しだした。
「横井さん、横井綾香さんという方です」
住職に見送られながら、二人が乗った車は静かに動き出した。
しばらく車を走らせていた樹が口を開く。
「横井さんという人、誰かわかるかい?」
「わかんない。初めて聞いた名前だと思う」
「だったら、直美さんの故郷の友だちかもしれないね」
「故郷?」
「ああ。直美さんの故郷は愛知県だよ」
その言葉に、武尊は驚く。
「……知らなかった。
昔の話なんて、ほとんどしなかったから」
武尊は流れていく景色を見ながら、母親の笑顔をもう一度思い出していた。
物部家に帰ると、武尊は部屋の押し入れにしまいこんでいた母親の遺品をさがした。
その中に、たしか母がやりとりしていた年賀状もあったはず。
武尊は箱から年賀状を取り出した。
一枚ずつ見ていくと、『横井綾香』と書かれた年賀状が、出てきた。子どもとの写真が印刷されていて、住所は名古屋市になっていた。
母が怪魔に襲われて死んだのは三年前だ。
そんな前なのにわざわざ名古屋市から、母を探して来てくれた横井さんに、武尊は会ってみたくなった。
だけどさすがに名古屋市は遠い。
武尊はスマホで名古屋市までのルートを検索した。
高速バスを使うと、比較的安くて行けそうだ。さすがに日帰りは無理なので、ネットカフェに泊まれば宿泊代も安くつくだろう。
武尊は所持金を確認した。
少し足りないから、葵に小遣いの前借りを頼まないといけないだろうが、何とかなりそうだ。
武尊は久々に気持ちが上向いているのを感じながら、葵の部屋に向かった。
ノックをして葵の部屋に入る。珍しく部屋を訪れる武尊に葵は読んでいた本に栞を挟んで、柔らかな笑みを向けた。
さすがにワイシャツではないが、ポロシャツを着て、いつでも来客があっても恥ずかしくない服装だ。
家の中でもこんな感じなのだから、いつ休んでいるのだろうと、武尊はいつも思う。
葵の部屋は本であふれていた。電子書籍もいいが、やはり紙の本の方が読んだという実感があるそうだ。
進んで本など読もうとしない武尊からは、よくわからない感覚だ。
「どうかしましたか?」
「ちょっと、名古屋にいきたいんだけど、小遣いが足りないから前借りさせてほしい」
突然の話に、葵は少し沈黙する。
「もう少し、詳しく教えてもらえないですか?
そもそもどうして名古屋に?」
「母さんの友だちが、名古屋からお墓参りに来てくれていて、その人に会いに行きたいんだ。だけど、お金が足りないから」
葵は引き出しから手帳を出すとスケジュールを確認する。
「一週間ぐらい先だったら、少し仕事も落ち着きそうだから、行けそうですね」
「えっ、葵も行くの?」
「いけませんか?」
「だって、忙しいんだろ」
「それでも、出れないことはないですよ」
「葵に無理に休んでもらうぐらいだったら、行かなくていい」
その言葉に、葵がむっとする。
「私と一緒は行きたくないと?」
「そんなこと言ってんじゃないよ。葵の時間を割いてまでは行こうとは思ってないって言ってるんだよ」
葵が夜遅くまで仕事をしているのは知っている。その上、たまに入る怪魔退治にも行っているのだ。よく体が持つなと、武尊は思っていた。
「でもそこまで調べたのだったら、行きたいんでしょう」
「だから、もういいって」
「武尊様」
武尊が部屋から出ようとドアを開けようとすると、同じタイミングで樹が入ってきた。
「どうした、大きな声を出して」
「おじさん……」
「父さん……」
武尊と葵は樹の顔を見て同時に呟いた。
葵が経緯を説明すると、樹は武尊を見た。
「横井さんの住所がわかったんだね」
「うん。母さんの年賀状の中に住所が書いてあった」
「どうやって行こうと思ってたんだ?」
「高速バスが安いみたいだったから」
「泊まるところは?」
「ネットカフェでいいかなって思ってる」
樹は少し考えると、武尊に言った。
「名古屋に行って、横井さんに会っておいで。
高速バスもいいけれど、新幹線の方が便利だから新幹線を使いなさい。
お金のことは心配しなくていい。
それと、私の弟が名古屋にいるから、そこに泊まらせてもらうといい。
そんなにかしこまった家ではないから、好きなだけ泊まらせてもらいなさい」
「一人で行かせるんですか?」
非難を込めて葵が言うと、樹は穏やかに返した。
「武尊も高校2年生だ。名古屋ぐらいは一人で行けるだろう」
「えっ、いいの?」
「もちろんだ。ゆっくりとしてくるといい」
「ありがとうございます……」
樹の優しい声に、戸惑いながら、武尊は礼を言った。
どうしても納得ができない葵は、樹の部屋に行った。
樹の部屋は日本間で、樹は常に正座をして暮らしている。
声をかけて部屋に入り、葵は樹の前に正座をした。
「今の武尊の精神状態で、名古屋に一人で行かせるなんて反対です」
樹はやれやれとため息をつく。
「今この家にいても、武尊のためにならないと思うが」
「だけど……」
「恭介君のことで落ち込んでいるのはわかる。
だけどそれを乗り越えることは、武尊自身でしかできないんだ」
「それは、そうですけど。
だからといって、一人で行かせて……帰って来なかったらどうするつもりですか」
「それも武尊が決めることだ」
そんなふうに言われると、葵は返す言葉が見つからない。
「少しようすを見てみよう。
しばらくは武尊の自由にさせるように」
「……はい」
「ところで、葵にはしてもらいたいことがあるのだが」
そういうと、樹は立ち上がり棚から数冊のアルバム製本を持ってきた。
「お母さんから、タイミングを見てお前に渡してほしいと言われていてな。
父親から渡すのもどうかと思ったんだが」
「なんです?」
「お前の見合い写真だ」
葵は沈黙して、そのアルバムを見つめた。
「お母さんの希望でな」
「……いや、僕はまだ……」
「返事はお母さんにしてほしい」
葵は、その写真を持って樹の部屋から出た。
廊下で思いきりため息をついたことは、誰も知らない。
本作品は個人創作です。
一部の表現や設定の整理にAI(ChatGPT)を補助的に使用しています。
本作はフィクションです。作中には実在する地名や施設名などが登場しますが、物語の演出上、設定や描写には創作・脚色が含まれます。実在の人物・団体・事件とは関係ありません
「さち」名義で「pixiv」「小説家になろう」「カクヨム」にて同時掲載しています。
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