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※本作には虐待や暴力など、心身に負担を感じる可能性のある描写が含まれます。物語上必要な表現として描写していますので、苦手な方はご注意ください。
若菜の家から帰った幸は、うんざりとした顔で台所を見回した。
机の上には父の昨夜の食べ残しやお酒の缶が転がっている。それを黙々と幸は片付ける。
さらにリビングには雑誌や本が散らばっている。読んだあとではない。投げつけられたのだ。
幸はそれらも簡単に片付けると、一階の自室に入った。
父親が帰るのは早ければ8時。それまでに、お風呂も終わらせて部屋に隠れていたかった。
シャワーで簡単にすませる。鏡に映った体のあちこちには、青くなったアザの跡があった。
幸はアザが見えないよう、長袖のジャージを着た。
幸の母は祖母介護で家を空けているのではない。一ヶ月前に、誰にも言わず出て行ったのだ。
空っぽになったスマホと、ほんの少しばかりのお金を幸に置いて。
幸は部屋に入ると布団を頭から被る。
今日は何ごともないことを祈りながら。
父と母はよく喧嘩をしていた。だけど、普通の家庭だと思っていた。若菜の家は特別だけど、他の友だちも両親が喧嘩をして困るという話は、よく聞いていた。
だから母がまさか出ていくなんて、考えもつかなかった。
父はすぐに帰って来るだろうと思っていたようだが、幸はそう思わなかった。
なぜなら、母の置いていったスマホから、おばあちゃんに電話をかけようとしたとき気がついた。
スマホの電話番号のデータが全て消されいることに。LINEも同じだった。幸は母につながる人に連絡を取ることはできなくなっていた。
しばらくして、母が帰らないと気がつくと、父は幸を殴り始めた。
毎日ではない。
会社でむしゃくしゃしたとき。母がいないことに不自由と感じたとき。収まらない憤りを幸にぶつけた。
最初のころは抵抗していた幸だったが、やがてそれをすることで、父の暴力がエスカレートすることに気が付き、抗うことを止めた。
そうしていると、気が済んだ父は、またお酒を飲んで、愚痴りながらリビングのソファーでねてしまうのだ。
だから何もないことを祈りながら、幸は毎晩布団に包まって隠れていた。
一時間ほどすると、父が帰ってきた。
足音。テレビの音。流しの音。
全て耳元で行われているように、よく聞こえる。それから、しばらくTVを見ていたようだが、やがてイビキをかく音が聞こえてきた。
今日はラッキーだ。若菜の家でご飯も食べれたし、殴られずにすんだ。あさっては若葉の家に泊まりにも行けれる。なんていい、一日だったのだろう。
幸は布団の中で小さくなって目を閉じた。
次の夜、同じように布団にいると、帰ってきた父が突然部屋のドアを開けて幸を蹴りつけてきた。
「ちくしょう、バカにしやがって!」
誰に対しての怒りかは分からないが、うわ言のように何度も繰り返す。
やがて、幸を布団から引っ張り出すと、顔をみるなり肩を思いきり殴りつける。
「お前も、俺をバカにしてるんだろ! あの女も、お前と同じで俺をバカにしてた!」
そう言うと、今度は背中を叩く。それを幸はじっと我慢していた。
やがて嵐は過ぎ、幸は痛む体を抱き起こした。残りわずかなお金を手にして、窓から外へ出る。
いつでも抜け出せるように、靴は準備している。それを履いて、幸は行く当てもなく、夜の町へと歩き出した。
田舎の11時。辺りは街灯ぐらいしかついてはいない。道は車も通らず、まるで幸だけのためにあるようだった。
幸は唯一明かりの灯っているコンビニにつくと、6個入っているパンを手に取る。
眠そうなバイトの店員は幸の姿を見ても注意することはなく、機械的にレジを打った。
大切に使っていた母からのお金も、もうすぐなくなってしまう。そうしたら、幸は何を食べて生きていけばいいのだろう。
外に出ると、影に隠れてスマホで『父親 暴力』と検索する。
今すぐ相談と番号が出たが、これが原因で父にバレたら、もっと酷いことをされるような気がして、結局電話できなかった。
幸がパンを一つ食べていると、小さな野良猫が寄ってきた。そいつにも、少しだけパンをやると、嬉しそうに食べていた。
ふと、顔を見上げると、知らない男の人が幸を見下ろしていた。
髪をハーフアップにした、ずいぶんと都会的な雰囲気の人だった。少なくとも、こんな田舎町で出会うことはないだろう。
男はまじまじと幸を見ると、言った。
「猫にあげるんだったら、ぷ~さんにもくれない?」
「何を?」
「パン」
その返事に、幸の思考は停止した。
「お腹すいてんの?」
「うん」
幸は恐る恐るパンを一つ渡す。それを男は幸の隣に座り込んで、嬉しそうに食べていた。
そのようすに、幸は完全に毒気を抜かれた。
男の膝の上に猫が飛び乗り、分けてくれとせがむ。それを大人気なく無視して、男はパンを食べきった。
しかたなく、幸が新しいパンを出して、ちぎりながら口に運ぶ。それを見た男が目を輝かせるので、しかたなく半分渡した。
「お兄さん、変な人だね」
「そう?」
「普通、夜中に歩き回ってる子どもに、パンをもらおうとしないでしょ」
「そんなものかな」
「そんなものでしょ」
不思議な男を前にして、幸の顔がほころぶ。
「お兄さん、どこから来たの?」
「遠くだよ。ここより、ずっと」
「こんな町に何しに来たの? 何にもないでしょ」
「うん、何もないね。だけど、ここにあるような気がしたんだ」
「何が?」
夜空を見あげた男は、幸の問いには答えなかった。
「私は家が嫌で出てきた。帰りたくないよ」
「ふうん。大変だね」
幸の言葉に男はたいした反応を示さない。そのことが変に愉快で、幸は話を続けた。
「父さん、私を殴るんだよ。母さんがいなくなるまで、殴ったことなんてなかったのに。
でも、今はわかる。たぶん、父さん、母さんも殴ってた。私の知らないところで。
母さんは、大人だから逃げ出したんだ。新しい世界に行っちゃったんだ。
……私を置いて……」
「そっか。大変だね」
やはり男の反応は薄い。幸は感情的になっていた自分がバカみたいに思えてきた。
「ねえ、私、かわいそうでしょ」
男は不思議そうに幸を見た。
「そう? まあ、そうかもしれないけど」
幸は静かに笑った。笑っているのに、涙がこぼれる。
「なんで泣くの?」
「わかんない」
幸が泣いているのを気にすることなく、男はチラリと時計を見た。
「どっか行くの?」
「もうすぐ、迎えが来るからね。
もう少し、この町にはいるつもりだけど」
「また、会える?」
「運が良ければね」
男はポケットから、一枚の紙札を取り出す。
そして、幸の手を取ると、ポケットから針を出して幸の指先をチクリと指した。
血が一滴、札の上に落ちる。不思議なことに、その札の上に落ちたはずの血は消えてなくなっていた。
「君、パンをくれたし、変だから、これをあげる。もしも、殺したい相手が出来たら、これに念じるといいよ」
幸は受け取った札をまじまじと見る。少し欠けた星の絵が三つ描いてあり、その下には三列ほど、読めないような文字が描いてある。
「お兄さん、怪しい人? 後でツボとか売りにくる?」
「ツボには興味ないな」
全く話が噛み合わないまま、札を眺めていると、1台の真っ赤なスポーツカーが走り込んできた。どう見ても夜の街にいそうな派手な女性が、甘えた声を出す。
「早く帰りましょう」
男はやれやれと言った感じで立ち上がると、女の元へ歩いていく。女は勝ち誇ったような顔で幸を見ると、男を連れて去って行ってしまった。
まるで嵐のような女の登場に、幸は呆然とエンドライトを見送っていた。
胸には男にもらった札をしっかりと抱きかかえて。
本作品は個人創作です。
一部の表現や設定の整理にAI(ChatGPT)を補助的に使用しています。
「さち」名義で「pixiv」「小説家になろう」「カクヨム」にて同時掲載しています。
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