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怪魔のいる世界で生きている  作者: さち
夜の月に照らされる影法師の子

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4

※本作には虐待や暴力など、心身に負担を感じる可能性のある描写が含まれます。物語上必要な表現として描写していますので、苦手な方はご注意ください。

 若菜の家から帰った幸は、うんざりとした顔で台所を見回した。

 机の上には父の昨夜の食べ残しやお酒の缶が転がっている。それを黙々と幸は片付ける。

 さらにリビングには雑誌や本が散らばっている。読んだあとではない。投げつけられたのだ。

 幸はそれらも簡単に片付けると、一階の自室に入った。

 父親が帰るのは早ければ8時。それまでに、お風呂も終わらせて部屋に隠れていたかった。

 シャワーで簡単にすませる。鏡に映った体のあちこちには、青くなったアザの跡があった。

 幸はアザが見えないよう、長袖のジャージを着た。

 幸の母は祖母介護で家を空けているのではない。一ヶ月前に、誰にも言わず出て行ったのだ。

 空っぽになったスマホと、ほんの少しばかりのお金を幸に置いて。 

 幸は部屋に入ると布団を頭から被る。

 今日は何ごともないことを祈りながら。

 父と母はよく喧嘩をしていた。だけど、普通の家庭だと思っていた。若菜の家は特別だけど、他の友だちも両親が喧嘩をして困るという話は、よく聞いていた。

 だから母がまさか出ていくなんて、考えもつかなかった。

 父はすぐに帰って来るだろうと思っていたようだが、幸はそう思わなかった。

 なぜなら、母の置いていったスマホから、おばあちゃんに電話をかけようとしたとき気がついた。

 スマホの電話番号のデータが全て消されいることに。LINEも同じだった。幸は母につながる人に連絡を取ることはできなくなっていた。

 しばらくして、母が帰らないと気がつくと、父は幸を殴り始めた。

 毎日ではない。

 会社でむしゃくしゃしたとき。母がいないことに不自由と感じたとき。収まらない憤りを幸にぶつけた。

 最初のころは抵抗していた幸だったが、やがてそれをすることで、父の暴力がエスカレートすることに気が付き、抗うことを止めた。

 そうしていると、気が済んだ父は、またお酒を飲んで、愚痴りながらリビングのソファーでねてしまうのだ。

 だから何もないことを祈りながら、幸は毎晩布団に包まって隠れていた。

 一時間ほどすると、父が帰ってきた。

足音。テレビの音。流しの音。

 全て耳元で行われているように、よく聞こえる。それから、しばらくTVを見ていたようだが、やがてイビキをかく音が聞こえてきた。

 今日はラッキーだ。若菜の家でご飯も食べれたし、殴られずにすんだ。あさっては若葉の家に泊まりにも行けれる。なんていい、一日だったのだろう。

 幸は布団の中で小さくなって目を閉じた。



 次の夜、同じように布団にいると、帰ってきた父が突然部屋のドアを開けて幸を蹴りつけてきた。

「ちくしょう、バカにしやがって!」

 誰に対しての怒りかは分からないが、うわ言のように何度も繰り返す。

 やがて、幸を布団から引っ張り出すと、顔をみるなり肩を思いきり殴りつける。

「お前も、俺をバカにしてるんだろ! あの女も、お前と同じで俺をバカにしてた!」

 そう言うと、今度は背中を叩く。それを幸はじっと我慢していた。

 やがて嵐は過ぎ、幸は痛む体を抱き起こした。残りわずかなお金を手にして、窓から外へ出る。

 いつでも抜け出せるように、靴は準備している。それを履いて、幸は行く当てもなく、夜の町へと歩き出した。


 田舎の11時。辺りは街灯ぐらいしかついてはいない。道は車も通らず、まるで幸だけのためにあるようだった。

 幸は唯一明かりの灯っているコンビニにつくと、6個入っているパンを手に取る。

 眠そうなバイトの店員は幸の姿を見ても注意することはなく、機械的にレジを打った。

 大切に使っていた母からのお金も、もうすぐなくなってしまう。そうしたら、幸は何を食べて生きていけばいいのだろう。

 外に出ると、影に隠れてスマホで『父親 暴力』と検索する。

 今すぐ相談と番号が出たが、これが原因で父にバレたら、もっと酷いことをされるような気がして、結局電話できなかった。

 幸がパンを一つ食べていると、小さな野良猫が寄ってきた。そいつにも、少しだけパンをやると、嬉しそうに食べていた。

 ふと、顔を見上げると、知らない男の人が幸を見下ろしていた。

 髪をハーフアップにした、ずいぶんと都会的な雰囲気の人だった。少なくとも、こんな田舎町で出会うことはないだろう。

 男はまじまじと幸を見ると、言った。

「猫にあげるんだったら、ぷ~さんにもくれない?」

「何を?」

「パン」

 その返事に、幸の思考は停止した。 

「お腹すいてんの?」

「うん」

 幸は恐る恐るパンを一つ渡す。それを男は幸の隣に座り込んで、嬉しそうに食べていた。

 そのようすに、幸は完全に毒気を抜かれた。

男の膝の上に猫が飛び乗り、分けてくれとせがむ。それを大人気なく無視して、男はパンを食べきった。

 しかたなく、幸が新しいパンを出して、ちぎりながら口に運ぶ。それを見た男が目を輝かせるので、しかたなく半分渡した。

「お兄さん、変な人だね」

「そう?」

「普通、夜中に歩き回ってる子どもに、パンをもらおうとしないでしょ」

「そんなものかな」

「そんなものでしょ」

 不思議な男を前にして、幸の顔がほころぶ。

「お兄さん、どこから来たの?」

「遠くだよ。ここより、ずっと」

「こんな町に何しに来たの? 何にもないでしょ」

「うん、何もないね。だけど、ここにあるような気がしたんだ」

「何が?」

 夜空を見あげた男は、幸の問いには答えなかった。

「私は家が嫌で出てきた。帰りたくないよ」

「ふうん。大変だね」

 幸の言葉に男はたいした反応を示さない。そのことが変に愉快で、幸は話を続けた。

「父さん、私を殴るんだよ。母さんがいなくなるまで、殴ったことなんてなかったのに。

 でも、今はわかる。たぶん、父さん、母さんも殴ってた。私の知らないところで。

 母さんは、大人だから逃げ出したんだ。新しい世界に行っちゃったんだ。

……私を置いて……」

「そっか。大変だね」

 やはり男の反応は薄い。幸は感情的になっていた自分がバカみたいに思えてきた。

「ねえ、私、かわいそうでしょ」

 男は不思議そうに幸を見た。

「そう? まあ、そうかもしれないけど」

 幸は静かに笑った。笑っているのに、涙がこぼれる。

「なんで泣くの?」

「わかんない」

 幸が泣いているのを気にすることなく、男はチラリと時計を見た。

「どっか行くの?」

「もうすぐ、迎えが来るからね。

 もう少し、この町にはいるつもりだけど」

「また、会える?」

「運が良ければね」

 男はポケットから、一枚の紙札を取り出す。

そして、幸の手を取ると、ポケットから針を出して幸の指先をチクリと指した。

 血が一滴、札の上に落ちる。不思議なことに、その札の上に落ちたはずの血は消えてなくなっていた。

「君、パンをくれたし、変だから、これをあげる。もしも、殺したい相手が出来たら、これに念じるといいよ」

 幸は受け取った札をまじまじと見る。少し欠けた星の絵が三つ描いてあり、その下には三列ほど、読めないような文字が描いてある。

「お兄さん、怪しい人? 後でツボとか売りにくる?」

「ツボには興味ないな」

 全く話が噛み合わないまま、札を眺めていると、1台の真っ赤なスポーツカーが走り込んできた。どう見ても夜の街にいそうな派手な女性が、甘えた声を出す。

「早く帰りましょう」

 男はやれやれと言った感じで立ち上がると、女の元へ歩いていく。女は勝ち誇ったような顔で幸を見ると、男を連れて去って行ってしまった。

 まるで嵐のような女の登場に、幸は呆然とエンドライトを見送っていた。

 胸には男にもらった札をしっかりと抱きかかえて。


本作品は個人創作です。

一部の表現や設定の整理にAI(ChatGPT)を補助的に使用しています。


「さち」名義で「pixiv」「小説家になろう」「カクヨム」にて同時掲載しています。

無断転載・無断使用・AI学習への利用は禁止しています。


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