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家に帰った恭介はふと明日の朝ごはんを買い忘れたことに気がついた。
「せっかくスーパーに行ったのに」
恭介の呟きに、返事を返す人はいない。
忠に連絡をしようか、一瞬迷ったが、夕飯を食べさせてもらっておいて、これ以上は迷惑をかけられない。
時計を見ると、7時を過ぎたところだ。今から自転車を飛ばしたら、何とか閉店時間には間に合うだろう。恭介は財布をポケットに入れて、真っ暗な町へと走り出た。
全力で自転車を飛ばして、何とか明日の朝食べるパンを手に入れる。祖母がいたら、朝からパンなんて考えられなかったけれども、これが恭介の今の生活だ。まだまだ慣れないことも多いが、帰って来るまでの我慢だと思い、のんびりと夜道を帰っていた。
田舎の夜の道は人気がない。車は通るが、すれ違う自転車もない。
道の両脇にある家からは温かな光が溢れ、時には夕食のいい香りも流れてきた。
祖母がいれば決して体験できない毎日に、不便さを感じながらも、友だちよりは少し大人になったような気もしていた。
そして、駅の前を通りかかったとき、恭介は何となく気になってそちらを見た。驚いたことに昼間から見かけていた男が、電灯の下にあるベンチに横になっていた。
あれからずっとここにいたのだろうか。それとも、体調がすぐれないのだろうか。
恭介は恐る恐る近寄って、声をかける。
「あの……大丈夫ですか」
男は恭介の声を聞くと、勢よく起き上がった。
「誰?」
声は思ったよりも幼い。よく見ると、ちょっと目つきの悪い、同じ年齢ぐらいの少年だった。
「ずっとここにいたようだけど、大丈夫?」
男の子は恭介を見て納得する。
「何回も自転車で通った人」
そうなんだけど、と恭介は苦笑した。
「体調、悪いの?」
「そんなことはないけど……」
そう言った瞬間、少年のお腹が盛大に鳴り響く。
「お腹が空いたし、のどが渇いた」
「お金は?」
「持ってない。ここに来るのに、全部使った」
恭介はこのかなり変わった少年に戸惑った。
「どこに行こうと思ってたの?」
「どこって、目的はないんだけど、とりあえず遠くに行きたかったから」
「家族は?」
「いない」
ますます恭介は戸惑う。
「なあ、悪いんだけど、何か飲み物飲ませてくれない? 腹も減ってんだけど、とにかく喉が渇いててさ。昼間から一滴も飲んでないんだ」
驚く恭介に少年は証明するようにビニールの財布を見せた。財布には、本当に三十円程しか入っていない。
恭介はしかたなく近くの自動販売機で、一番安い水を買ってきた。それを渡すと、少年は一気に飲み干した。
「ありがとう。助かった。腹が減ったのは何とか我慢できてたんだけど、喉が渇いてたのはさすがにしんどくてさ。もう駄目かと思ってたよ
ここさ、本当に人がいなくてさ。電車に乗る人も降りる人も少ないし、誰も声をかけてくれないし、どうしようかなって思ってたんだ」
水を飲んで元気が出たのか、少年は一気に話出した。
「そうなんだ。まあ田舎だし、なかなか声なんかかけないと思うよ」
恭介もこの時間に見かけなかったら、声をかけることは無かっただろう。
「なあ、ついでなんだけど、今夜泊めてくれない?」
「嫌だよ」
恭介はすぐに断った。
「知らない人を連れて帰るわけにはいかないよ」
すると少年は、突然自己紹介を始めた。
「杉原武尊。中学三年生。家は……」
同い年ということにも面食らったが、何より武尊の出身地だ。地理の時間に覚えた県北の市の名前だ。もちろん、行ったことはない。
「何してんの?」
「ざっくりと言うと、家出」
「家出?!」
「うん、俺、今、親の知り合いんどこに厄介になってんだけどさ、そこがものすごく嫌なところで出てきた。もう戻るつもりはない」
恭介は武尊の現実離れした発言の数々に、頭を抱えた。
こういう場合は、警察だろうか。しかし、田舎の駐在所に、警察官は常駐していない。
恭介はスマホに『家出 警察』と入力する。
「何してるんだ?」
「ここらへんって、警察いないから、どこに連絡したらいいのかなって思って」
「そんなことされたら、怒られるじゃないか」
「家出した人となんて、かかわり合いになりたくないよ」
武尊は慌てて恭介に頭を下げる。
「頼む。警察には言わないでくれ。
それに、泊めるのも、今夜だけでいいんだ。迷惑もかけない」
恭介は顔を上げて、冷たい目で武尊を見る。
「全然信用できない」
「約束する。絶対だ」
武尊の勢いに恭介は大きくため息をついた。
「今夜だけだよ」
武尊の顔が輝く。
そう言えば、祖母から動物を拾って帰らないようにって言われていたのにと、恭介は改めてため息をついた。
武尊は白い棒を玄関先に置くと、興味深そうに恭介の家の中を見回した。
「あんまりきょろきょろしないでよ」
そんな武尊を嫌そうに、恭介は注意する。
「もしかして、お前、一人なの?」
「もともとばあちゃんと二人暮らしで、ばあちゃん、今は入院中なんだ」
「大丈夫なの?」
「君には関係ないでしょ」
本当に最悪だ。どうして、連れてきてしまったのだろうと、恭介に再び後悔の波が押し寄せる。
「何か食うもんないの? 腹減ったんだけど」
武尊は遠慮なく、冷蔵庫を開ける。
「勝手に触らないでよ!」
「なーんもないな。お前、飯はどうしてんの」
「夜だけ幼なじみの家で食べさせてもらってるんだよ」
「朝は?」
「パン買ってる」
ふーんと武尊は納得すると、ぐるりと台所を見回す。
「米ないの?」
「米? 何で」
「食べるんだよ」
不審そうに思いながらも、恭介は武尊に米の場所を教える。武尊は嬉しそうにしながら、さっそくそれを洗って、炊飯器にセットした。さらに味噌を見つけ、出汁の素も乾燥ワカメを見つけると鍋に火をかける。
あっけに取られながらも、恭介はそのようすをみていた。
武尊は慣れた手つきで、みそ汁を作る。
久しぶりに台所に料理の匂いがすることに、恭介は密かに感動した。
「何で作れるの?」
「俺んとこ、母ちゃんと二人で暮らしてたからさ。母ちゃんがいないときとか、よく作ってた。難しいことはできないけどな」
「じゃあさ、お母さん、心配してんじゃない?」
武尊が急に黙り込む。不安になった恭介に武尊は何ごともないように、答えた。
「死んだ、去年」
思わず、恭介は青くなる。
「怪魔にやられたんだ。で、行く当てがなくなった俺を、今の家の奴らが引き取った」
「…………」
「気にしなくてもいいよ、しょうがない話だし」
「何か、ごめん」
「だから、気にするなって」
そう言いながら、武尊はみそ汁の味を見る。
じっと見つめる恭介に、武尊は尋ねる。
「飲んでみる?」
恐る恐る、恭介も味見をする。ばあちゃんの味とは全く違うが、美味しいみそ汁だった。
「美味しい」
「だろ」
そう言って、武尊は年相応の笑顔を浮かべた。
「どう、俺がいると便利だと思わない?」
「それとこれとは話が別だよ。明日には出てってよ」
しばらくして、米も炊ける、本当にお腹が空いていたのだろう。武尊はそれを一人で完食した。
特に仲良くするつもりも無かったので、テレビを付けていたが、武尊はけっこうおしゃべりで、ここまで来る道中のことを面白く話してくれた。そんな彼に恭介は適当に相槌を打つ。
久しぶりに家の中が温かいような気がしていた。




